幕間
「こんなに甘くて大きなパフェ、頼むのは漫画の世界だけだと思ってたわ」
「そうだよねぇ、私もなぎさみたいに何杯も食べる女子は漫画のなかだけだと思ってたわ」
「何よその目は・・・今日は奢ってくれるのでしょう、メイ」
「ま、まあね。たはは・・・」
なぎさと顔を合わす回数を増やす度に、私のなかにある彼女の虚弱体質というワードに罅が入る音がする。そもそも、私にとっては彼女とその他の人間との体質の差異などわかりもしない。精々、なぎさはよく動けるなぁ、くらいである。
「今日はどうして?私の話を吞んでくれる気になったのかしら」
「そりゃあ、目と目が合えば即バトルって感じだったし――」
「うん?」
「あぁ、違う違うよ!たまにはゆっくり座って話をするのもいいなって・・・」
なぎさの剣幕に気圧されて、誤魔化し気味にドリンクに口をつけて目を逸らす。
本当は、なぎさの疑問に対しては多少の文句を言ってやりたいが、きっとそうすれば最初に手を出したのはメイだ、と言われるに違いない。
「でも、そうね。あなたの言葉にも一理ある」
「お?どしたのいきなり」
「私も、目的を忘れてメイを追うことばかり夢中になっていたかもしれない」
なんだか、とんでもないことを聞いたような気がする。
いい天気だなぁ、と一瞬の落胆を忘れるべく自然と腰ポケットに手を伸ばして煙草に火を点ける。
嫌がるような視線を受けつつ、気付かないフリをして口に運んだ。
あくまで成人としての振る舞いだ。国籍をもっていないから、証明のしようがないのだけれど。それ以前にこの身体を構成する遺伝子の半分は所謂〝魔物〟のようなものであるから、その基準が私にも見合ったものなのかもわからず未成年の時点で数回の喫煙経験があるのはここだけの話。
「ねぇ、メイ」
話を切り替えましょうと言わんとする佇まいに、私は視線を送って次の言葉を待つ。見慣れたものではあるが、この目をするときのメイは誤解を恐れずに言うと厄介だ。
拒否権を全力で排斥してくるような、頑として譲らない態度の表れ。何かを決心したときの彼女の微妙な変化を、見分ける技術を私は獲得してしまっていた。
気付いていないだろうが、息を吞むのはいつも私の方だ。
そうして言葉の代わりに彼女が指で示したのは、メニューのなかにあるパフェだった。
「え、これいま食べてたやつ・・・」
「・・・」
「店員さーん!」
根性と胃袋の怪物に私は心を平伏して、声高らかに手を挙げた。
◇◇◇
メイは、私に言った。
どうしてなぎさはここまでして私を追うのかと。
たしかに、私のスタンスは合理的とはいえない。沖村の理解を得たうえで私が直接メイを管理することによって、間接的にセクター・ナインの保護下とする計略。それでは沖村が単独でメイを組織から匿っていることと対した違いは生まれず、笹岡局長からは危弁だと指摘されればそれまでなのだ。
当然、ここ数日の行動については笹岡局長からも説明を求められている。
頭が痛くなる。このままでいれば不安定な足場は崩れ、自壊も時間の問題だった。
「この際言うのだけれど」
メイの注目を誘う号令は、見事に彼女の視線を捕まえた。
「私はあなたのことをよく知っている。それは人格的な意味ではなくて、知識という意味で」
メイという存在を語るうえでついて回る呪いのような体質と、幼少期の研究記録。メイ自身がそれをどう捉えていまを生きているのかを想像することは私にはできない。だからこそ、私はそれを示唆するだけにおいて確信に迫ることを良しとしなかった。
「メイがセクター・ナインに対して何か思うことがあるのは想像がつく。あの基地は沖村さんとあなただけの思い出の場所、ではないものね」
やめて、とメイが視線を合わさずに言う。その反応は予想できたというよりも誘発させたという方が正しいのかもしれない。
その目には明らかな忌避を感じる。いままでのものとは違う、温度の失せた拒絶。
それでも私は暴くことを止めなかった。一存をそれに託して。
「あなたはあの組織に妹を殺されている」
無残に弄ぶように。
死すらも記録したメイの妹のデータ、手術台で藻掻き苦しみながら独りでに死にゆく彼女を、私はビデオテープ越しに目撃した。
「一度あなたから聞いた話。寄生体をこの世から駆逐して死ぬという願望、それは切間佳織の手から一人生きて逃れてしまったことへの罪滅ぼしなの?」
「まさか、そんなに私が単純だと思う?」
「誤魔化しきれてると思ってるなら一度鏡を見てきなさい・・・横道に逸れたわ。とにかく、私はそれらも知ったうえであなたに近付いてるの」
「いまの話、なかったことみたいに続けるんだね」
「何を言ってるのかはわかってるつもり。一発くらい殴られても文句は言わないわよ」
「やめとく。力加減を間違えて殺しちゃうかもしれないし」
それで拳を引っ込めるあなたも大概よ、とその言葉は心の中に納めておく。
「それどころか少し尊敬してる、覚悟してるなぁって。いい気はしないけどね」
「メイが頑固だもの」
「言えてる」
他人事のように薄ら笑いを浮かべるメイは食べかけのバフェを一つひったくって一口頬張る。まるでその余裕は何か得心を得たかのよう。
「そういうなぎさこそ、組織のために動いてるようには見えないよ。それどころか組織の味方じゃないってアピールしてるみたいに聞こえるけど」
「別にそのつもりはないけど、ほぼ正解。私は組織の意思であなたを追ってはいない」
メイを組織に渡すわけにはいかない。その一心が私をここまで駆り立てていた。
私の目的を完遂するには、メイを頷かせて意地でも歪な関係を確実へと押し上げなければならなかった。
「同情・・・ではなさそうだね。なぎさが私を匿ったところで何も変わらないのはわかってるだろうし。他にあるとしたら、復讐したいやつがいるとか」
「まだ話せないわ」
「なんだよ、それくらいはっきり言いなよじれったいな」
なぎさが何を言いたいのかわからない、と一言メイは言いながら空になったパフェと食事代をテーブルの中心に並べて席を立つ。
「ただ出しゃばってただけじゃないってことはわかる。でも目的も話せずに一方的な話を簡単に信用できる人もいないよ」
「ここで帰るなら、次会ったとき容赦しない」
「脅し文句だけはペラペラ出るじゃん、気の済むまでかかってきなよ」
軽く叩かれた肩の感触がいやに残った。
独りになって暫く、街行く人々からは彼氏なり友人なりに捨てられたのだろうかと訊かれるような視線。
深くため息を吐き、紙幣を握りしめて席を立つ。
「出しゃばり・・・そう言われるのは無理もないわね」
そこにいない、メイに向けるかのように独り呟いた。