第二十二章 乙女の布と、糸守の誓い
夏の風が、工房の前をゆるやかに吹き抜けていく。
みのりは、てのひら工房の棚に新しく並んだ“布のしおり”を手に取りながら、しばし遠くを見つめていた。
手染めした布に、古い図案を織り込んで仕立てた小さな一枚一枚。
その柔らかな手触りと、淡く光を反射する織り目に惹かれ、しおりを買い求めた旅人が、こう言ったのだ。
「これは“乙女の布”って呼ばれてるんですよね?
近くの村で噂になってて。心を鎮める力があるって──」
みのりは驚いた。
てのひら市を通じて細々と手渡してきた作品たちが、いつのまにか人の手から手へと渡り、知らぬ土地へ旅をしていたのだ。
***
その噂が村の中にも届いたのは、つい数日前のことだった。
「うちの親戚が、“しおりに触ると夜がよく眠れる”って言ってたんだって!」
と、ティオが工房に飛び込んできた。
「“乙女の布”とか呼ばれてるの、なんかかっこいいよね」
と、ルーシャがにやりと笑うと、ニコはぼそっと言った。
「でも、それって……お姉ちゃんが“乙女”ってことになるんじゃ……?」
「えっ……えぇ!?」
みのりは思わず顔を赤らめる。
笑い声が工房いっぱいに広がった。
***
そんな中、村の最長老・セグリ翁がみのりを訪ねてきた。
片手に持っていたのは、色あせた古い巻物だった。
「ちと、話しておきたいことがあっての……」
巻物には、かつてこの地にいた“織りの乙女”と呼ばれる人物の伝承が記されていた。
大昔──災いに襲われた時代、布に魔力を織り込み、人々を守る役目を果たした「糸守」の物語だった。
「この村の若いものじゃもう知らんものも多いが……ミノリ、そなたの作る布には、あの伝承の乙女の布とよく似た気配がある」
セグリ翁の目は静かだった。
「おまえさんの糸が、誰かを癒やし、つないどる。
これは、ただの手仕事の枠におさまっとらん。……おまえさんは新たな糸守なのかもしれん」
***
その夜、みのりは工房でひとり、机に向かっていた。
“糸守”──
それは、特別な力を持つことではない。
誰かの想いに耳を傾け、小さな願いを糸に込め、そっと日々をあたためる仕事。
そう思ったら、少しだけ肩の力が抜けた。
みのりはゆっくりと新しい糸を手に取り、祠で見つけた布の文様を下絵にしながら、新しい布を織り始めた。
布の中に浮かび上がってきたのは──
風のように軽く、羽のようにやさしい、翼の文様。
「“守る”って、きっと翼を広げることなんだね」
そっと口にした言葉が、静かな夜に溶けていった。
***
そして数日後──
村の外れの祠を訪れたみのりは、布をひとつ、供えるように納めた。
糸が、道をつなぎ、想いをつなぐ。
過去の誰かと、今ここにいる自分と、これから出会う誰かを。
「わたしも、少しずつだけど……この村の“糸守”になれてるのかな」
風が草をゆらし、布の端がそっとなびいた。
静かに、やさしく。




