第四章 てのひら工房、はじめました
春の陽がやさしく村を照らすある日、ティル村の広場の一角に、新しい看板が立てられた。
> 「てのひら工房」
> ―布と糸と、ちいさな魔法―
村の空き倉庫を、みのりと村の人たちでコツコツ改装した、手仕事とお直しの工房だ。中には編み物・織物・手芸の道具、毛糸玉が並ぶ棚、小さな展示スペース、そして温かいお茶が飲める腰掛けコーナーまである。
「わあ……ほんとにできたんだねぇ!」
最初に駆け込んできたのは、ルーシャとその妹ティッタ。姉妹は先日の桜モチーフペンダントを首に揺らしながら、キラキラした目で棚を見上げている。
「この手袋、きらきらしてる!」
「それはね、星粉羊毛っていう、夜に月光を浴びた羊の毛から作った糸で編んだの。
ほんのり光って、暗い道でも手元が見えるようになるんだよ」
「すごい魔法だ〜!」
実際には魔法というより、“素材に宿った魔力”のちいさな作用。みのりの世界で言えば、蓄光糸や抗菌加工のようなイメージかもしれない。でも、この世界ではそれも立派な“便利な不思議”だ。
「ほら、こっちの靴下も見てみて」
「なんか……あったかくて、ほんのりいい匂いする!」
「それはね、ハーブうさぎの毛を混ぜて編んでみたの。香りがするのは、うさぎたちが育った薬草畑の名残かな。冬場に履くと、足がポカポカするんだよ」
こんな感じで、棚にあるものを次から次に、姉妹の興味は尽きることを知らないようで、手に取っては「スゴイ!」「不思議!」と歓声をあげていた。
***
しばらくして、ガラガラッと戸が開き、次に入ってきたのは見慣れない若者だった。
「すみません、ここが“直し屋さん”って聞いて……」
背の高い、ちょっと痩せぎすな青年。淡いグレーの旅服を着ており、左肩には大きな荷袋。名をエルドといい、旅の魔道具屋の見習いだという。
「修理をお願いしたいものがあって。……これなんです」
彼がそっと取り出したのは、くたびれた布製の道具ポーチ。糸がほつれ、革のベルトも傷んでいる。ところどころに、焼けたような跡もあった。
「一度、盗賊に襲われたときに焦げちゃって……でも、師匠からもらった大事なものなんです」
「わかりました。時間はかかるけど、きっとまた使えるようにしますね」
「ありがとうございます……!」
みのりは、手に取ったポーチをそっとなでた。
焦げた部分には、炎耐性のあるリネン糸を使って補修し、内布には緩衝草の繊維を織り込んで衝撃に強くする。そして端には、こっそり魔力を込めた小さな魔法の刺しゅうを一つだけ加えた。
> “なくしもの、ここにとどまれ”
それは、ポーチの中の道具が失われないように、ささやかに作用するみのりがこの世界に来てから得た魔の手仕事。
***
数日後、修理を終えたポーチを手にしたエルドは、目を見開いた。
「これ……新品みたいにしっかりしてる。いや、それ以上だ!」
「ふふっ、手をかければ、物も応えてくれるんですよ」
「……あの、実は、もう少し村に滞在することになって。師匠と合流するまで。
もしよかったら、手伝わせてください。こういうの、すごく勉強になるから」
思いがけない申し出に、みのりは目を丸くした。
「それじゃあ、“工房助手・見習い魔道具屋さん”として、歓迎します」
***
こうして「てのひら工房」は、村の人たちがふらりと立ち寄り、手を動かし、話をして、少しだけあたたかくなれる――そんな場所として、静かに始まった。
花のモチーフ、光る手袋、香る靴下、旅のポーチ。
みのりの手仕事には、いつも「誰かを想う気持ち」が編み込まれている。
そしてその気持ちは、ただの魔法よりもちょっとだけ、あたたかい。