表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

初恋アンインストール

作者: とるく

キーボードを叩く音は、誰かと繋がっている証だった。

暗い部屋。ヘッドホンを外した僕の目の前のモニターには、大好きなゲームをアンインストール完了したことを示すメッセージが表示されている。

「あっけねぇ」

夏の蒸し暑さ。

頬をしたたる汗。

けして涙なんかじゃない。

でも、この虚無感はなんだろう?

「たかがゲームなのに」

毎日22時が僕たちの集まる時間だった。MMORPGというジャンルのゲーム。それは他のゲームとは違って、誰かとのつながりが濃くて、だからこそ、僕の居場所のように感じられた。

モニターの前の椅子から、ベッドにダイブする。

柔らかく包んでくれる布団はとても冷たい。

「嫌いです……、か」

たったそれだけの文字。

データ量にして1ビット。

だけど、僕の心にはナイフが立てられたような痛みがあった。。

恋なんて物語の世界のことだと思っていた。ドキドキするような感覚って、高いところに上ったときのスリルと何が違うのかわからなかった。でも、いまは違う。だって、ここは高くもスリルもない僕の部屋だ。

それなのにどんな場所よりもドキドキしている。

「どんなヒトだったんだろう」

天井を見上げる。

アンインストールしたゲームの販促ポスターが張られている。そこにはメインストーリーを案内してくれるNPC達が描かれていて、その中のひとりが、僕の好きだったひとと凄く似ている。

ひとって……、見ていたのはアバターだったのに、僕はなにを考えているんだろう。

そこに本当にヒトがいたのかなんて分からない。

女性のアバターをしてたけど、リアルでは男性かもしれない。年上なのか年下なのか、声も、肌も、服装も、名前さえも知らない。何も知らない。

僕たちが出会っていたのはゲームの世界だ。

それは虚構の世界。

なのに、それなのに、どうして……

「好きになったんだろう」

カタカタと彼女と交わしたキーボードの音。

それを忘れるなと、僕の心臓は鼓動する。

初恋を知った音が鳴り続ける。

ゲームと違って簡単にはアンインストールできないみたいに。



× × ×


カーテンの隙間から光りが漏れてきた。

「そっか、もう朝か」

今日は仕事っていうのに、昨日の夜はずっとネトゲをしていた。

就職して、東京に出てきて、満員電車にゆられ、好きでもない仕事をする日々。私がゲームを始めたのは、新宿の駅に掲示されたポスターをみたのがきっかけだった。『きみと繋がる世界』、今考えるとありきたりなキャッチコピー。でも、それが響いたのか電車にのってすぐ、私はスマホでそのゲームを検索していた。

半年前の懐かしい思い出。

今考えると寂しかったんだと思う。

付き合っていた彼氏とは遠距離になり、浮気されたあげく振られて、同僚に誘われた合コンで出会った男は、初デートがマルチ商法のセミナーだった。そんな状態で同僚の結婚式に出席して、幸せになれと拍手するたびに、私の心はからっぽになっていった。

だから、誰かと繋がりたかったんだと思う。

「喉渇いたな」

カーテンを開けると、空が明るくなっている。

ゲームして徹夜とか生まれて初めて。こういうときって、気分がすがすがしくなるものかって思っていたけど、私の場合は違ったみたい。その原因はわかっている。

横目でモニターを見る。

ゲーム画面には『該当のプレイヤーは存在しません』と表示されていた。

「コーヒー、飲もう」

電気ケトルに水をくみ、スイッチを入れる。

真っ白のカップにインスタントの粉を入れる。白いカップに、茶黒い粉。……普段見ているどうでもいい光景が、なんか妙に気になる良くない状況。

お湯が沸くとすぐにカップに注ぐ。

真っ黒い液体が満たされた。

私の心みたい。……なんて、私の心はもっと黒い。

モニターの前に戻ってきて、何時間も見続けたそのメッセージをもう一度確認する。

「やっぱ、もう会えないのかな」

自業自得。

そんな言葉が私にはお似合いだ。

男なんてろくでもないと思っていた。思っている。でも、男を求めていた。だから、ゲーム出会った彼に、その気があるような言葉をささやき続けて、そして告られて怖くなった。

だからって「嫌いです」と即レスした自分はどうかしていた。

別に嫌いじゃなかった。

むしろ好きだったと思う。

どんなひとか分からないけど、今まで出会った誰よりも彼の言葉は綺麗だった。からっぽになった心を満たすように言葉をくれた。私のことを理解してくれようとしてくれた。

姿も、形も、知らない彼は、私を知ろうとしてくれた。

「最低ね、わたしって」

コーヒーは苦くて熱い。

もし、そんなくだらないことをキーボードで打ったら、彼ならなんて答えてくれるかな。

そういう風に考えるように、彼に期待してたんだと思う。

もし、私が嫌いって言ったら、キミはなんて答えるのかなって。

いじのわるい女。

最低最悪。

「でも、それが私」

この気持ちを消そう。

こういうことをアンインストールって言うのだっけ?

元彼や、セミナー男のように、どうでもいい存在として忘れればいい。私にはこのモニターに映る世界がある。そこでまた誰か素敵なひとと出会えるに決まってる。

そうに決まってる。

カップを置き、コントローラーを操作する。

会話ログを振り返るとそこにはちゃんと残っていた。

『僕はあなたのことが大好きです』

ブラックコーヒーを飲む私に、その言葉は甘すぎた。

初恋みたいに甘かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