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ブルーローズの胎動  作者: さむげたん
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美しい穢れ・1

 その少女が金色と遭遇する、少し前の話。


 『・・・それで、切間佳織の元を訪ねたということか』


 伏魔なぎさの視線を捉えて、仮面越しに言葉を発する。


 『切間が捕らえられている理由は伏魔君なら理解していると思っていたのだが』

 「承知の上で佳織さんと会いました」

 『切間の思想は危険だ。少なくとも私の目の届かないところで関わるべきではない』

 「そうすればメイのことを語らせなかったのでは?」


 いつになく食い下がるなぎさに暫し口を閉ざす。やれやれと、私はモニターにとある画面を映し出した。


 『我々の技術の礎は全て彼女一人の力あってだ。しかし、切間が必要以上に生命を弄んだ事実は無視できない。何よりもその被害者が、メイなのだ』


 言いながら、スレイヴの所有する対寄生体装備の設計図を画面上に並べていく。そして、それらと様子の異なる画像が二つ。

 一つは、我々が大炉心と呼んでいる、緑に輝く水槽。

 もう一つには、金髪の少女。画像の端に記載されたその名は、メイ。


 『切間を捕縛し、メイをこの施設から遠ざけたのは、〝斎藤帳の子〟として産まれてしまったメイを守るためだ』


 本当は、切間のことを殺してやりたかった・・・小さく呟いたその一言になぎさがどのような反応をしていたのかは見ることができなかった。


 『火の海に崩れ往くなかから幼きメイを救ったのは私だ。モルモットのように蹂躙されるその姿を黙って見ていられると思うか』

 「沖村さん・・・」

 『それでもセクター・ナインの支配下に置くべきというのなら、私を始末しろ。こうして生きている意味が・・・』

 「待ってください」


 そのとき、自分が半ば一方的に話を進めてしまっていたことに気付かされた。同情などを期待していたつもりではないが、目の前の彼女の顔には、私の予想していた反応と異なるものが浮かび上がっていたからだ。


 「私に、一つ提案させてもらえませんか」


 ◇◇◇


 「君が、伏魔なぎさちゃんだよね?」


 月夜に靡く金髪の少女と、その足元で痙攣している死体を交互に見やる。死体と断言できたのは、頭部が割れるように開かれていたためである。

 壁面を染める朱赤、頭蓋の隙間から覗く、沸騰した脳。

 これらの現象を引き起こすことができるのは、私の知識では一人しか知らない。立ち込める異臭に鼻を曲げながら、その言葉に応える。


 「初めまして、メイ」

 「沖村さんから話は聞いてるよ。君、なかなか度胸あるね。でも笹岡さんはなんて言うかなぁ」

 「笹岡局長への説明もちゃんと考えてここにきているわ、安心して。今日から私があなたを保護するわ」


 メイに掌を差し出す。どうやら彼女も私が沖村に提案した話を知っているようで、うんうんと頷き返してくれた。

 沖村への提案というのは、一時的に自分がエージェントとして施設から独立してメイの監視、そして便宜上において笹岡局長の支配下とすることで組織内に起きている意見の分断を解決するという算段だった。

 少なくともこれで組織と彼女の繋がりが厚くなることは期待して然るべきだ。あとは歩み寄る彼女の手をとるだけだ。


 「いいね、気に入ったよ。君なら信頼できそうだ」


 私の手とメイの手が重なり――


 「なんて言うと思ったか、クソガキ」


 頬を掠めた爪先が、彼女の返事。背後のビルに挟み込んで退路を奪うように、足を壁面に立てる。


 「・・・どういう意味かしら」

 「いやそれはこっちのセリフだよ。君さ、本当に私のことをちゃんと調べてきた?」


 擦れた頬がびりびりとひりつく。上から睨みつける赤い瞳に怯むことなく、声を張る。


 「神毒をその身に宿した、〝蟲の王〟の後継者。他のも聞きたい?」

 「へぇ、随分と綺麗に聞こえる肩書じゃん」

 「その割には、なんだか不愉快そうね」


 別に、と言いながら足を壁から離す。


 「ただ、つまんないこと言うんだなぁ、てね」


 反射的に身体を横にずらし、打ち出された拳を躱す。


 「いい動きだね、流石スレイヴ」

 「あら、聞いていた話よりも野蛮ね。メイ」


 最初から、簡単にいくとは思っていなかったけど。

 挑発するように微笑む彼女に私は息を吐き、言い張った。


 「黙って私に従いなさいよ、猿」


 羽織っていたニットを脱ぎ捨て、小さな刃を構える。

 ―-言い終えると同時に、一息でメイの懐に刃を突き出した。

 その一手を容易く抑え込んだメイは、掴んだ私の手を引き寄せ、耳元で囁いた。


 「いいね、そうこなくちゃ」


 弾けるように、全身が後方へと投げ飛ばされる。地に触れた足が着くことは叶わず、無様にも転げ回りながら身体を起こす。


 「ほうら、啖呵切ったんだからそのくらいで項垂れてんなよ」


 息が耳を撫でる。飛びつくような勢いのメイを視界の端に捉え、胸ぐらを掴んだ。

 勢いを我がものとし、背に負ぶった身体を床に叩き落とす。

 そのまま顎に触れた銃口を一瞥し、やるねぇとにやけるメイに面を合わせる。


 「ふざけないで。生産性の欠片もない、こんなことのために私がきたと思っているの」

 「無駄だって言えばいいでしょ。いちいち鼻につくなぁ、誰かから嫌われたりしてない?」


 鳩尾にかかる圧迫感で視界が揺らぐ。腹を突いた蹴りが私から酸素を奪い、脱力しきってメイの身体にダイブする。


 「軽いね、ちゃんと食べてる?」


 力の抜けた手から小銃を掠め取られ、面倒くさそうに私の身体を押しのけたメイは形勢逆転だ、と笑顔を崩さずに射線を私の眉間に向けた。


 「・・・撃ってみなさいよ」

 「あ、そう。ならお言葉に甘えて」


 上手く口が回らず、感覚的に吐いた挑発を面白がるようにメイは言葉を返し――小銃の噴いた火に反射的に目を閉じた。

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