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ブルーローズの胎動  作者: さむげたん
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美しい穢れ・2

 首元の掠り傷を擦りながら、私はやや乱暴に携帯液晶を弄って沖村に通話を繋げる。

 スピーカー通話に設定し、神毒が施された|対寄生体装備≪おもちゃ≫で被れた手と首にクリームを塗りたくる。


 「あのなぎさちゃんって子、そっちで保護してくれた?」

 『どう話し合えばなぎさがあんな姿で帰ってくるのだ』

 「人間だってわかってたから手加減したよ。あまりうるさいこと言わないで、神毒にやられてるの」


 寒気と倦怠感を取り繕うことができず、余裕のなさから口調も荒くなる。


 「半人の私とは体力や回復力が違うだろうから、一応ちゃんと見ててあげて」


 クリームに覆われた部分の炎症が治まっていくのを手鏡で確認しながら、他人事のように警告する。


 『君は人間だよ』

 「わかってる、それは何度も聞いたから。それよりさぁ、突然私とセクター・ナインを引き合わせるってどういう風の吹き回し?」


 私としても彼らと関わることは良しとしなかったが、この距離感が生まれたのは沖村の計らいによるものだった。

 つまり、沖村本人の意思でその前提を否定したことになる。


 『一つの選択に拘り過ぎるのもよくない。発想の転換のつもりだったのだが逆に危険な目に合わせてしまったと反省している』

 「たんまに沖村さんの考えてること、わかんないなぁ」


 返答にすらなっていないよ、と開きかけた口を押える。

 一度はかの戦乱に巻き込まれ、二度は切間佳織の被験者として死の淵に立った私を救ったのはいつも彼だった。いまもなお、スレイヴという立ち位置にいながら唯一人、私を支えてくれているのはその人だ。

 あまり我儘を言うべきでない、と本能的に私にストッパーを掛けた。


 「今日は疲れたからもう寝るね。なぎさちゃんにも、二度と関わるなって言っといて」


 言いながら、通話を一方的に切り、身体をベットへと放り投げた。


 「あぁ、もう腹立つ!死ぬかと思った!」


 数々の寄生体を蟲の王の力で葬ってきた私も、こんなのは初めてだった。

 それは、体質的な特性から寄生体保有者のように神毒の影響を受けている故ではない。

 他に言い換えようのない、死の予感。フラッシュバックのようにその情景が鮮明に脳裏に浮かぶ。

 人間とはフィジカルの基準がまるで異なる私の足を腹に受けたなぎさは、もう動けないはずだった。

 脅しのつもりで地面を狙い撃ち込んだ弾丸――その閃光を目暗ましとして利用するようにして、一瞬のうちになぎさはアパッチ・リボルバーを奪い取り、小さな刃を喉元へと届かせていた。

 油断していたとはいえ、並の鍛錬では成し得ない動きと胆力に思わず芯が凍てついた。

 刺して抉り抜くように見据える眼光に、刹那ではあれど私に匹敵する何かを覚えた。


 「冗談でもやめてよぉ、また人体実験とかしてたら流石に笑えない」


 あり得ない話ではない。元々は表に出すことのできない研究ばかりしてきたからこそ、公安と協力を避けているのだし、私もこのような面倒な立ち位置にあるのだ。

 死を待つだけだった沖村をあのような形であれ、救ったのもその技術によるもの。

 それらを彷彿とさせるような雰囲気を、あのなぎさに感じ取っていた。


 「怪物を駆除するために怪物なんて作ってたら、この戦いはいつまでも終わらない。だからこその私、なんだけどなぁ」


 それは現状言い訳にしかなっていないだろうと、自嘲気味に天井を仰ぐ。

 私を組織が連れ戻そうとしているということは、寄生体が社会に及ぼす影響の悪化の意味であり、組織が焦り出している証拠だ。

 掲げた信念が、妄言と化そうとしている。

 やはり私一人が、この身全てを切間に捧ぐべきだったのか・・・

 蟲の王の娘を素体とした兵器。私が逃げなければきっと成し得ただろう未来。


 「駄目だよメイ、そんなのは寄生体のいない世界にはならない」


 独り言ちて、私は自分に言い聞かせる。

 きっとその世界に私の望みはないのだから。


 「力には責任が伴うっていうじゃん。これは、私にしかできないことだよ」


 冷えた心が解けていき、引き攣った表情も少しずつ楽になっていく。

 誰にも媚びないし、譲らない。

 そこに私のいない、蟲の残滓が消え去った世に、愚直に手を伸ばす。

 それでようやく、私は罪を下ろして心から笑えるのだ――


 ◇◇◇


 と、決心し直したばっかなのになぁ。


 「もうね、流石に私も疲れるわストーカー認定しそうだわ」


 心の奥からすっと湧き出た言葉に、私自身も驚きながら表情を歪めた。


 「昨日の今日だよ。私が言うのもなんだけど、もっと自分の身体労わりなよ?また貧血起こして倒れるよ」


 彼女は本当に、組織に改造された生体兵器か何かなのでは?

 なぎさの虚弱体質だけが唯一の救いであり、同時に僅かな体力に期待して逃げ回るという方法が定着していた。


 「あなたが折れるまで私もこの身体に鞭を打つことにしたわ」

 「何そのスパルタ教育論やめて!?」


 迫る刃や銃撃を掻い潜りながら、私は叫んだ・・・っていうか、日に日に私の動きに適応するようになってるんですけど。怖い、超怖い。


 「沖村さんからは許可も得てる。あとはあなたよ、メイ」

 「おっかしいなぁ」


 しかし、これは折れるのも無理がないかもしれない。スポ根そのものの彼女の様は、鬱陶しさをすでに通り過ぎ、一種の尊敬さえも抱いていた。


 「ねぇ、もうやめよう?こんなことは無駄だって、以前なぎさが言ってたことだよ?私も君を殺さないように手加減するのは大変だしさ」

 「手加減・・・」


 あ、その顔はマズい。またやったいま絶対頭の血管ブチったねわかるよだからその大鎌仕舞おうかって大鎌!?ちょっとそんなのどこから出してきたの、ってかやめてこないでぇ!!


 「無駄だなんて議論する時期はとっくに終わってるわ。あとは成果が出るまで諦めないだけよ」


 三顧の礼の元となった話は美談のように語られることが暫し、だがいまの私にはそのように感じられない。

 三度と見た彼女の瞳は、トラウマでしかなかった。

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