表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
消極男の悲秋暦  作者: 青色蛍光ペン
9/19

9:奇行の真実

午後5時。この季節だと1番夕焼けが赤い時間帯である。西日の眩しさに目を細めながら道路を歩く川中の隣で秋月がリストを眺めている。


「普通の焼きそば買う材料と変わらないね」


「そりゃまぁ…、焼きそば作るんだし」


そんな中身のない会話を学校を出てからぽつぽつと繰り返している。秋月と呉本が両想いだと判明してしばらく経つ。川中はなんだか秋月と話すのが億劫になってしまっていた。別に少し会話するだけで川中が密かに秋月に寄せている思いが爆発的に大きくなるわけでも、逆に距離を取る事でその想いが急速に小さくなることも無い。だがなんとなく川中は無意識のうちに秋月から距離を置くようになっていた。科学部では普通に会話するし、教室でも話しかけられたら最低限度に受け答えはする。しかしそれ以外の会話の内容は日が経つにつれて薄く、無くなっていく。


「川中君は何もやらないの? 呉本君みたいになんかやればいいじゃん。ほら、川中君度胸はあるみたいだし」


「度胸なんか無いし何もやらない。ああいうのは特別な人間がやるから意味があるんだ。ぽっと出の俺が軽音部に混じって演奏しても場は冷める一方だろ」


「えぇー、そんな事ないよ。川中君多分おしゃれしたら普通にかっこよくなるし、私からすれば2人だけ選ばれた科学部の部員だから川中君は特別だよ」


「特別、ね。よく言うな」


最後の言葉は秋月に聞こえないようにぼそりと呟く。秋月にとって特別な人間は川中ではなくて呉本。それが分かりきっているのにそんな事を言われると虚しくなるだけだ。

そんな川中の心境など秋月に伝わるはずもなく、2人で協力して買い出しを続ける。そして最後の店を出て少し歩いて細い道に入る。


「私、決めたよ」


突然秋月が口を開く。なんの前触れもなかったからか、川中は特に何も言い返せずに秋月に向き直る。


「私文化祭終わった後に呉本君に告白するよ。だから片付けは少しだけ遅れるかも」


「そう…か。呉本も多分そのタイミングが1番喜ぶだろうし、良いんじゃないか」


ついに来たか、と川中は覚悟を決める。いや覚悟はもう随分前から決まっていたのだが。周囲からは想像もできないような練習量をこなして文化祭というそこらのライブハウスよりも大量の人間が見ている場所での人生初ライブ。そしてそれを終えたら想いを寄せるヒロインから告白だ。まるで漫画の主人公だな、と川中の脳内の呉本の存在自体が現実味を失っていくような感覚に囚われる。


「ちょっと、何その反応。もっと驚いたり応援してくれてもいいじゃん!」


「ちゃんと反応しただろ。あと応援も何も、確定で成功する告白に応援なんかいらないんじゃないか?」


「もー、分かってないよ川中君は。結果が分かっていたとしてもすっごい緊張するんだからね」


結果が分かっている告白。秋月の場合は確定で成功するものなのだが、そう言えば木山も学生時代に似たような状況で告白をしたんだったな、とふと思い出す。彼の場合は確定で失敗する告白なのだが、それでも勇気が必要だということは分かる。文化祭の準備が忙しくて木山に理由を聞くことはできていなかったが、そう考えると彼の奇行の動機が気になってくる。


「やば、俺教室に忘れ物したかも」


「え、今それ思い出す!?」


「忘れ物取ってくるついでに家庭科室の冷蔵庫に食材を入れておくから先に帰っててくれ」


「うん、分かった。気をつけてね」


秋月から冷蔵庫で冷やす必要がある物を受け取り、調味料や油やパンなどを手渡す。冷やさなくてもいい物は明日改めて学校に持ってくるのだ。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


