第十七章 花咲く丘と、てのひらの記念日
ティル村の春は、いつだって静かに始まる。
けれど今年は少しだけ違っていた。
きっかけは、みのりが村の人々に提案した「てのひら市」。
冬のあいだ、家にこもって作った編み物や木工細工、保存食などを持ち寄って、春の訪れを祝う“お披露目の市”にしようというものだった。
「近隣の村にも声をかけてみませんか?」
そう言い出したのは、村長の娘であるレーナ。
穏やかで気配りのきく女性で、周辺の村とも交流をもっていた。
「うちの村には何もないって言う人がいるけれど、こうして手間ひまかけたものは、どこに出しても恥ずかしくないと思うんです」
レーナの言葉に背中を押されて、村の人々も少しずつ準備を始めた。
そして、春も半ばのある晴れた日、「てのひら市」は開かれた。
***
広場の中央には花のリースが飾られ、木のテーブルには村の特産が並ぶ。
編みぐるみ、手織りのふきん、木の器、ハーブを詰めた小瓶、干し野菜、山の蜂蜜──
どれもみのりの目から見て、“暮らしの中で育った品々”だった。
「ほら、こっちにもちっちゃな靴下があるよ!」
「それ、わたしたちが作ったやつだー!」
ルーシャとティッタ、ティオとニコも、工房で作った春色の小物を販売している。
子どもたちが客引きをする姿はなんとも愛らしく、自然と人だかりができていた。
「おや、これは去年より人が多いなあ」
「キースの母さんの漬物、今年も出てる? あの味忘れられなくてさ」
隣村のリーベン村や、街道沿いのエスタ村からも人がやってきて、
ティル村の市は小さくとも、あたたかくにぎわっていた。
***
「……おや、こんなところに、また面白いものを見つけた」
みのりが出した“糸のしおり”に興味を示したのは、旅の魔道具師らしき男性だった。
腰には多くの道具を下げ、旅慣れた風だが、目は柔らかく笑っている。
「これは、ただの布ではないですね。魔力の糸が織り込まれている……ふむ、丁寧な仕事だ」
「気づかれましたか。ちょっとだけ、春の魔法をこめてみました」
「なるほど。では、春の記憶を忘れぬよう、ひとついただきましょう」
魔道具師は銀貨を一枚、すっと差し出す。
それは相場よりずっと多かったが、彼は気にする様子もなく、みのりの手に「当然の対価です」と言って渡した。
「こういう品は、ちゃんと“種”になる。大切に使わせてもらいますよ」
***
日が傾きはじめた頃、工房の前に椅子を並べて、子どもたちと休憩する。
みんなの手には、それぞれの“ごほうび”──他の屋台で買ったお菓子やリボンがあった。
「売れたの、うれしかったね!」
「ちゃんと“ありがとう”って言ったよ!」
「ぼく、また来年も出したい!」
その笑顔を見ながら、みのりは静かに思った。
――この村に来て、もうすぐ一年が経つ。
何もかもが初めてで、どこか夢の中のようだった日々が、今ではこうして、数えられる思い出になっている。
こうやって、思い出はこれからも増えていくんだろうな。そう思うと胸の奥がぽっと暖かくなった。
***
夜、工房に戻ると、ポストに一通の手紙が届いていた。
封を開けると、そこにはなじみのある文字──
エルドからだった。
《春の風、ちゃんと届いたよ。
それと、旅の途中で“面白い素材”を見つけたんだ。
また村に戻ったら、ぜひミノリさんと試してみたい》
みのりは、手紙をそっと読み返しながら笑った。
「うん、いつでも待ってるよ」
春の夜風が、窓の外で草を揺らす。
あたたかい光が、工房の中に静かに満ちていた。




