7:木山蓮
10月17日、文化祭の2週間前のロングホームルームの時間。文化祭の準備は本格的に始まり、クラスではポスターを作成する人達、焼きそばホットドッグの具材を決める人達、出店の店番を決める人達などで別れて作業が行われており、非常に賑やかである。そんな中、買い出し係に決まった、と言うより相良に無理やり決められてしまった川中は現在やることがなく、教室の隅の方からぼーっとクラスメイト達の様子を眺めている。
「よう川中、文化祭2週間前だってのに気分が上がってないみたいだな」
話しかけてきたのはもちろん吉川だ。彼は店番を決める集団に混ざって作業をしていたはずなのだが、いつの間にか抜け出してきたらしい。
「その文化祭が原因で気分が上がらないんだろ」
川中はどうもこの雰囲気が苦手だ。おまけに今回の場合、クラスのほぼ全ての人は知らないが、川中の案が採用されているのだ。確率は0に近いとは思うが仮に焼きそばホットドッグが失敗したらと考えると気が重くなる。
「ま、気分が上がらないってのは川中の成長だな。俺は嬉しいぜ?」
「…成長?」
「だってお前、去年の文化祭の時は『俺には関係ない』って周りの奴らが準備しようがサボろうがぼーっと頬杖つきながら見てるだけだったろ? それに比べたらこの忙しない空気を感じてるだけでもいい成長だ」
吉川の言葉にはぁ、と溜息を吐く。吉川は焼きそばホットドッグが川中の案だという事を知らない。今となっては吉川以上に川中はこのクラスの企画に深く関わってしまっているのだ。それを説明しようと口を開きかけるが、扉が開かれる音でそれを止める。
「少し注目してほしい。今回の出店の準備を手伝ってくれる有志を連れてきたから紹介するぞ」
相良が話しながら教壇に登る。それに着いてくるように黒髪の男と黒のロングヘアーの女性が教室に入ってくる。
「彼は木山蓮、そして彼女は天滝楪だ。木山には予算とか必要な物品のリストアップ、天滝にはポスターや焼きそばホットドッグの試作を手伝ってもらう予定だ」
川中と吉川は2人に釘付けになる。あれが木山。いきなり接点のない女子生徒に告白するような奇行を起こすような人物にはとても見えない。
「天滝楪です。頑張って力になるからやってほしい事とかあったらなんでも言ってね!」
「…木山蓮だ。同じく出店の手伝いに来た。なんかあったら声かけてくれ」
適当な自己紹介が終わった後、しばらく2人はC組の生徒たちに囲まれて質問攻めにあっていたが、数分後には木山の元から生徒の姿は消えていた。どうやら人気者になったのは天滝の方らしい。周囲から生徒がいなくなったタイミングで、その様子を眺めていた川中と木山の目が合う。木山は立ち上がり、ゆっくりと川中の元へと向かう。
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「…つまり俺は予算の計算だけやってればいい、と?」
「ああ、クラスメイトとの交流はもう1人に任せておけばいい」
1時間程時が遡り、職員室の相良が借りているデスクの前に立っているのは木山だ。1ヶ月程前に相楽から文化祭の準備を手伝うよう連絡が来ていたのだ。だがもちろん木山がそんなものに興味を持つはずもなく即答で断ったのだが、ある話を聞いて気が変わったのだ。
「で、俺に似てる生徒とやらは誰なんだ?」
2年C組の生徒の名前がずらりと載った名簿に目を通しながら木山は問いかける。ざっと見たところ「木山」という名前の生徒は見当たらない。木山にとても似ている生徒が居る、と聞いたのだが、どうやら名前が似ている、みたいなふざけた話ではないようだ。
「まぁ会えばわかるさ。…やぁ久しぶりだな。こちらに来たまえ」
相良が話すのを遮るように職員室の扉が開く。相良と木山がそちらに目を向けると、そこには天滝の姿があった。天滝は相良に言われるままに笑顔を浮かべて相良のデスクに駆け寄ってくる。
「相良先輩、久しぶりですね! …えーっと、君は木山君、でいいのかな?」
「あ、あぁ。俺が木山だ」
