竜砂日記9 三大守護者【深淵の巫女】
「……(考えろ、この状況をどうするか)」
「よそ見は良くない……よ!!!」
「――ッ!!」
空から聞こえる声と共に右腕の拳がサンドラス目掛けて振り下ろされる。
上空からの落下と、体を捻りながら打ち出す一撃にサンドラスは即座に跳躍する。
空を切った拳は地面へと叩きつけられる――平らだった地面は隕石が落ちたかのように轟音を立てクレーターを作り出し、底が見えない程に土煙を舞い上げた。
「嘘……こんなの人間に出来るわけ……!?」
「ごまんと聞いた言葉かな――ああ、そうだ」
気が付いた時にはサンドラスの横に立ち、左手の上に右手でグーを作り、思い付いた素振りを行う。
ヒルファンドが移動したことを、またしても視認できなかった――何かカラクリがあるに違いない。
サンドラスはヒルファンドの攻撃は、ピーコフルの超絶した技量より僅かに劣る達人の域であると感じ取った。
サンドラスの身体能力とピーコフルに教えられた技を使えば、辛うじで避けられる状況でもある。
極限の中で思考するサンドラスに対し、ヒルファンドは余裕気に語り始める。
「私にはゲームのキャラみたく異名があってね。この国でもっとも強い三人――通称【三大守護者】【深淵の巫女】と呼ばれているかな。深淵の巫女の名の深淵は私の無尽蔵に近い霊力量と、巫女はかつての行いが当時の巫女と呼ばれる人たちと類似したことに由来しているよ、私自身は巫女ではないんだけどね。今の一撃も霊力によるものだよ」
「この国でもっとも強い三人……成程ね、人じゃなくて化け物なのも納得……(魔力者は魔力で身体能力が上がると本に書いてあった…なら霊力も同じはず……けど、私の動体視力で見切れない移動速度には疑問があるわね)」
「それもごまんと聞いた言葉かな。それにしても、本当にいい身体能力してるね……軍隊として集団で行動する関係で、魔獣の討伐から危険な人たちの制圧は決められた方法で行うから近頃は暴れ足りなかったんだよね――あァ、昂るなァ」
「狂人め……あれは!!」
「んー、逃げるつもりかな?」
戦いの愉悦が饒舌となって表れている瞬間、勝機を見出すために周りを見ていたサンドラスに見えたのは海と砂浜。
この状況を切り抜けるには、渡りの力が必要不可欠――自身が渡りの力を流すのに慣れ親しんだ【砂】があるのはサンドラスにとっては一筋の光となった。
可能性の光を求めサンドラスは砂浜に向かって一直線に走り出す。
ヒルファンドは、何か仕掛けてくると期待していたからなのか、サンドラスが逃走を選んだと思い込み冷めた表情を浮かべ加速するサンドラスの後を苦も無く追従する。
「海……泳いで逃げるのは駄目だよ」
ヒルファンドが両手を地面に置くと、半透明のガラスのような壁が海から発生し、逃げ道を遮断する。
ヒルファンドの霊力によって、作り出された【結界】は海を塞ぎ、離れたヒルファンドの住居までも取り囲んでいた。
結界としては、広大で歪であるそれはヒルファンドの【才能の限界】を現していた。
「霊力から作った壁?……私の好きなアクションゲームでもボスを倒すまで霧みたいなモヤがかかって逃げ出せなかったわね」
「ゲームのこと知っていると思っていたけど、やったこともあったんだね。趣味も合うし、こんな形で会いたくなかったかな」
「さっきから楽しそうに笑っているのによく言うわね」
「……ふふ」
「……(無尽蔵の霊力って言ってたし、この壁を破壊するのは無理と考えていい……覚悟を決めるしかないわね)」
不敵な笑みを浮かべるヒルファンドは、体を震わせ今か今かとサンドラスが攻勢に移るのを待っていた。
サンドラスは、大きく深呼吸をして戦いの流れを想起する。
負けられない。勝つために必要なことを全て使え。ピーコフルの言葉を思い出せ。
自身に暗示のように言葉をかけたサンドラスは、静かに地面に手に置いた。
「砂竜弾!!」
「これは……砂を操作しているのね」
「行け!!」
砂で形作られた小石程の圧縮された砂は、次々と浮かび上がりヒルファンドを包囲する。
砂竜砲、砂竜槍に続くサンドラスの渡りの力から生み出された技は、本来は対空への手段であるが、広範囲の大地を蹂躙し、威力もある砂竜槍より純粋な威力は劣るが発生が早いため先手を打てるメリットがある。
砂の弾丸は逃げ場を塞ぐと同時にヒルファンドに絶え間なく降り注ぎ砂煙を巻き上げる。
通常の人間であれば、命を奪う速射砲とも言える一撃だが、サンドラスは決定打には至っていないと予想する――言わば、この攻撃は自身の予想を確定させる手段だ。
やがて生み出した砂竜弾の底が突き、砂煙が晴れる……その結果は――