家庭科室の巨大な冷蔵庫に食材を入れた川中は家庭科室から出ると真っ先に科学部の部室である実験室に向かう。扉を開けると、帰り支度をしている木山が視界に入る。すぐにこちらに気付いた木山は川中の方を向く。天滝は既に帰宅しているのだが、先程まで天滝が居たことなど川中が知るはずもない。川中の存在に気付いた木山は不思議そうに開く。


「今日は部活やらないんじゃなかったのか」


「少し聞きたいことがあります」


「…俺の高校時代の話か」


言い当てられて川中は驚くが、無言でゆっくりと頷く。木山としては、ここまで改まって聞かれるともうその内容を察してしまえる。相良のお気に入りの生徒、おまけに自分と似た境遇。こんな条件が整っていて相良が川中に木山の事を吹き込まないわけがないのだ。とりあえず木山は鞄を床に置き、席に座る。そして川中に先程まで秋月が座っていた場所に座るよう促す。川中が座るのとほぼ同時に木山はまず質問する。


「で、どこまで知ってるんだ」


「木山さんが急に接点のない別クラスの女子に告白したって話を聞いただけです。今日はその理由を知りたい。多分木山さんの事だし何か特別な理由があったんでしょう?」


川中は相良から例の話を聞いて今までずっと何か理由があったのでは、と気になっていた。だが木山と川中は教室などでちまちま言葉を交わす機会はあったのだが、こういった踏み込んだ質問をする機会は無かった。川中の言葉を聞いて、木山は乾いた笑いをこぼす。


「なるほど、意外にも俺のプライバシーは守られてるってわけか」


「…どういう事ですか?」


「今川中が知ってる情報は、走れメロスで例えるなら山賊に襲われる一場面に過ぎない。つまりあれだ、真実はもっと深いんだ」


「という事はやっぱりただの奇行じゃなかったんですね」


「奇行、か。散々な言われようだな。…長くなるけど大丈夫か」


「はい、別に門限とか無いんで」


「よし。じゃあまず今から話すストーリーの登場人物だ。まずは俺、そして高橋、氷川、川野。後者2人は女子だな」


この出だしを聞くだけでそこそこ長い話になるのだな、と川中は覚悟する。急に登場人物が増えたが、なんとか川中は頭の中でその人物たちを暗記する。


「まず、氷川は高橋の事が好きだ。で、ある日氷川が高橋と友人だった俺に髙橋への告白の手助けをして欲しいと頼んできた。一応言っておくがその時まで俺は氷川と言葉を交わした事は一度も無かった。そして俺はそれを断り切れずに手伝う事になった」


「その高橋って人はどんな人なんですか」


「…サッカー部の副キャプテンで勉強はそこそこ。おまけに顔までよろしい超人だったな」


木山が川中に高橋についての情報を教えると共に川中の表情が僅かに変化するのを木山は見逃さなかった。恐らく相良に川中と木山は似ている、とかなんとか吹き込まれているのだろう。そして早くもそこに隠された真の意味を理解しつつあるらしい。


「だがある日高橋と話をしていた時、高橋が川野に思いを寄せている事が分かった。つまりこの時点で氷川の思いが届かない事が確定した。だから俺は川野に告白したんだ」


「いやその…、氷川さんは高橋さんの事が好き、そして高橋さんは川野さんが好き。だから氷川さんが高橋さんと付き合うのは不可能。そこまでは分かりました。でも木山さんが川野さんに告白する意図が分からないです」


「そうだな、じゃあ質問するが、俺は高校時代ほぼ友達を作らずに過ごしてきた。それとは逆に川野は友達も多くてサッカー部のマネージャーで人気者。そんな相手に俺が急に告白したら一体どうなると思う」


「普通に振られるんじゃないんですか。というか振られたって聞いてるんですけど」


川中の答えに木山は違う違う、手を振る。


「そんな事を聞いてるんじゃない。まぁそうだな、正直あまりいい思い出では無いんだが…、俺の学年の中では少しの間ではあるが大いに盛り上がっていたらしい。木山とかいう根暗が川野に告白した、ってな」


