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消極男の悲秋暦  作者: 青色蛍光ペン
8/19

8:誤判

夕日が窓から差し込んでくる科学部の部室。10月半ばともなるとこの時間帯になると気温が大きく下がってくる。ポケットに手を突っ込みながら壁に寄りかかるのは木山だ。既に今日の科学部の活動は終わっており、川中と秋月は帰宅してしまっている。


「ここに来るのも久しいな」


「おや、君はここに来たことがあったのかね?」


静かに呟く木山の姿を机に座って缶コーヒーを飲みながら見つめるのは相良だ。木山は学生時代一度だけ科学部の部室に来ている。確かあの時は当時の科学部の部員である上月という人物に呼び出されたような気がする。


「別に良いでしょそんなこと。それより問題は科学部の存在そのものですよ。なんのためにわざわざ科学部を復活させてあの2人を入れたんですか。あと俺を呼び出したのも、どうせあの川中と似てるから、なんてくだらない理由だけじゃ無いはずだ」


「君の鋭さは変わらないな、でも君を呼んだ理由は残念ながら説明した通りだ。君たち2人はとても似ている」


「性格の話ですか?」


「いや、それだけじゃない。実は川中は秋月の事が好きらしいんだ。そして秋月は隣のクラスの呉本という生徒に想いを寄せている。で、先日川中は秋月に依頼されて呉本の好きな人を聞き出したんだ」


相良の話を聞いて木山の口が止まる。無理もない、この状況は以前木山が高校生活で経験した状況と酷似しているのだ。


「…その呉本とかいう奴は別のクラスですよね。少なくとも相良さんのクラスには居なかったし」


「隣のD組の生徒だな。頭が良くてサッカー部のキャプテンだ」


思わず木山の口から大きなため息が漏れる。そんな所まで似せなくても良いだろ、と心の中でぼやきながら「で、呉本とやらの好きな人ってのはどうだったんだ」と相良に結果を聞く。


「呉本と秋月は両想い。ハッピーエンドだよ」


「…なるほどな。川中が秋月の事好きなのを秋月本人は気づいてるんですか?」


木山の問いかけに、相良はゆっくりと首を横に振る。あまりに不憫な川中の現状に少しだけ同情しつつ、木山は懐から取り出した缶コーヒーのプルタブを起こす。そんな木山に今度は相良が問いかける。


「君はこの現状をどう見る? このまま呉本と秋月が結ばれてハッピーエンド。川中の心中は思い出と共に忘却され、埋もれていく。そんな展開になると思うかい?」


「なる、間違いなくな。…というかその言い方、また全員が幸せになる方法を探す、みたいな事でも言い出すつもりですか?」


相良の言葉に間髪入れずに木山は返答する。そして一抹の不安が生じる。木山と相良の学生時代、相良は木山のせいでこじれた部員の恋愛事情を全員幸せにする、と言う名目で巧みな言葉で部員の心を動かし、操作した。その上で彼女の目論見は失敗に終わったわけだが。もしかすると今回も同じような事をするのでは、と考えた木山の不安は杞憂に終わる。


「まさか。あの時の私は上月の心をがらりと変えた君に張り合おうと躍起になっていただけだ。今はもうただの傍観者さ」


「ならいいんですけど。…で、相良さんはどう思ってるんすか。その聞き方、もしかして相良さんはこのままハッピーエンドにはならないって踏んでるって事か?」


「難しいところだな。全ては秋月次第さ」


意外な人物の名前が出てきて、木山は缶コーヒーから口を離して相良の方を向く。


「川中じゃなくて秋月?」


「君は彼女と話してなかったな。君ほどの人間不信ならば少し話すだけで彼女の違和感に気付けるはずだ」


「随分遠回しな言い方をするんですね。普通に教えてくれても良いでしょそれ」


「なんと言うか、少し難しくてね。彼女の違和感を説明するのは私には難しいのさ」


相良も秋月と沢山話したわけでは無い。しかし科学部という場所があることが幸いして他のクラスメイトよりも彼女と話す機会は多い。その結果、上月が感じた違和感を彼女もまた感じたのだ。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


10月29日。31日の文化祭まで残された時間は少ない。しかし2年C組の出店の準備の手際はとても良く、材料の買い出し以外の準備はほとんど終了してしまっている。そのため文化祭の準備という名目のホームルームの時間はほぼ自由時間のようなものである。そんな中、珍しく1人で授業の課題を進める秋月に木山が話しかける。


「随分と熱心だな」


「あ、木山さん。まぁ準備とかほとんど終わっちゃってますし」


「終わってる、か。言っておくがまだお前と川中には買い出しが残ってるからな。それに俺の仕事はまだ山のように残ってる」


木山の仕事は鉄板やコンロや燃料や食材などの予算をまとめることである。大体の使われる費用の目処は立てていたのだが、実際に購入するとどうしてもズレが生じてしまう。それを修正するのだ。だが今話すべきはそんな事ではない。


「分かってますよ。…そうだ、後でお礼したいんですけど科学部のみんなと木山さんと天滝さんを連れてどこか食べに行きませんか?」


「うーん…、いや、断る。というかなんのお礼だって?」


少しだけ悩んで木山は秋月の誘いを断る。あの変人相良と初対面に近い天滝と問題の川中と秋月。こんなメンバーで食事など何が起こるか分かったものではない。そして彼女がお礼という単語を使ったが、木山にはその意味が理解できていない。


