竜砂日記2 失意の中で
「はぁ……何でこんな事になるのかな……ムカつくなぁ」
原因は自分にあるにも関わらずサンドラスは何度も同じ言葉を繰り返す。
家に戻る気が起きず、サンドラスは気を紛らわすように村の周辺を歩き続ける。
だが、歩けば歩くほど村長に対する憤りが込み上げてくる。
何かに八つ当たりしたい。
そう言った暴力的な考えすら今のサンドラスにはあった。
「サンドラス……家に戻ってないと思ったらこんな所にいたのね」
「あっ……ピーコフルさん」
長い銀髪を三角形の髪留めで留めている見た目は三十代後半の薄緑のマントスリーブに肌色のジーンズを着たスレンダーな女性が、サンドラスに声をかける。
女性でありながらも180cmを超えるピーコフル・アンティーは、この里で数少ない人でありながらも渡りの竜の秘密を知る人物である。
彼女は里の子供たちに勉学を教え、身を護る技も教えているサンドラスにとって心を許せる恩師。
彼女が自身を探していた素振りを見せた意味をサンドラスは理解し、同時に内に秘めた不満が言葉になる。
「村長に言われて私を探しに来たのですか?……その様子だと村長が、私に言う事も知っていたのですね……どうして私に何も言わなかったのですか――もっと早く言ってくれればこんな気持ちにならなかったのに!!」
「サンドラス。貴女の気持ちは理解できるわ……だけど、村長だって直前まで悩みに悩んでいたのよ――とりあえず付いてきなさい」
「……!!」
サンドラスの怒声を前に気にせず微笑みながら手招きするピーコフル。
彼女が何を言っても反発するつもりでいたサンドラスであったが、彼女の得も言われぬ圧に思わず押し黙ってしまう。
仕方なくピーコフルに後を付いていくサンドラスにピーコフルは言葉を続ける
「さっき言った通り村長は貴女の事を悩んでいたわ……私も相談に乗って、私が貴女に里の外に行けないことを伝えるつもりだったけど、貴女の怒りを受けるのは自分一人でよいって言ったのよね……口下手だから貴女に酷い事を言ったかもしれないけど村長は貴女の事を大切に思っているわ…無論、私もね」
「そうですか……(結局ただの慰め、説得……私が欲しいのはそんな言葉じゃないし誰が納得してやるか……)」
ピーコフルの言葉など今のサンドラスに微塵も響かず、心の中で悪態をつく。
サンドラスからすれば、村長を改めて説得してくれとしか思わない。
ピーコフルは村の相談役であり、村長と対等の立場と言っても過言ではない。
何故、人間でありながら彼女がそこまでの地位にいるのかは分からないが、村長の信頼が厚いことは確かである。
「まあ私が何を言っても何も感じないでしょうから納得する提案を上げる」
「ここはいつも訓練をしている場所……何でこんな所に?」
着いた場所は、体を鍛え、己の身を護る術を学ぶ砂漠の村には似つかわしくない三メートルを超える鉄の柵で囲まれたグラウンド――通称【訓練所】。
多くの子供は、この場所で自身の体の使い方を学び竜としての肉体の力を制御する。
将来、外に出て人として生きる為に。
【危険な存在】を撃退できる様になる為に。
ピーコフルは、入口の電源を入れ訓練所の四方にある照明に明かりを入れつつサンドラスから少し距離を取る。
「その前に少し勉強をしましょう……この世界には幾つも命を奪う危険がある……病気、天災、人災……あと思い浮かぶものはある?」
「……【獣災】ですか?」
「そう……この世界には人の命を奪う巨体を持つ獣が存在する。古来より、人を危険にさらす悪魔の様な獣を【魔獣】と呼んだ……けど五十年前に突如して現れた異質な力…【魔力】を取り込みより巨大な力を持つようになってからは、魔力を持つ獣と言う意味合いも持っている……竜のあなた達でも下手をすれば魔獣に命を奪われかねない……ここでの訓練は竜の力の制御、万が一に魔獣に襲われた時に、それを対処する為に力を養う為にある……科学と魔力を高め訓練によって制御し、魔獣を対処する人間たちと同じようにね」
「……人は優れた科学力と近年の魔力の研究によって、魔獣対策のコストを抑えながら被害を防いでいると本に書いてありました……その中で魔力を扱う人間が現れたとかが興味深かったです。この村で魔力を使用した人を見た事ないですからね」
「そうね。今では魔力を武器とする以外にも、内に魔力を宿す人や魔力を操作できる人たちもいるわ……昔ならファンタジーの中にあった魔法使いも今や【魔力者】と呼ばれ現実のものとなった」
魔獣は世界に無数に存在し、人を脅かす存在である。
さらに、五十年前に現れた未知の力であった魔力を取り込み危険度が増した際、多くの国が頭を抱えた。
その当時でも軽火器で追い払い最終的に重火器で倒すこと自体は可能であったが、倒すのに多くの弾薬が必要であり、財政などを圧迫した。
魔力を取り込んだ魔獣は狂暴性も増し対応しなければ甚大な被害が発生し、数も多いという状況に多くの国の国力が疲弊していった。
しかし、魔力が人にとって利用可能である事が分かり迅速に研究が進んだ結果、今では多くの国が負担を抑えながら被害を抑えている。
同時に魔力が世界に溢れたことで超能力とも異能とも言える力を持つ者たち、魔力者も現れた。
最もそれでも魔獣による被害はゼロではないため世界では変わらず恐れられ獣災と呼ばれている。
「そして魔力の発展による武器の威力の上昇によって起こりうる戦争の防止、魔力者や、それに類似る者たちの力の制御、抑制、時として武力を以て争いを排除する事を目的とした国際平和機構の発足……人は自らの力に溺れず力と向き合い制御してきた……今回は貴女が人と同じく自らの力に溺れず制御できているか見定めさせて貰うわ」
「えっ……!?」
「村長は貴女の力を目で見て判断した……それは所詮、見える範囲での感覚によるもの……本当に貴女の力が危険か制御できていないかは実際に戦ってみて判断した方が確実よ」
「……訓練じゃなくて本気で戦えと?」
「ええ、本気じゃないと分らないでしょ?……そして、私に参ったと言わせたら貴女を外の世界に出してあげるように話をつけてあげる……村長には四の五の言わせないわ……素敵な提案だと思わない?」
ピーコフルはサンドラスが納得しない事は理解していた。
だからこその提案であり、サンドラスの溜まった鬱憤を晴らす目的もあった。
本来であれば、外に出られる可能性が出た時点で喜ぶべきであるが、サンドラスは歯切れが悪い様子を見せる。
「渡りの力を使っても良いのですか?……ピーコフルさんは強いのは知っていますが、万が一のことがあったら……」
「躊躇う必要はないわ。貴女は外の世界に行きたいのでしょ?……なら私の心配などせず全力で未来を掴み取って見せなさい……私に勝てるなら魔獣に対しても問題ないし、力の制御も可能であると判断出来るわ……それに貴女のような子供を相手に後れを取る私ではないわ」
「……!!」
彼女は腰に付けた黒剣を抜く。
瞬間にサンドラスが感じたのは凄まじい闘気に殺気。
それは、ピーコフルの心配など不要だと口以外で示す純粋な力の本流でもある。
サンドラスは竜であり、人間より感覚が優れているが故に察する。
ピーコフルは紛れもなく本気であり、彼女の放つ力に促される形でサンドラスも戦いの構えを取った。