第九章 秋の市場と、織り手の魔道具
朝露が降りる季節。
村の畑は黄金色に染まり、風に乗って栗や干し果実の甘い香りが広がっていた。
村の広場では、年に一度の「秋の市」が開かれる。
これは、近隣の町や村から行商人がやってくる小さな交易祭で、普段は手に入らない道具や素材、お菓子や香辛料などが並ぶ特別な日だった。
***
「……この織りは、変わってるわね」
みのりが立ち止まったのは、ひときわ目を引く布が並ぶ一角。
淡く色あせた布地には、波のような模様と、風に舞う羽のような文様が織り込まれていた。
「そちら、“記憶織”って言うんです」
年配の女性が、柔らかく声をかけてきた。
「記憶、ですか?」
「この布には、“使われたときの気持ち”や“場の気配”が、魔法の織り方でほんのり残るの。
今じゃ技法を使える職人はほとんどいないけどね。これは、わたしの祖母が織った布なのよ」
その女性――ライザと名乗った織師は、街から来た行商人だった。
“魔力を帯びる織物”を少しずつ集め、布と物語を引き継いで売っていた。
「……わたし、編むのが好きなんです」
みのりは、ライザに手渡された小さな裂を撫でながら言った。
「でも、“織る”って、また違った呼吸をしてる感じがして……不思議ですね」
「そうね。織りは“時間を重ねる”手仕事だから。編み物が“糸の記憶”だとしたら、
織物は“布の記憶”なのかもしれないわ」
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夕方近く。
てのひら工房には、小さな織り機と、ライザから譲り受けた麻と絹の布糸が届いていた。
「……ちょっと難しそうだけど、やってみたいな」
試しに縦糸を張り、みのりは息を吸って、横糸を一本通した。
――カシャン、と木の音。
思ったよりも重みのある動きだった。
「なるほど……これは“編む”より、ずっと地に足がついてる」
みのりの背中越しに、村の子どもたちが顔をのぞかせていた。
「それ、なぁに?」「おおきいの作るの?」「魔法入ってるの?」
「これは“布の魔法”よ。いろんな思いを、ぎゅっと織り込むの」
そう答えながら、みのりはふと気づいた。
エルドがいたら、どんな風に横から口をはさんでくるだろう。
――“思い”を布に織る。
この織物も、きっとどこかで誰かの支えになる。
***
夜になって、エルドから手紙が届いた。
少しへたくそな字で、こんなふうに書かれていた。
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「みのりさんへ
こっちは大きな街で、人も多くてにぎやかです。
でも、毎日てのひら工房のことを思い出します。
この前、小さな布の魔道具屋さんに寄りました。
“布は気配を残す”って言ってた人がいて、みのりさんが好きそうだと思いました。
ぼく、まだまだですけど、早く帰って手伝えるようがんばります。
また必ず、あの村に帰ります。 エルド」
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みのりは、そっと手紙を折りたたんだ。
「布も、糸も、心も。結んで、編んで、つないでく」
窓の外、静かな星空。
ふと見上げた夜空には、星がゆっくりと、まるで織られるように瞬いていた。