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ブルーローズの胎動  作者: さむげたん
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屍なる黎明・1

 蟲は木の葉のように静かに、ときに蜘蛛のように巣を広げる。

 今日も今日とて、その工事現場の作業員たちは身体を資本にしてせっせと働く。

気付かぬ間に頭脳の支配権を取って代わられ、目的と身体が変質していることも知らずに。


 「大胆なことをするよな。大事な商品を、こんな金にもならねぇ連中の飲み水にばら撒くなんざ俺にゃできねぇ」


 もっと上手い方法があるのではないかと、プレハブ小屋に身を寄せて向かい合う偏屈者を冷やかす。


 「スレイヴとメイの接触が近ごろ増えている。比例するように、狩られる保有者の数も増えててな。俺には戦力が必要なんだ」

 「こんなところでまどろっこしいこと続けてるからさ。卵も有限だ、俺とイギリスにこいよ。こっちは楽しいぞ、何しろ俺が作ってるのは軍事兵器(ヒーロー)だ。金もよく回る」


 偏屈者はガキのように首を横に振る。


 「おいおいお前、まさかまだ諦めてないのか。〝始祖の心臓〟?そんな馬鹿な話はないと言ったろ、金本」


 いや、そこで睨まれてもなぁ・・・

 偏屈者、もとい金本慎一を説得するために日本にきて一週間。彼の意思は変わるどころか、その度に彼の戯言に付き合う羽目になり、俺は憔悴しきっていた。

 この国に心胞虫を蔓延らせていると聞いていたので、良きビジネスパートナーを獲得できると気軽に会いにきたのが間違いだった。


 「お前は未だに帳サマに囚われているだけさ。たしかに俺らに蟲の力を教えてくれたのは奴だ、だがもう死んだ。お前は、二十年前の死人の心臓を探してるってことだ。聞いてておかしいと思わないか?」

 「あんたの言うことはもっともだよ、ディミトリ。俺もこの話は何度疑ったことか」


 だったら、と言葉を挟もうとするも制止するように口の前で立てられた人差し指に俺は言葉を抑え込む。


 「今日はちょうど客を連れてきてるんだよ、あんたもそれできっと信じてくれるはずさ」

 「この前言ってた情報提供者のことか。俺もそいつに一言言ってやりたかったところだ」


 ほどなくして、金本が通話を掛けてこの場に呼び出した提供者に、俺は再び頭を抱えることになることを知らず挑発的に言ったことを後悔することになった。


 「なぁ、金本さんよ。お前、トーマスの悪評を忘れたのか?こんな奴を信用するのか」

 「せっかくの再会だというのにその態度はいただけないな、ディミトリ」

 「お前に言ってねぇよ黙ってろクソ野郎」


 衝動的だったとはいえ、マグナムを突き付けられた瞬間のトーマスの表情には僅かに心が安らいだ。だが、それだけでは気が済まない。それにこの男は、きっと驚いたフリをしているだけなのだ。

 トーマスの斜め後ろにもう一人、青年が立っているのを確認しつつ腹に鉛玉をお見舞いする。本当に撃たれるとまでは思っていなかったのかその衝撃に後方へと吹っ飛ぶ。


 「こんな詐欺師より俺とイギリスにこい。実在するかもわからないものを追うよりかはやりがいもある」

 「まあ、聞けよ。言っただろう、その心臓についての情報を得ているってな」


 金本の指はトーマス・・・ではなく入り口付近に立っていた青年を指した。

 見覚えはない。斎藤帳の一派として活動していた時期に顔を合わせた記憶もなければ、見た目的にも年若い。

 少なくとも、心胞虫の羽化に成功させて、不老不死の肉体を獲得した保有者でなければ・・・その場合、俺が忘れるはずがないんだがな。


 「紹介するよ。室井吉照――セクター・ナインのスレイヴさ」


 お前正気か、と言うのも野暮だが驚愕に息を漏らしていたことを見られたのか、金本は薄ら笑いを浮かべる。


 「こいつは家族を殺した犯人を捜すためにスレイヴになったんだとさ」

 「復讐を手伝ってやるから所属してる組織の情報をよこせって言ったのか」


 いよいよ胡散臭さがピークに達してきたのではないか。大噓付き(トーマス)に、内通者(スレイヴ)。金本の周囲は偽装家族か。


 「生きた心地がしねぇなあ・・・」

 「殺し屋連中に囲まれたときも同じことを言っていたな、ディミトリよ」

 「誰のせいで俺が囮になったと思ってるんだ、あと喋るなと言ったろうが」


 抉れた腹部を押さえて苦笑するトーマスにもう一度引き金を引く。

 頭を撃ち抜いていないだけマシだと思ってもらいたいところ。


 「それで信憑性を保証できていると思ってるなら、甘いぜ金本」


 その言葉を待っていたかのように、金本は室井吉照と呼んだ男から一本の刀を受け取って見せびらかすように掲げた。

 抜刀して、ショーを思わせる動きで金本自身の腕に刃を添わせる。呆れかえってものもいえない・・・と思っていた途端に起きた異変に俺は目を疑った。

 傷口からじわりと伸びていく肌の炎症。このような症状について、思い当たる節は一つしかない。

 それが意味するものに気付いたそのとき、震えあがりそうになるのを堪えながら金本に背を向けていた。


 「随分と、気味が悪いのがあったもんだ」

 「ここからが面白いところだぞ」

 「もう結構だ、こんな国にいたんじゃ俺も寿命が縮む」


 この国は、存外にも罰当たりなことをするようだ。

 感心しながら、二度とここに足を踏み入れないと決心して足早に空港へと向かった。

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