天滝も木山も、お互いの事を知ってはいるのだが何気に会うのは初めてなのだ。微妙な雰囲気が漂う中、木山が名簿に重なっていた資料を見て不思議そうに首を傾げる。
「これ、本当に学校から出てる予算なのか? 1クラスのにしてはかなり…、むぐっ!?」
話している最中に咄嗟に相良が立ち上がって木山の口を押さえる。そして木山の耳元に口を持っていって囁く。
「その予算は実際の物に私のポケットマネーを足した金額だ。バレたところで別に大きすぎる問題にはならないと思うのだができれば内密に頼む。予算の計算役に部外者を選択したのもそのためだ」
木山はこくこくと頷いて改めて予算が書かれた資料に目を落とす。よくよく読んでみると、学校から支給される予算の5割増しぐらいの予算となっているらしい。相変わらず変なところで体を張る先輩だ。
「ふーん、なんか大変そうだね。で、私は何やればいいんですか?」
2人の様子を眺めながら天滝が質問を投げかける。こういうマイペースなところは高校時代から変わらない。
「うむ、天滝には生徒たちとのコミュニケーションとポスター作成や商品の試作を手伝ってもらう」
「そういえば商品って、このクラスでは何やるんですか?」
「どうやら焼きそばパンにさらにソーセージを挟む焼きそばホットドッグとやらに決定したようだ」
「へぇー、最近の高校生って面白い物考えるんですね」
お前も2年前まで最近の高校生だっただろ、と心の中で突っ込みながら木山は資料を相良に差し出す。
「ま、誰が考えたのかは知らないが、成功したらいいですね。焼きそばホットドッグ」
「そうだな。ああそれと、焼きそばホットドッグを考案したのは例の生徒だ」
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そして現在。木山は自分に似ている、と相良に言われた生徒を発見した。その生徒はクラス全体が作業に没頭しているのを後ろの方から眺めている。先程まで誰かと話していたのを見ると友人は居るみたいだが、それでも独特な雰囲気はまるで高校生の頃の自分の姿を見ているような感覚を木山に植え付ける。木山は川中の隣に立ち、川中の素性を見極めるために話しかける。
「作業、参加しないのか?」
「…俺には文化祭とか関係ないんで」
「このクラスの商品を裏から操ってるって聞いたんだが?」
ほんの一瞬だけ固まったが、川中はぽつりと言葉を返す。しかしその類の返事が来る事を予測していたのか、すぐに木山も言葉を返す。そこでようやく川中は木山に向き直る。
「操るなんてたいそうな事してないっすよ。ただ提案しただけです。あと誰から聞いたんですかそれ、相良先生?」
「相良先生、か」
あの変人が先生と呼ばれている事実に違和感を覚えて思わず口元が緩みそうになる。
「まぁそうだ、相良さんから聞いたんだ。俺に似てる生徒がいるってな。確かに高校生の頃の俺にそっくりだ。どこまでもねじ曲がった性格をしてそうだ」
「真っ直ぐ生きた方が良い、みたいな説教するつもりならどっかいってください」
「まさか。それに捻くれてる奴はそう簡単に他者の話に耳を貸さない」
「…じゃあ何しに来たんすか。まさか科学部関連の話ですか」
「科学部…?」
その単語は木山の高校生活の記憶を一気に蘇らせる。しかし、確か科学部は廃部になる予定だったはずだった。もしかして廃部が取り消されたのだろうか。考え込む木山をよそに、川中は話を続ける。
「そうですよ、科学部。相良先生に無理やり突っ込まれたんすよ。相良先生が居る間だけ科学部が復活するらしい。活動内容なんてあって無いようなもんですけど」
「なるほどな、まさかお前1人なのか?」
「いや、あっちにいる秋月と一緒です」
そう言いながら川中が指を差した先には天滝と話す秋月の姿があった。どうやら何か訳ありらしいな、と木山は即座に察する。これは後で相良と話す必要がありそうだ。
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