第二十章 夏のあしおとと、祠の奥に眠るもの
夏の兆しが村にやってきた。
小さな畑の青々とした葉、山道に鳴く鳥の声、そして村の子どもたちの裸足の足音。
みのりの工房にも、毎日のようにルーシャやティッタ、ティオとニコが代わる代わる顔を出していた。
エルナもたまにやってきては一緒に糸を紡いだり、織物を織ったりしている。
「ミノリせんせー、かごの取っ手、またとれたー!」
「ニコがね、ティオがぶつかったからって言ってるけど、ほんとは自分で落としたの」
「ティオだってこのあいだ、魔道具の風車を逆回転させて爆発させたくせに!」
「えっ、それは言わない約束だったじゃん!」
笑い声と小さなトラブルに囲まれながら、工房は今日もにぎやかだった。
***
そんなある日。
みのりは、夏の市に向けて使う染料植物を探して森の外れへ出かけた。
染織に使う「藍根の葉」や「火花苔」を探すためだったが、ふと足を止めたのは、一度祠を見つけたあの丘の近くだった。
「……この辺り、春より緑が深くなってる」
踏み入ると、風がそっと草を揺らし、鳥の声が遠くで響いた。
前に見つけた小さな祠は、変わらずそこにあった。だがその根元には、以前はなかった“崩れかけた石段”が顔を覗かせていた。
みのりはそっと手を伸ばし、祠の苔を拭う。
古びた木戸の奥、少し開いた隙間から、小さな布片がのぞいていた。
「……これは……?」
引き出したそれは、糸巻きとともに祀られていたものと同じ手織りの布だった。
ただ、織り込まれた模様が──何かの紋章のようにも見える。
「誰が、何のためにここに?」
***
後日、みのりは村の村の長老の1人セグリ翁を訪ねた。
囲炉裏の煙がたちのぼる家の奥、彼はかすれた声で、古い伝承を話してくれた。
「昔、このあたりには“織りの乙女”と呼ばれる者がおってな。村に豊穣をもたらす布を織るその乙女を神の遣いとして崇めておった。
……だがある時、戦が起き、乙女は姿を消してしもうた。残された布は、“村の糸守り”として、ひそかに受け継がれてきたらしい」
以前にヨランダから織りの祠と乙女の話は聞いていた。
あの祠にはまだみのりの知らない伝承が残されているみたいだ。
「……じゃあ、あの祠にあった布は」
「あれは“乙女が織りかけて果たせなかった布”じゃ、と言われとる。
手を加えることなく、ただ祀られていた……ようじゃがの」
みのりは黙って、布の文様を見つめた。
それは、エルドが持ち帰った水精樹の糸の質感と、確かに重なるものがあった。
──この糸と布、何かが呼び合っている。
***
それからしばらくして。
エルナがふらりと工房を訪れ、祠の話を聞いてぽつりと言った。
「わたしのおばあちゃんが昔、子守唄みたいなのを歌ってたの。
“ひとつの糸に願いをのせて つむげ、つむげ 命のひとすじ”……って」
「……それって、もしかして“乙女の歌”?」
「わかんない。でも、あの唄聞くと、あったかい布団の中にいる気がして……」
みのりは、ふと胸が熱くなった。
伝えられた言葉。祀られた布。
それが、今に繋がる糸のように、手しごとの中に息づいている。
──もしかしたら私は、その“織りの乙女”の手しごとを、継ぐためにこの世界にやってきたのかもしれない。
そう感じた。
***
その夜、みのりは静かに祠の糸を撚り、エルドの持ち帰った水精樹の糸と合わせて、新たな布を織り始めた。
手のひらに広がるその糸は、淡く、かすかに光を宿していた。
まるで、遠い昔からの想いが、目覚めていくように──




