第八章 編みぐるみ、旅に出る
収穫祭のにぎわいが去った村には、静かで穏やかな時間が戻っていた。
広場の飾りは片づけられ、畑では黄金色の実りが風にそよいでいる。
みのりは“てのひら工房”の窓辺で、ひとつの編みぐるみを仕上げていた。
それは、くるんとした尾が愛らしいキツネの子のぬいぐるみ。
「……完成。名前、どうしようかな」
「“ホシ”ってどうですか?」
振り返ると、エルドがいつものように机を拭きながら言った。
「ホシ?」
「このあたりでは、旅人のお守りに“星模様の魔具”を持たせるって言うでしょう?
この子も、旅のお守りになれたらって」
「……いい名前だね」
みのりはそっと、きつねの額に星模様の刺繍を足した。
***
その日、工房に見知らぬ少女がやってきた。
黒髪をひとつに束ねた、小さな旅人――ティナと名乗るその子は、腰に巻物のような魔道具と旅人用の革袋を下げていた。
「……あの、どなたか“お守りになるような物”を作ってるって、聞いたんですけど」
事情を聞くと、ティナは母親の実家がある南の街へ行くため一人で旅をしており、その途中、魔道具師の師匠から「寄るといい」と教えられてきたらしい。
「……心細くて、何か、そばにいてくれるものがほしくて」
みのりは迷わず、キツネのぬいぐるみ――ホシを差し出した。
「この子、旅が好きなんだって。だから、ティナちゃんと一緒に行きたがってるのかも」
ティナはそっとホシを抱きしめ、涙を浮かべながら何度も頭を下げた。
***
数日後。
みのりは、もう一人の旅立ちを見送ることになった。
「……行くんだね」
工房の前。みのりが声をかけると、エルドは照れくさそうにうなずいた。
「はい。師匠が“今度こそ本格的に連れて行く”って……」
「やっと工房に慣れてきたのに、ちょっと寂しいな」
みのりは小さく笑った。
エルドも苦笑して言う。
「……でも、ぼく、必ず戻ってきます。
村に“自分の場所”ができたって、初めて思えたんです。ここで、みのりさんと編んで、学べてよかった」
みのりは、ポケットからそっと取り出した。
小さな編みぐるみのチャーム――旅人用のちびうさぎ。
「じゃあ、この子も一緒に連れてって。帰ってくるときまで、ちゃんとお守りとして持っててね」
エルドは目を丸くしながら受け取り、それを胸ポケットに大事そうにしまった。
***
馬車の音が遠ざかる道の先。
見えなくなっても、みのりはしばらく手を振っていた。
旅人たちが持って行った編みぐるみ。
それは、みのりが編んだ「想い」のかたち。
離れていても、どこかで必ず誰かの心をあたためている。
だから――
また今日も、みのりは針を取る。
次の“誰か”のために、糸をつなぐために。