間章 たて糸とよこ糸と、居場所の話
草むらの間を渡る風は、どこかやさしい匂いがした。
夏の盛りだというのに、工房の裏手に続く小道はいつも少しだけ涼しい。
その先には、小さな祠と、ぽつんとした草地。
──そして、みのりが目を覚ました、最初の場所があった。
***
あの日、村はずれの小道で倒れていたみのりを最初に見つけたのは、当時八歳のルーシャだった。
「お父さん、だれか、たおれてるの!」
そう言って村まで駆け戻った彼女の姿は、今でも語り草になっている。
駆けつけた大人たちが、意識のないみのりを村へ運び、家の空き部屋で寝かせてくれた。
目を覚ましたとき、枕元には水の入った器と、じっと様子を見守る少女──ルーシャがいた。
そのとき彼女がそっと握ってくれた手のぬくもりを、みのりは今でも忘れていない。
***
それから、二度目の夏が巡ってきた。
野菜の葉が重く茂り、夕暮れには子どもたちの笑い声が工房まで響いてくる。
ルーシャ、ティッタ、ティオ、ニコ。
近所の家の子どもたちはすっかり工房に馴染み、布のはぎれで人形を作ったり、毛糸玉を転がして追いかけたりして遊ぶのが日課になっていた。
ティッタは「みのりさんのひざ、ふわふわ〜」と甘え、
ティオとニコは「どっちがはやく棒針に毛糸を巻けるか勝負だ!」と騒ぐ。
みのりはにっこり笑って、おやつのハーブクッキーを配る。
誰かと笑い合う日々が、こんなに当たり前になるなんて──
あのときの自分には、思いもしなかった。
***
村の古老、ミサ婆がある日ぽつりとつぶやいた。
「ここに“落ちて”くるのは、たまにあることなんじゃよ。けど、みのりさんの糸は、最初からほどけずに根を張ったねぇ」
「糸、ですか?」
「人の縁じゃよ。最初は“よそもの”でも、たて糸とよこ糸が交われば、ちゃんと布になる。
あんたはもう、ティル村の織りのひとつさね」
ミサ婆の笑みは、まるで干し草のようにあたたかかった。
***
夜。工房の片隅で、みのりは布のしおりにそっと一針加える。
いつもの模様に、小さな桜の花びらを添えて──あの日、ここに咲いていた草花の記憶。
「てのひら工房」という名は、自分の居場所を少しずつ形にしてきた証。
そして、それを見て喜んでくれる人がいることが、何よりうれしかった。
──ありがとう。
言葉にはしないけれど、きっと届くと思う。
この糸の先に、誰かが笑ってくれるなら。
また明日も、ひと針、ひと針。




