第十六章 芽吹きの音と、ふしぎな糸の贈りもの
小川沿いの柳の芽がほころび始めた頃、村にはやわらかな日差しが戻ってきていた。
子どもたちは長靴のまま外に飛び出し、小さな水たまりをジャンプして遊ぶ。
木々の間では、小鳥たちのさえずりも増え始めていた。
そんなある日、みのりはティッタと一緒に、染物に使う草を探しに出かけた。
春先は、まだ色が淡く、優しい色にしか染まらない。でも、それがまたいい。
「この辺にスミレが咲くって、去年ルーシャが言ってたの」
「うん、たしか小川の向こう岸の近くね。気をつけてね、足もと滑るから」
川沿いを歩いていたとき、ティッタがふと立ち止まった。
「……あれ? なにか落ちてる」
小さな石の上に、丸くなった糸玉が一つ、ちょこんと乗っていた。
くすんだ青と灰色が混ざったような色。まるで、冬の空と春の霧を一緒に巻いたような、ふしぎな風合いの糸だった。
「誰かの落とし物かしら……?」
みのりが手に取ろうとした瞬間、糸玉がころり、と転がった。
「わっ、動いた!?」「えっ!?」
2人で驚いて、思わず声が出た。
転がる糸玉を追いかけていくと、ときおり止まりながら、小川沿いの獣道をすいすいと転がっていく。
まるで「こっちだよ」とでも言うように。
***
たどり着いたのは、森の縁にある古い倒木のそば。
その根元に、ひとつの小さな布袋が落ちていた。
袋はほつれていたが、糸玉と同じ色の刺繍がほどこされていた。
「これ……たぶん、あの糸玉のおうちだね」
「うん、だけど……こんな色の糸、村じゃ見かけないよね」
みのりは糸玉と袋をそっと持ち帰ることにした。
その夜、薪ストーブの火の前で、糸玉を触っていると、つぶつぶした感触があるのに気がついた。糸の端の撚りをほぐしてみると──
糸の中から、乾いた草の種が数粒、こぼれ落ちた。
「……あれ?」
その種は、以前キースが母に贈った巾着に入れていたのと同じ種類だった。
だが、不思議なことに、その種はほんのりと光を帯びていた。
そして、その袋の中には、短い手紙が一枚だけ──
—
「また糸が芽吹いたら、きっと戻ります。
春の終わりの風が、帰る道をつくってくれるから」
—
それは間違いなく、エルドの字だった。
***
それから数日後。
みのりは、あの糸で小さな織物をひとつ仕立てた。
春の草花を織り込んだ、しおりのような布片。
リースと共に旅を続けるエルドに届くよう、手紙に添えて送る準備を整える。
「帰る道が見えたら、迷わないように。ちゃんと、糸をつないで待ってるからね」
残りの糸は村の入り口の道沿いに、子どもたちと一緒埋めた。
糸の中の種が芽吹くことを想像して、道を照らしてくれるように。
春風が工房の窓を叩いて、桜色のカーテンがふわりと舞い上がる。
村では、今年も種まきの季節が始まっていた。
***
「ねえみのりさん、あの糸の魔法、なんだったのかな?」
と、ルーシャが首をかしげて尋ねる。
「さあ……“呼び糸”だったのかもね。大切な誰かを、春の風にのせて呼ぶ糸」
「……じゃあ、また会えるね」
「うん。ちゃんと、この村で」
春の空は、うっすらと霞んで、光のヴェールがゆれていた。




