プロローグ
俺の名前はレオン・フォークナー。召喚士の名門、フォークナー家の末っ子だ。
いや――末っ子だった、と言った方が正しいのかもしれない。
フォークナー家といえば、王国中で知らない者はいない。俺の家族は何代にもわたって、英雄的な召喚士を輩出してきた。ドラゴン、フェニックス、グリフォン――そんな伝説級のモンスターを召喚し、戦場で国を救った話は数え切れないほどだ。
そんな家に生まれた俺も、最初は自分がいつか同じような英雄になるんだと信じていた。いや、信じさせられていたと言った方が正しいかもしれない。
俺が初めて召喚術の儀式に挑んだのは、6歳の時だ。
床には幾何学模様の魔法陣が描かれ、家族や親族たちがその周りを囲んで俺を見つめていた。期待に満ちた眼差し。俺もその視線を受け、胸が高鳴った。
「レオン、落ち着いてやるのだ。お前にもフォークナー家の血が流れているのだから、必ず偉大なものを召喚できる。」
父がそう言ってくれた。俺はその言葉に勇気づけられ、小さな手を魔法陣の上にかざした。
「――召喚!」
その瞬間、魔法陣が光を放ち、空気が震えた。初めて感じる召喚の力に、俺は自分の成功を確信した。けれど――
そこに現れたのは、小さなスライム一匹だけだった。
静寂。場が凍りつくようだった。
「……スライム、だと?」
父の低い声が響いた。その声には明らかな失望が込められていた。
親族たちは顔を見合わせた後、笑い始めた。
「スライムか。なんというか……面白いことだな。」
「いや、これは冗談だろう? 次こそは本物の召喚を見せてくれるさ。」
俺は必死にもう一度魔法陣を使おうとしたけれど、うまくいかなかった。何度やってもスライムや小さなゴブリンしか現れない。そのうち父が立ち上がり、儀式を中断した。
「いいだろう、今日はここまでだ。」
父の顔に浮かぶ皺と深いため息。それは、俺への期待が崩れ去った瞬間だった。
それからの俺の毎日は、努力と失敗の繰り返しだった。
どうにかして家族を見返してやろうと、夜遅くまで召喚術の練習を続けた。他の子供たちが寝ている時間も、俺は手をすり切らせるほど魔法陣を書いては魔力を込め続けた。
けれど、結果は何も変わらない。召喚されるのはスライム、ゴブリン、ネズミ――どれも弱く、役に立たないものばかり。
兄たちはワイバーンや巨大な狼を召喚して、父や母から褒められていた。姉たちは美しいフェニックスや神秘的な獣を呼び出し、家族の誇りとなっていた。
そして俺は――「失敗作」と呼ばれる存在になっていった。
「どうして俺だけ……」
誰にも聞こえないように呟く。けれど、答えは返ってこない。
10歳の誕生日。俺の人生は大きく変わった。
「レオンを家から出す。」
父は、そう静かに言い放った。
その言葉を聞いた瞬間、俺はすべてを悟った。家族にとって、俺はただの恥であり、これ以上フォークナー家に置いておく価値のない存在だと。
「わかりました……」
それ以上何も言う気にはなれなかった。
荷物をまとめて家を出る日、誰も見送りには来なかった。ただ一人、母だけが門の前で俺を待っていた。
「レオン、これを持っていきなさい。」
母が手渡してくれたのは、小さな袋に入ったパンと、薄汚れた魔法書だった。
「母さん、俺……」
何かを言おうとしたが、言葉が出なかった。母は俺の顔を優しく撫でて、小さく微笑んだ。
「レオン、あなたは確かに弱いかもしれない。でも、それがすべてじゃない。きっといつか、自分だけの道を見つけられるわ。」
その言葉だけが、俺にとって唯一の救いだった。俺は母に背を向け、家を後にした。
これが、俺の人生の始まりだった。
失敗作と呼ばれ、家を追い出された俺が、何を成し遂げるのかはまだ誰も知らない――俺自身すらも。