第二十九章 夏のてのひら市と、再会のまなざし
風が抜ける澄んだ青空の下、ティル村の広場には、朝からにぎやかな声が響いていた。
近隣の村々からも人が集まるようになった「てのひら市」は、まだ二度目だというのに大きな催しとなっていた。
手づくりの品々が並び、焼き菓子の香りや布の鮮やかな色合いが、夏の光に映えていた。
「ミノリ、これ、こっちに置くの?」
「うん。ルーシャ、ありがとう。ティッタのもすごく上手にできてるわね」
「えへへ……」
工房の前では、ティオとニコが自分たちの作ったバッジを「ここがいちばん目立つ!」と主張し合いながら、わいわいと並べていた。
ミノリの「てのひら工房」は、村の子どもたちにとっても大切な場所。
季節の手仕事とともに育まれた絆が、ひとつひとつの品に込められていた。
昼を過ぎたころ、広場の入口に、旅装の二人の姿が現れた。
「……ミノリさん」
懐かしい声に振り返ると、そこにはエルドと、落ち着いた面持ちの男――リースがいた。
リースは変わらず淡い灰色の上着をまとい、視線を静かに周囲に巡らせていた。
「ただいま、ミノリさん」
エルドがやや照れくさそうに笑い、小さく手を上げる。
旅のあいだに日焼けし、背も少し伸びたようだった。
「ふたりとも、ようこそ。……会えてうれしいわ」
村の人々はリースを少し離れたところから興味深そうに眺めていたが、彼自身は人混みに紛れることなく、ひとつひとつの手仕事の品に目を留めていた。
「ていねいに作られているな。素材の選び方にも、土地の特色が出ている」
そうつぶやく彼の言葉には、静かな敬意がにじんでいた。
みのりの元には、エルドが持ち帰った糸が届けられた。
淡い銀灰色をしたその糸は、どこか風をまとっているような、涼やかな手触りだった。
「これは……風の魔素をわずかに含んだ繊維です。乾いた気候の土地で育った草から採ったもので、時間の流れをゆっくり封じ込める性質があります」
リースが説明するあいだ、エルドはそっと糸をみのりに差し出した。
「これで……なにか、形にしてもらえたらって」
「ええ、大切に使わせてもらうわ」
その夕暮れ、てのひら工房の前で、みのりとエルドは並んで糸を巻いていた。
昼の喧騒が落ち着き、草の香りが空気に満ちるひととき。
「この村は……やっぱりいいですね」
「そう思える場所に、また帰ってきてくれてよかった」
「……また、戻ってきてもいいですか」
その言葉に、みのりは目を細めて笑った。
「いつでも。あなたの居場所は、もうここにあるんだから。優秀な助手は大歓迎よ」
夜になると、広場ではささやかな火祭りが開かれた。
子どもたちが歌い、土地の布についての短いお芝居が披露される。ルーシャが語り部を務め、ティッタが草笛を吹いた。
エルナは弟ユリスの手を握り、みのりの隣に並んで座っていた。
リースは少し離れた場所から、その様子を静かに見つめていた。
焚き火の明かりに照らされたその横顔は、どこか懐かしいものに触れるような、柔らかなまなざしだった。
風が草を揺らし、遠くで虫の声が重なる。
そしてその真ん中に、手仕事の灯が――静かに、確かに、息づいていた。




