第二章 花モチーフと、はじめてのティータイム
春の風が、木の窓をやさしくゆらした。
朝のうちに作った花モチーフは、淡いピンクとベージュを混ぜた二重の花びら。みのりの大好きな――桜をイメージしていた。
「桜、こっちにはないのかな」
花の名前を知らなくても、この優しい形と色は、きっと誰かの心に届く。
そう思って、みのりはできあがったモチーフに麻ひもを通し、簡単なペンダントに仕立てた。ナチュラルな仕上がりで、胸元にちょこんと咲く桜の花。異世界の光を受けて、毛糸の繊維がほのかに輝く。
「おじゃましまーすっ!ごはんは食べられた?」
突然の元気な声に、みのりは顔を上げた。
扉の向こうから顔をのぞかせたのは、ルーシャという名の少女。昨日、倒れているみのりを見つけてくれた村の子で、くるんと跳ねた栗色の髪と、明るい笑顔が印象的だった。
「ねえ、それ作ったの? お花のやつ!」
私の胸元で揺れているモチーフを指差して、ルーシャが言った。
「うん、ちょっと桜っていうお花をイメージして作ってみたんだけど……」
「さくら……?」
ルーシャは首をかしげたあと、目を輝かせた。
「すっごくきれい! あたしにも作り方、教えて!」
「えっ、教えるの? うーん……いいけど、難しいかもよ?」
「だいじょうぶ! わたし、編み物ってはじめてだけど、手を動かすの好き!」
その言葉に、みのりの胸がきゅっとなった。
(私も、最初はそうだったな)
何もわからないけれど、ただ糸をくるくる動かして、何かが“かたち”になるのが嬉しかった。あの気持ちが、今もここにある。
「じゃあ……やってみようか、編み物教室。第一回は、“桜の花のペンダント作り”だよ」
「わーい!」
***
午後の陽がやわらかく傾きはじめたころ、みのりがお世話になっている家の縁側には、ルーシャとその妹、そして近所のおばあさんが三人並んで座っていた。
それぞれに糸と針を手にし、みのりはゆっくりと、編み方を見せる。
「まず、くさり編みを6目して、小さな輪を作るよ。ほら、こんなふうに」
「わーっ、すごいすごい! 穴がまるくなってる!」
「その輪に、細編み、中長編み、長編みをこうやって編み入れていくと、花びらになるの」
少女たちは目を丸くしながら、ぎこちない手つきで糸を扱っていた。最初はうまくいかなくても、笑い合いながら続けるその姿に、みのりも自然と笑顔になる。
(ああ、こういう時間……好きだなぁ)
***
一通り編み終えたあと、おばあさんが持ってきてくれたハーブティーを囲んで、ちょっとしたお茶会になった。
焼きたてのハーブビスケットに、干し果実のジャム。湯気のたつカップの香りが、心までほぐしていく。
「みのりちゃんの“さくら”、なんだかほっとするねぇ。見てるだけで、あったかい」
「この花のネックレス、村の子たちにプレゼントしてもいい?」
「もちろん。よかったら、一緒に作ってあげようか」
「やるー!」
笑い声が重なるたび、家の中に、何かが満ちていく。
編んだ糸が、人と人を結んでいるような気がした。
みのりは小さく、ひとつ息を吐いた。
ここは、知らない世界。でも。
“編むこと”は、どこでも誰かの心をあたためられる。
そのことを、もう一度確かめた午後だった。