「え、裏で色々頑張ってくれてるからそのお礼ですよ。まぁでも確かに急に食事はあれですもんねぇ」


どれだよ、と突っ込みかける口を理性で食い止める。そしてなるほどな、と納得する。相良の言っていた違和感の正体が早くも分かったかもしれない。普通の人間ならば先程の木山の話を聞いても「大変そうですね」とか返してくるだろう。ありがとうございます、みたいなお礼を言う人だっているのかもしれないが、わざわざ食事会を開いてまで労おうとしてくる秋月は木山からすれば異常という区分に片足を突っ込んでいるのだ。


「いや礼なんていいんだ。それより、これを渡しておく。後で買い出しに行くんだろ」


木山は懐から封筒を取り出して秋月の机の上に置く。中身は必要な食材のリストと大雑把にこれぐらいあれば十分足りるだろう、と木山が判断して入れた予算が入っている。別に川中に渡しても良かったのだが、横目で彼を見ると何やら吉川と話し込んでいるようだ。中身を確認した秋月が「ありがとうございます!」と礼を言うのと同時にチャイムが鳴り、その日の授業が終了する。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


放課後、川中と秋月は買い出しに向かったため部活は中止となった。その代わりに木山がノートパソコンで作業をするために実験室を借りている。相良は別件で職員室に居るためしばらくは静寂が続いていたのだが、木山が作業がひと段落して伸びをしていると実験室の扉が開いて天滝が入ってくる。


「あれ、相良さんまだ帰ってないの?」


「まだだな。そう言うお前はまだ帰ってなかったのか」


「ポスターを貼る場所を探して校舎を巡ってたんだよ。すっごい懐かしいから木山くんも来る?」


「いや行かねぇよ」


誘いながらも断られる事が分かっているのか、言葉とは裏腹に木山の対面となる席に腰掛ける天滝。職員室での顔合わせ以来、別に毎日四季高校に来てるわけでもないし、来ても忙しい事が多いため天滝と2人きりでゆっくり話す機会なんて今まで無かった。ふと何かを思い出した様子で木山が口を開く。


「そういえば、その…。悪かったな」


「ん? 木山君に何かされたっけ?」


「ほら、俺が原因で科学部が半壊したんだろ?」


木山達が学生だった頃、木山が上月と交わした会話が原因で上月の心境に大きな変化が起き、科学部が半壊した。相良ももちろん片棒を担いでいるわけだが、元の原因と言えば普段他人とほとんど関わらないはずの木山が上月に自分の考えを語った事である。

当時の1番の被害者であったはずの天滝だが、「あー、そんな事あったなぁ」と懐かしむように笑っている。


「確かにあの時は木山君の事結構恨んでたよ。…でも今思うとあれも必要な時間だったと思う」


「その感じだと、上月とはまだ付き合ってるのか」


「うん、風馬も引っ越してないからたまに遊びに行ったりするんだよ」


風馬とは上月の名前である。仲が良さそうで何よりだ。木山が口には出さないが頭の中でそんな事を考えていると今度は天滝の方から口を開く。


「やっぱり氷川さんとは付き合ってないの?」


「…そうだな。俺は今でもそれが間違いだとは思ってない」


科学部の件の原因は木山だ。しかしそんな木山に降りかかった最初の災難は何かと言われれば、全ての元凶である氷川雪菜ひかわ ゆきなに繋がる。彼女が最初木山に話しかけなかったら、木山は誰とも関わらない無色の日々を楽しみ、科学部は一度崩壊しかけたりなどしなかった。そんな氷川だが、今では木山とは良き友人といった関係で、月に何度か連絡を取り合ったりしている。

木山の言葉に、少しだけ複雑そうな表情を浮かべる天滝。木山は氷川との幸福を守るために行き過ぎた幸福、つまりは氷川と付き合う事を拒んだ。いつか変わらず拒絶される日が来るからと。しかし天滝は上月の彼女になってから今までずっと幸せだと感じている。天滝の目線から見れば未だに木山のやり方は間違いなのである。しかし天滝はそれを口には出さない。


「木山君がそう思うなら、きっとそうなのかな。…それよりなんで私と木山君が選ばれたんだろうね。こうやって改めて仲直りするために相良先輩が考えてくれたのかな?」


仲直りも何も、別に直接喧嘩した覚えは無い。


「…そう言えば天滝は聞いてなかったのか。なんでも、川中って生徒がいるだろ? あいつと俺が似てるんだと。少なくとも俺が選ばれた原因はそれだろ」


「あー、言われてみれば似てるかも。でもそれだけ?」


首を傾げる天滝に、木山は説明を加える。当時の木山の状況と川中の現状が酷似している事。秋月と呉本が両想いである事。そして事態は川中を除いてハッピーエンドに向かっている事。いちいちリアクションを取って驚いていた天滝。しかし木山は判断を誤ってしまっていた。ずっと心の中にこびりついていた天滝に対する罪悪感が洗い流された爽快感か、それとも作業の疲れで脳が正常な判断を下し辛くなっているのか。どちらにせよ、少なくとも今この瞬間に天滝がこの事を知るべきでは無かった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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