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第二十四章 草原の風と、糸が導くかすかな声

 春を迎えてから、草原にはいちめんの若葉が風にそよぎ、空はどこまでも高く、青く広がっていた。


 みのりの工房では、村の女たちが交代でやってきては、次の市に向けた品の相談をしたり、次の手しごとの練習に励んだりしている。

 最近では、みのりが作った布のしおりや小さな編みぐるみの噂が、近隣の村にも広がりつつある。

 「お守りみたい」「そっと撫でてると落ち着く」と言って、わざわざティル村まで足を運んでくる人も出てきたほどだった。


 けれど、そんな日々の合間に、みのりの心にはふとした引っかかりがあった。


 それは、祠で見つけた古布に織り込まれていた、解読しきれない古い紋様。

 あれを見て以来、みのりは草原の風の音や糸の触れ合うかすかな感触のなかに、何か「ことばではない導き」のようなものを感じていた。


 


 ***


 


 その日、みのりはティル村から西にある小高い丘へ、素材の採集を兼ねて出かけていた。

 染めに使える若草や、織りに適した野の繊維を探すためだ。


 風にたなびく草の波を見ながら、ふと足が止まる。

 丘の中腹、岩に囲まれるようにぽっかり空いた小さな窪地。

 その中心に、ぽつんと立つ古い木の柱。まるで、そこだけが時間に取り残されたように。


 「……ここ、どこかで……」


 みのりは記憶の底を探るように、そっと柱に近づいた。

 すると、足元に落ちていたひと房の古い糸くずに、風がそっと触れた。


 その瞬間──

 何かが、みのりに「話しかけて」きたような、そんな感覚が走る。


 《たしかに ここに あった》

 《ひとを守る手 糸をつむぐ手》

 《わすれられた声を ふたたび──》


 「……まって、それって……」


 みのりはしゃがみ込み、その糸くずをそっと手のひらに乗せた。

 草の香りと、淡く残る草木染めの気配。けれど、そこに宿るのは「記憶」そのもの。


 彼女が糸に触れたときにだけ感じられる、小さな共鳴。


 


 ***


 


 村に戻ったみのりは、さっそく古布の紋様と拾った糸の色合いを照らし合わせてみる。

 それはかつて、「糸守」と呼ばれた織り手たちが作っていたという“誓布せいふ”──守り手としての決意を込めた布の名残だった。


 「やっぱり、あの祠とつながってる……」


 この村には、まだ解き明かされていない手しごとの記憶がある。

 それを感じ取るために、自分の手と糸があるのだと思う。


 


 ***


 


 その夜、みのりは久しぶりにリースからの手紙を読み返した。

 エルドが書いた短い追伸が、手紙の端に添えられていた。


 《あの古布の話、まだ気になってます。村のこと、糸のこと、何かわかったら教えてください。

 僕は──あの場所で、またあなたの作る糸に会える日を、楽しみにしています。》


 


 みのりは静かに笑みを浮かべ、ランプの明かりのもと、新たな糸を手に取った。

 草原の風の声を思い出しながら、紋様の続きを織り込む。


 きっと、この糸の先には、まだ見ぬ誰かの手が待っている。

 風にゆれる草と、眠れる祈りのような声が、その道を導いてくれるのだ。

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