第十四章 春を待つ糸と、うたうような手しごと
寒さの中にも、ほんのり春の気配が混じりはじめた頃。
村の空気は、少しずつ柔らかさを取り戻していた。
朝の霜はまだ消えないが、南向きの庭では芽吹いた草花が小さな顔を出している。
「春になったら、お花見できるかなあ」
ルーシャがそう言うと、ティッタはこくこくと頷きながら、みのりの隣で毛糸玉をころころと転がしている。
「このあいだの“さくらの花モチーフ”、また作りたいな」
「うん、わたしも。白いのとピンク混ぜるの、すごくきれいだった!」
工房では、春を迎えるための布小物と装飾の準備が始まっていた。
毛糸や布の切れ端でつくる小さな花飾り、刺し子で模様を入れたランチクロス、くすんだ色の冬布を春色に染め直す作業。
やんちゃな双子のティオとニコも、この日は手伝い(という名のイタズラ)に夢中だった。
「これ! くっつけたら『ちょうちょ』になるかも!」
「ティオ、それ花びらじゃなくて、ルーシャのスカートの端っこ……!」
「返してーー!!」
そんな騒ぎも、みのりの笑顔と薪ストーブの上のポットから出る湯気の中では、にぎやかな春の前奏曲だ。
***
その日の午後、郵便馬車の音が工房の前に止まった。
「みのりさーん、手紙が届いてるよー!」
ノアが走って持ってきたそれは、羊皮紙の封筒に包まれた一通の手紙。差出人には──
「エルド・レクヴェル」
工房の空気が一瞬止まり、次の瞬間には子どもたちが一斉に身を乗り出した。
「エルドくんから!?」
「読んで読んで! みのりさん!」
「どこにいるの!? 元気!?」
みのりは微笑みながら、封を切って、相変わらずちょっとヘタな、だけど優しい筆跡の文字を読み上げ始めた。
—
みのりさんへ
お元気ですか?
冬のあいだ、僕はリース師匠と共に南の街道をめぐり、いくつかの町で道具の手入れや講習を行っています。
この手紙は、ちょうど南寄りの宿で書いています。
今いる町は、工房よりも少し早く春が来るらしく、道ばたには小さな花が咲きはじめていました。
先日、師匠が「てのひら工房」での話をしてくれました。
あなたが作った魔道具──いえ、あれは“贈りもの”と言った方が正しいですね。
師匠が心を動かされるなんて、正直驚きました。
僕は今でも、みのりさんのところで過ごした日々を、とても大切に思っています。
あの優しい空間と、手の中で魔力が変化していく感覚。あれは、どこに行っても見つからない。
また必ず、帰ります。
今度は、僕もちゃんと“てのひらに残る魔法”を持って。
春の風が届くころまでには。
エルド・レクヴェルより
—
読み終えた後、工房にはしんとした静けさが流れた。
けれどすぐに、ティオが叫ぶ。
「やっぱり、すっげーや! エルド兄ちゃん、カッコイイなあ〜!」
「うん、帰ってきたらまた一緒に染め物やろうって、言ってたもんね」
「“魔法が手のひらに残る”って……すてきだね」とティッタがぽつりと呟く。
みのりは、手紙を大事に折りたたみ、窓辺の糸棚の横に飾った。
その隣に、桜色の花モチーフをひとつ──春が来たときのために、そっと置いて。
***
その夜、みのりは久しぶりに織り機を動かし始めた。
春の布を織るのは、まだ寒い夜の仕事だ。
でも、ひと織りごとに春の光が近づいてくるような気がしていた。
窓の外では、雪がやんで、星が静かにきらめいていた。




