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第二十五章 こもれびの記憶と、誓布のゆくえ

 春の日差しはやわらかく、けれど確かな力で草木を育てていく。

 ティル村のあちこちでは、小さな畑に芽がのぞき、冬の間に眠っていた人々の営みが再び動きはじめていた。


 工房の窓を開けると、やんちゃな双子の声が聞こえる。


 「ミノリー!見て見て、ニコがまた小鳥呼んだー!」

 「ちがうよ、ティオがまいたパンくずにつられただけだよ」


 明るい声に笑いながら、ミノリは織り機の前に向き直った。

 数日前、草原で見つけた糸と紋様をもとに、ひとつの小さな布を織りはじめていた。


 ──誓布。


 それはかつて「糸守」と呼ばれた人々が、大切なものを守るために織った布。

 みのりが感じた“声”と、草原で見つけた糸くず、そして古い祠と……すべてがつながっている。


 「きっと、これは昔、誰かが誰かのために織った布なんだね」


 


 ***


 


 みのりは村の最長老ヨランダに話を聞きに行くことにした。

 彼女の家は村の北端、少し傾いた屋根の下で、いつも干し草の匂いがしている。


 「誓布せいふじゃと……ほぅ、よう覚えとる。ばあさんのばあさんが、そいつを織っておった」

 「やっぱり、本当にあったんですね」

 「おお。けれど、それを織れる者は、もうとうの昔にいなくなってしもうた。いまでは、伝説のようなもんじゃよ」


 けれど──とヨランダは言う。


 「不思議なこともあるもんでの。あの祠ができたときも、まるで布を隠すように建てられたんじゃと聞いた」

 「布を……隠す?」

 「いや、布が“何か”を守っておるのかもしれんのう。わしらにゃ分からんが」


 みのりは静かにうなずいた。

 今、自分の手がもう忘れ去られようとしていた何かを繋ぎ止めようとしてるんじゃないか、そんな気がする。


 


 ***


 


 その日、工房にはルーシャとティッタの姉妹、そしてティオとニコもやってきた。

 姉妹はみのりの膝の上で布の紋様をじっと見つめ、ティオは「それ、地図じゃないの!?」と叫び、ニコは首をかしげて言った。


 「でも、これ……どこかで見たような……あっ」

 彼が指さしたのは、村の広場の一角。石畳の敷き方が、誓布の紋様とよく似ている。


 「たしかに……!」

 「もしかして、村の中に隠された模様があるのかも……?」


 みのりの胸が高鳴った。

 もし布が、村の記憶や土地の声を織り込んでいたのだとしたら──


 


 ***


 


 その夜。

 みのりは完成した布を工房の棚にしまい、月明かりの中、そっと外に出た。

 風が草をなでる音。遠くでフクロウが鳴く声。


 そして、草原のほうから、かすかに聞こえた気がした。


 《まもって くれて ありがとう》

 《つたえて くれて ありがとう》


 誰の声ともつかない、けれど、やさしくあたたかい糸の声。


 みのりはそっと手を重ね、うなずいた。


 「私にできているかな。まだまだこれからだよね。」




***


 


 翌日。

 工房にはまた子どもたちが集まってきた。

 ルーシャとティッタは布の紋様を写し取った紙を手にしていて、ティオとニコは村の広場の石畳にチョークで印をつけていた。


 「ミノリ!ここ、やっぱり同じ形だったよ!」

 「ティオがでたらめに描いたと思ったのに、ほんとだったなんて……」

 ニコが呆れながらも嬉しそうに笑う。


 「この石の模様、古い言い伝えと関係してるのかな?」とルーシャがつぶやくと、ティッタもこくりとうなずいた。


 「うん……ママが言ってた。昔の人は、願いごとを石にこめたり、布にこめたりしたって」


 みのりは笑みを浮かべ、子どもたちの中心にしゃがみ込む。


 「ねえ、みんな。もし“守りたい”と思ったら、その気持ちを手で作ることもできるんだよ。たとえば……この布みたいにね」


 布を差し出すと、子どもたちは一斉に目を輝かせた。

 ティオが「じゃあ、オレはニコを守る布を作る!」と言い、ニコがそっと頬を赤らめて「……じゃあ、ぼくもティオの分」とつぶやいた。

 ルーシャとティッタも顔を見合わせて笑う。


 「わたしたちも、おそろいのリボンを作りたい!」

 「うん、ぜったいなくさないように」


 


***


 


 その日の夕方。

 最長老ヨランダの家を再び訪ねたみのりは、草原の糸と自分の織った布を見せた。


 「なるほどねえ……」

 ヨランダはじっとそれを見つめ、うなずいた。


 「たしかに、これは“誓布”の名にふさわしい。……けれどね、ミノリさん」

 「はい?」

 「布そのものに力があるのではなくて、“誰かのために織ろう”とする気持ちが、布に宿るんだと思うのよ」


 みのりはその言葉に、少しだけ目を伏せて、静かに笑った。


 「わたし、あの日……この村で目を覚ましたとき、自分が何も持っていない気がしたんです。でも今は……手が、覚えている。誰かのために作りたいって、ちゃんと動いてくれる」


 ヨランダは目を細め、ゆっくりとうなずいた。


 「それでこそ、“糸守”よ。──この村に来てくれて、本当にありがとうね」


 みのりは一礼し、外に出た。

 空には西日が差し、村の屋根や道を、金色に染めていた。


 


──誰かを思って、布を織る。糸を編む。

 その手のひらに宿るものが、きっと、時を越えて繋がっていく。

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