第二十一章 水精樹の光と、紡がれるうた
日が長くなり、工房の窓から射す光が、織機の横木を照らしていた。
みのりは、そっと指先で糸を撫でる。
水精樹の糸──
エルドが師匠リースと旅先から持ち帰った、淡い水色の、不思議な力を宿した糸。
それと祠から見つかった“織りかけの布”に含まれていた繊維は、まるで同じものから生まれたように、時代を感じさせずに馴染んでいた。
みのりは、古布の文様を織り直すように、慎重に糸を張っていく。
ゆっくりと織り上がっていく布は、どこか懐かしい気配をまとっていた。
***
村の子どもたちが集まってくるのは、午後の少し陽が和らいできた頃だった。
ティオとニコは朝から山の中で枝を拾ってきて、何か秘密の「しかけ」を作ろうとしていたらしい。
「この布、ちょっと光ってるよね?」
と、ティオが不思議そうに布をつつく。
「魔道具じゃないの? お姉ちゃん、何か封印といたんじゃないの?」
と、ニコが横から口を挟む。
「何か、って……別に怪しいことはしてないけど?」と、みのりが笑いながら答えると、ルーシャがぽつりと言った。
「……この布、あったかい」
ティッタも、姉の背に隠れながら小さくうなずく。
「おなかのなか、ぽかぽかする感じがする……」
***
それから数日後の夜、村の広場で小さな集まりが開かれた。
夏を前にした、手しごとの展示とささやかな歌会だった。
エルナは、みのりに頼まれて“おばあちゃんのうた”を披露することになっていた。
最初は照れていたものの、他の子どもたちが一緒に歌うと言ってくれたことで、ようやくその気になったらしい。
──ひとつの糸に願いをのせて
つむげ、つむげ、命のひとすじ
──ぬくもりつなぐ、風の糸
まもれ、まもれ、夜のひととき
──やさしい布は ゆめのなか
こもれびみたいに 君をつつむよ
その声が、村の広場を包んだとき。
みのりの工房で織り上げられた布が、ふわりとわずかに輝いた。
それは、まるで歌に応えるように。
***
その布を枕元にかけた翌日──
長く不眠に悩んでいた村の老婆が「ぐっすり眠れた」と笑った。
夜泣きが続いていた赤ん坊も、静かに母の腕の中で眠るようになった。
セグリ翁はその布を見て、「これは、昔の“祈り布”の力じゃな」とつぶやいた。
「ミノリ、おまえさん……その手には、確かに“織りの乙女の力”が宿っとる」
村に伝わる歌とそれに呼応する布。
もう誰の目にも疑いようのない不思議な力がみのりにはあると、村の誰もが確信していた。
***
その夜、みのりは一通の手紙を読み返していた。
それは、遠くの町にいるエルドから届いたものだった。
《水精樹のこと、やっぱり不思議な素材だって師匠も言ってたよ。
あの祠に織りかけの布があったって話を聞いて、すごく気になってる。
……やっぱり、ぼくがもっと早く話せてたらなって思う。
でも、今のうちにしっかり旅で学んでくるから。
ミノリさんが、また新しい糸で何か作れるように》
少し不器用で、真面目な字。
彼の誠実さが、そのまま紙面からにじんでいた。
「……あの子、変わらないなあ」
みのりは微笑みながら、布にそっと手を置いた。
これからまた、村のために、誰かのために、何かを織って、編んでいくのだ。
歌のように、風のように、やさしく、しなやかに。




