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1話 ギルドにて

追放されてから、どれくらい歩いただろう。

足元を覆う薄い靴はもうすり減っていて、冷たい土の感触が直接伝わってくる。空は灰色に曇り、冷たい風が頬を刺した。


「ここが、俺の新しい居場所……なのか」


辺境の村は、フォークナー家の屋敷とは比べ物にならないほど小さく、荒れ果てていた。道は泥でぬかるみ、木造の建物はところどころ崩れかけている。それでも、遠くから聞こえてくる笑い声や子供たちの遊ぶ声には、どこか温かさがあった。


俺は胸の中にある不安を押し殺しながら、村の中心にある建物――冒険者ギルドの扉を押し開けた。


「よう、ガキ。ここは子供の来るところじゃねえぞ」

入って早々、カウンターにいた粗野な男が俺を見て鼻で笑った。


「俺は召喚士だ。依頼を受けに来たんだ」

震えそうになる声を無理に抑え、胸を張ってそう言った。


ギルドの中には、数人の冒険者がいた。剣を腰に下げた男や、魔法書を抱えた女が、俺を値踏みするような目で見ている。


「召喚士、だと?」

男は俺の言葉を繰り返し、仲間たちの方を向いて大声で笑った。


「おい、聞いたか! こいつ、召喚士だとさ!」

「召喚士? そんなガキが何を召喚するってんだ。おもちゃのスライムでも出すのか?」

「いや、きっとゴブリンが限界だろうよ!」


ギルドの中が笑い声で満ちる。俺は拳を握りしめた。ここでも笑われるのか。どれだけ努力しても、俺の召喚術は誰にも認められないのか。


「……本当に召喚士かどうか、試してみればいいだろう?」

ギルドの隅にいた男が、挑発的な笑みを浮かべて言った。


「試す?」

俺が顔を上げると、男は椅子から立ち上がり、剣の柄を指で叩いた。


「ああ。召喚士なら、モンスターの一匹や二匹、呼び出せるんだろう?」

「わかった」

俺は覚悟を決め、床に魔法陣を描くためのチョークを取り出した。


「おいおい、本当にやる気かよ」

「これは見物だな」


冒険者たちの好奇の目が集まる中、俺は魔法陣を描き、両手をかざして魔力を注ぎ込む。


「――召喚!」


光とともに現れたのは、小さなスライム。冒険者たちの視線がスライムに注がれる。


「……ぷるん」

スライムは震えるだけで、何もできそうにない。


「……ははっ! 本当にスライムじゃねえか!」

「お前、本気でこんなので生きていけると思ってんのか?」


笑い声が再び響き渡る。俺はスライムのそばにしゃがみ込み、小さな体を守るように抱えた。


「……こんなの、召喚士じゃねえ」

誰かがそう呟いた。


俺は何も言い返せなかった。


その後、ギルドに登録はさせてもらえたが、まともな依頼を受けることはできなかった。簡単な掃除や荷物運び、それが俺に回される仕事だった。召喚術が役に立つ場面は一度もない。


それでも、俺はここで生きていくしかなかった。フォークナー家に戻るわけにはいかないし、他に行く当てなんてなかったからだ。


「召喚士なんて名乗るの、やめた方がいいんじゃねえか?」

ギルドの男にそう言われたこともあったが、俺は首を横に振った。


「俺は召喚士だ。それだけは、誰に何と言われても変わらない」


そう言い切ったものの、本当のところ、自分でも自信が持てなかった。俺の召喚術は、本当に誰かの役に立つのだろうか――


そんな不安を抱えたまま、俺は辺境の村での日々を送ることになった。


ギルドに登録してから数週間。俺の生活は何も変わらなかった。


ギルドの掲示板には、初心者向けの依頼もいくつかある。だが俺がそれを手に取ろうとするたび、周囲の冒険者たちがクスクスと笑い声を漏らす。


「おい、あれ取るのかよ」

「スライム使いがか? 失敗したら村人に迷惑がかかるだけだぜ」

「だよなあ。引き受けるだけ時間の無駄だ」


聞こえないふりをして依頼を手に取ろうとするが、手が震えているのが自分でも分かった。結局その場を離れ、依頼を掲示板に戻してしまう。


「どうせ依頼を受けられないなら、別の仕事でも探すか……」


そう思って村を回り、農作業の手伝いや荷物運びを申し出てみた。だが、そのたびに村人たちは申し訳なさそうに頭を下げる。


「悪いけど、もう手が足りてるんだ」

「わざわざ冒険者がやる仕事じゃないだろ?」


彼らの言葉には悪意がない。むしろ俺を気遣ってくれているのだろう。だが、それが余計に俺を惨めな気持ちにさせた。


村の宿屋で借りている部屋は、質素だが最低限の快適さはある。ギルドで稼ぎがない俺にとって、この部屋代さえ重い負担だった。


「どうしたもんかな……」


ベッドに寝転びながら天井を見つめる。フォークナー家を追い出された日のことが頭をよぎり、胸が締め付けられるようだった。


「……自分の道を見つけろ、か」


母さんの最後の言葉は、今の俺にとってはただの呪いだ。どんなに考えても、自分の道なんてものが何なのか分からない。


そのとき、宿屋の主人が部屋をノックした。


「レオン、ちょっといいかい?」


「村外れの林に獣が出て、畑を荒らしてるんだ。大きな依頼じゃないけど、君ならどうかなと思ってね」


宿屋の主人は、申し訳なさそうにそう言った。村人たちからは笑い者にされているが、この主人だけは俺を見捨てなかった。


「……分かりました。俺にできることがあるなら、やらせてください」


林に入ると、そこには野生のイノシシが数頭いた。俺は恐る恐る魔法陣を描き、スライムを呼び出した。


「行け!」


スライムは小さな体を揺らしながらイノシシに向かって突進する。もちろん、大した攻撃力があるわけではない。だが、スライムが相手の視界を遮り、その隙に俺が石を投げることで、なんとかイノシシを追い払うことに成功した。


「やった……!」


スライムが消える前に、俺はそっとその頭を撫でた。


「ありがとな。お前のおかげだよ」


林から戻ると、宿屋の主人が俺を迎えてくれた。


「さすがだな! イノシシがいなくなったって、村の人たちも喜んでるぞ」


俺が何も言えずにいると、主人は肩を叩いて笑った。


「お前さんはまだこれからさ。まずは小さなことからだ。そうやって信頼を積み重ねていけば、きっと大きな道が開けるさ」


その言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。


その夜、俺は初めて自分の力を少しだけ誇らしく思えた。スライム一匹でも、俺は人の役に立てる。


「少しずつでも、前に進もう」


自分に言い聞かせるようにそう呟き、明日からもまた頑張ろうと思った。

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