「まぁ当然だ」


「そしてもう一つ質問だ。仮にお前が川野の立場だとして、顔も知らなかったような暗い生徒に告白されたらどうやって振る? 付け足しておくが、あくまでもそいつをなるべく傷つけずに振るのが条件だ」


「…質問の意図も答えもわからないです」


「意図なんて今はどうでもいいんだ。…今は誰とも付き合うつもりはありません。こう答えるのが1番だと思わないか?」


「まぁ…、確かにそれなら少なくとも嫌われてるから振られた、とはならなくなりますもんね。あくまでも形式上ですけど」


「で、『今は誰とも付き合うつもりはありません。ごめんなさい』と振られてしまったその状況が学年内で広まる。これで川野はしばらく誰とも付き合う事はできないって事になる。誰とも付き合うつもりがないって自分で言ったんだからな。その結果高橋はしばらく川野を諦めざるを得なくなる」


「まさかそんな作戦のために告白したんですか?」


「ああ、そうだな」


「何のために…、あ…」


川中はこのタイミングで完全に全てを悟った。木山は氷川の事が好きだったのだろう。だからそんな行動力を発揮できた。対して川中も秋月の事が好きだから普段絶対に話しかけない呉本に声をかけて呉本が秋月の事を好きだという情報を入手した。


「俺と木山さんが似てるってまさか…」


川中の表情を見て木山はにやりと笑みを浮かべる。


「その顔、全部気づいたな」


「はぁ…、全部分かりました。さては木山さん全部相良さんから聞いてましたね? 俺が置かれていた状況は、木山さんと似ていた。状況だけじゃない。サッカー部の呉本と高橋さん、そしてそれらに想いを寄せる秋月と氷川さん。周りの環境も全部似てる」


「そうだ。相良さんは多分川中が確実に動く事を想定した上で秋月に川中に相談するよう持ちかけたんだろうな。ま、呉本と秋月が両想いってのは流石に予想外だったみたいだが。…で、川中。お前はどうするんだ?」


「どうする…、木山さんはそのあとどうしたんですか。予定通り振られて、氷川さんは高橋さんに告白した。それで木山さんは良かったんですか? 氷川さんの事を諦めない方法があったんですか?」


「ああ、もちろん俺は予定通り振られた。だが川野の口から出てきたのは俺の想定していた言葉なんかじゃなかった。川野と高橋は両想いだったんだ。…俺は氷川の告白の成功率を上げるために動いたつもりだったが、その両想いの情報までもが学年中に広まって氷川の告白の成功率は限りなく0に近い状況になってしまった」


「え…」


川中は思わず絶句する。川中達のケースだと、川中の働きのおかげで、川中はともかく幸いにも秋月はいい結果を得ることができた。しかし木山のケースだとどうだろうか。木山と、その木山が想いを寄せている氷川の2人が救われないストーリーとなってしまっている。川中も一歩間違えればそうなっていた可能性は少なくない。


「…俺と川中は似ている。だからといって同じような失敗をして同じような後悔をして欲しくはない。だからもう一度聞く。お前はどうしたいんだ?」


「俺は…」


川中はそこまで話して言葉を詰まらせる。このまま放置するのなら、確実に文化祭の後、秋月と呉本はくっついてしまう。だが川中としてはわざわざそれを阻止してまで、秋月の幸せを止めてまで想いを告げるつもりはない。


「俺はこのまま見送ります。秋月が幸せなら別にそれでいいんですよ」


「そうか。…別に俺は止めるつもりはねぇよ。多分俺が川中の立場だったら同じように振る舞うし」


木山はそれだけ告げて席を立つ。川中はやはり木山と似ている。川中は自分の想いを誰にも告げずにゆっくりと記憶の底に沈めていくつもりなのだ。川中がそれで構わないと言うのであればそれは紛れもないハッピーエンド。それでいいじゃないか。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

評価やコメントをして頂けると励みになるのでもしよろしければお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