竜砂日記10 瞬間の攻防
「――そこ!!」
「!!…へぇ」
砂煙が晴れると同時にサンドラスから裏拳が放たれる。
裏拳の先には、本来なら砂煙の中央にいるであろうヒルファンドが立っており右手の甲でサンドラスの裏拳を受け止めていた。
まさかと言った表情からすぐさま歪んだ笑みを浮かべたヒルファンドは、後ずさりをして左腕を前に出し防御の構えを取った。
「今の一連の攻撃……何故、そこに至ったか理由を聞いてもいいかな?」
サンドラスの攻撃の意図が分かっている上で、試すかのようにヒルファンドは問いかける。
ヒルファンドの言葉を無視して拳を突き出すことも考えたが、全く隙のない構えを取るヒルファンドに攻撃を行ったとしても迎撃されるのは目に見えていた。
サンドラスとしても、相手から謎を明かしてくれるのであれば戦況を変える意味でも悪くないと考え、ヒルファンドに問いに渋らず答える。
「霊力によって身体能力が上がっているなら肉体の強度も上がっていると思ったわ……事実、砂竜弾があなたの体に当たって弾け飛んだのが見えたわ」
相手を砕く砂竜弾の一撃が逆に粉砕された瞬間を人間より遥かに発達したサンドラスの瞳が見抜いていた。
「私の防御力を把握するのが目的だとしても、その後の裏拳は?」
「あの砂竜弾は攻撃が目的じゃない。あなたが私の前に急に現れる謎を解くために仕掛けたものよ……砂煙の中なら僅かな動きでも変化が分かるわ。裏拳を仕掛けたのも、砂煙があなたの移動場所を教えてくれたからよ」
「成程ね……だけど、まだ何かあるんじゃないかなぁ?」
「……!」
先ほどの自覚なき天然と違い、サンドラスから言葉を搾り取ろうとヒルファンドの声質は悪魔のように変化する。
本来であれば、霊力で肉体を強化して、特殊な足技で高速移動していると言い出すと思っていたサンドラスの頭には、ヒルファンドの態度から最悪な予想が浮かび上がる。
サンドラスとしても認めたくはないが裏拳を放ったのは、砂煙の刹那の変化から後ろに来ると予測したからであった。
もし、砂煙の動きをコンマ一秒でも長く見ていたなら背後を確実に取られていた。
竜の動体視力でも見切れず、移動を突き止める方法を使っても、最終的に予想に頼るしかなかったとなると思い浮かんだ可能性は、荒唐無稽と言えるものであった。
「……原理は分からないけど、あなたが移動した時にこっちの認識が外されているとしか思えないわ……分かりやすく表現するなら【時間でも止められているかのようにね】」
「うん、その通りだよ」
「……」
即答し、人差し指を掲げ正解を示すヒルファンドに、サンドラスの顔は強張る。
幾ら莫大な霊力を持つ人間だとしても時間を止めるなど、それこそお伽話に出てくる空想の話としか思えなかったからだ。
サンドラスが操る正真正銘の異能である渡りの力ですら時間停止を行使するほどの力は有してない。
「厳密には時間停止とは言えないけど、近い技を使っていると思って大丈夫かな……いや~、本当に優秀だね」
「――はッ!!」
「まあ、そう来るよね」
防御の構えを解いたヒルファンドに、サンドラスは急接近し手刀を繰り出す。
時間を止められるのであれば、砂煙を用いた対策も有効ではない。
だが、時間を止めるのが本当だとすればヒルファンドが両手を地につけ結界を張ったように何かしらの動作が必要であるとサンドラスは読んでいた。
今、サンドラスが最優先で行うべきことはヒルファンドに隙を与えず純粋な力と力のぶつかり合いに持っていくことだ――無論、ヒルファンドは把握していたのか右腕でサンドラスの手刀をさらりと受け流す。
「私は普段は霊力とかの力を使わず技だけを駆使するの…だけど、貴女がどこまで出来るか試して見たくてついつい意地悪しちゃったかな……さてさて、どうしてこんなに懐かしい気持ちになるのかな?」
「……口は閉じた方がいいわよ!!」
「!!――(壁?……ああ、手を使わずとも砂を操作できるんだね)」
距離を取ろうとしたヒルファンドの背中に柔らかな感触が発生し、振り返ると砂の壁が距離を取るのを妨害していた。
サンドラスの渡りの力は足からも流し込んで砂を操ることができる。
手から流し込むのに比べてサンドラスの練度に難があるので砂竜砲、砂竜槍、砂竜弾は作り出せないが壁程度の軽い障害物の生成は可能である。
その行動は結界を張ったヒルファンドに対するサンドラスの意趣返しであった。
「もらっ」
「――遅いね」
「なっ!?」
顔面を狙った正拳突きがヒルファンドを捉えたと確信した瞬間、手応えのなさが拳から脳へと伝達され、サンドラスの思考は固まる。
ヒルファンドは体を後ろ向きに回転させると同時に顔も回転し、結果として正拳突きと同じ方向に顔を動かしたことで拳が顔を当たってからでも威力を完全に殺していたのだ。
そのまま回転の勢いを活かした状態で、サンドラスの脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。
咄嗟に腕で防御したサンドラスであったが凄絶たる一撃は防御を易々と貫通し、サンドラス自身が作り出した砂の壁へ体を叩きこまれる。
「く……(体中が痛い…それに、鉄の味……口から血も出てる……他には)」
「まだだよ」
「!!」
体中の軋みと痛み、口を切ったのか広がる不快な味にサンドラスは耐える。
サンドラスは知る由もないが、ピーコフルはサンドラスの戦いで手を抜いていたので、痛みはともかく肉体に損傷を与える程の一撃は与えていなかった――だが、今のヒルファンドの攻撃はサンドラスの肉体を確実に傷つけている。
さらに、態勢を立て直せていないサンドラスの腹部にヒルファンドの掌から繰り出された一発が容赦なくめり込んだ。
あまりの威力にサンドラスの口からは血が吐き出され、今までに感じたことのない痛みは吹き飛ばれたことを理解する余裕すらなかった。
「私は医者でもあったから、三階から飛び降りた肉体強度を考慮しても死なないはずだよ……常人なら当然即死だけどね……もう終わりかな?」
「ぁ……(何…で…こんな……時に…昔の…記憶が……?)」
獲物を追い詰める獣のようにヒルファンドはゆっくり距離を詰める。
痛みで意識が朦朧としているサンドラスには唐突に過去の記憶が蘇っていた。