第十九章 再会の糸と、染まりゆく空の下で
春も終わりに近づくころ。
工房の戸を叩く音に、みのりは顔を上げた。
「ミノリさんこんにちは!いま戻りました!」
少し背が伸びて身体つきがしっかりしたような気がする。
でも変わらぬ笑顔と、ちょっと不器用な声。
「……エルド!」
久しぶりの再会に、みのりの顔がぱっと明るくなる。
工房に入り込んだ春風のように、エルドが穏やかに立っていた。
***
エルドは、旅先の市で仕入れた品々をいくつかみのりに手渡した。
中でも目を引いたのは、小さな木箱に丁寧に収められた糸束。
「これは、師匠のリースさんと一緒に立ち寄った港町で見つけました。
“水精樹”という特殊な木の繊維から作られた糸で、乾いたままでも光を反射するんです」
指で触れると、まるで霧のように淡い光を帯びた糸がするりと流れた。
「……なんて繊細な……」
みのりは思わず見入ってしまう。
それはまるで、祠で見つけた古い糸巻きと、どこか似た気配をまとっていた。
「これ、祠の糸と組み合わせられるかもしれない……」
みのりの声に、エルドがぱっと目を輝かせた。
「本当ですか? だったら、いっしょに試してみませんか。……前みたいに」
「ふふ、あの頃より手際はどう?」
「少しは、成長したつもりです。たぶん、ですけど」
そう言って照れたように笑うエルドを、みのりは懐かしく感じていた。
***
作業を進める合間に、エルドはふと、リースとの旅の話を語り始めた。
「リースさん、変わらず口うるさいですけど……本当に、いろんなことを教えてくれるんです。
素材の見極め、魔道具の仕組み、それに……“職人としての責任”とか」
「リースさんは、すごく信頼されてる方なのね」
「……はい。ああ見えて、人の心をよく見てるんです。師匠には敵わないなって、よく思います」
みのりはうなずきながら、エルドの手元に視線を落とす。
その動きは、数ヶ月前に別れた頃よりも格段に落ち着き、迷いがなかった。
彼の努力が垣間見えて、自分のことでないのに、ちょっと誇らしく思えた。
***
夕暮れの工房に、風が吹き込む。
みのりとエルドは並んで腰を下ろし、染まりゆく空を見上げた。
「この村に戻ってきて、やっぱりほっとします」
「またしばらく滞在するの?」
「……いえ。リースさんともう一度、北の街に向かいます。
でも、必ず戻ってきます。師匠も、いずれ村に立ち寄るって」
その言葉に、みのりは少し驚く。
「リースさんが?」
「はい。実は……師匠もあなたのこと、気になってるみたいで」
「……あら。こわいお叱りでも受けるかしら」
「違いますって! あの人なりに……“認めた”ってことだと思います」
エルドは小さく笑ってから、言葉を選ぶように静かに続けた。
「みのりさん。……ぼく、もっと立派な魔道具師になって、またここに来たい。
あなたといっしょに、世界に一つの布を作ってみたいんです」
その真剣なまなざしに、みのりはふと息をのむ。
けれど──彼の年齢、まっすぐな想い、それを“答え”にするにはまだ早すぎる。
「ありがとう。そう思ってくれるのはうれしいわ」
「……はい」
優しい沈黙のあと、みのりは立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ休憩はおしまいにして続きをやりましょう!春の光のような布、仕上げていかないとね」
エルドも頷き、2人で工房の中に戻り、ふたたび糸を手に取った。
そして、静かに流れる夕暮れの中──
2人は並んで作業台に向かい、光の糸を少しずつ織り重ねていった。




