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消極男の悲秋暦  作者: 青色蛍光ペン
6/19

6:優しさの違和感

なだらかな山の斜面に作られた住宅街。そのうち一軒の家の暗い部屋の中で青年はベッドに寝転がりながら携帯電話のゲームの勝利画面を眺めている。オンラインで他のプレイヤーと対戦できるゲームなのだが、ずっとやっていると流石に飽きが来る。


「はぁ…、つまんね」


携帯電話をスリープさせてベッドの上に放り込んで目を閉じる。すると遠くの方から爆発音のようなものが聞こえてきて目を開く。そういえば今日は花火大会があるらしい。それが始まったのだろう。だが、1人で花火を見に行く気にもなれずにため息と共に目を閉じる。すると今度は花火の音に混じってパタパタと足音が聞こえてきた。元々あまり人が頻繁に通る道でもないので珍しく感じた青年はゆっくりと起き上がって窓を開ける。足音の方に目を向けると、自分よりも少し上ぐらいの年齢の青年が斜面となっている道を駆け上がっていくのが目に入った。


「上の方から花火見たいのか…?」


それにしては様子がおかしく見えた青年だが、まぁいいや、と窓を閉じようとする。すると先程の青年を追いかけるように、黒髪の青年と白衣を着た赤髪の女性が斜面を駆け上がっていく。流石にこれはただ事ではない、と直感でそう感じた青年は階段を駆け下り、家を飛び出して彼らを追いかける。しばらく彼らの姿がギリギリ見える程の距離を保って追いかけていくと公園に到着する。ここら辺に住んでいる人間ならばよく知る公園である。茂みの方に目をやると、黒髪の青年と白衣の女性がしゃがみ込んで何かを見ている。青年も隠れて近づいて公園内の様子を伺うと、ジャングルジムの上に最初に走って行っていた青年と、1人の女性が座っている。しばらくその2人の会話の内容を聞いていた青年は驚愕する。俺はこのまま何事もなく中学校を卒業して高校生になって、やっぱり何事もなく卒業してしまう。熱血な教師、ロマンチックな恋愛、少し変わっているが優しい友人。そんなものは漫画やアニメやドラマの世界にしか無い。そう思っていたが、目の前でまさしくそのドラマでしか見れないような光景が現実に広がっている。彼はその光景を目に焼き付けながら誰にも聞こえない程の声量で呟く。


「絶対俺もあんな高校生活を送ってやる…!」



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「到着!」


元気に一声出して振り返る秋月。その容姿は制服ではなく私服である。水色のパンツと黄色いニット。その上から肌寒くなってくる10月に相応しいベージュの薄い上着を羽織っている。これがオシャレなのか適当に選んだ服なのかは分からないが、川中は見慣れない私服の秋月に特別感を感じていた。ここは休日で人が多いショッピングモール、そして秋月の後ろには男性用の服屋が開かれている。

事の発端は先日の科学部での出来事である。結局木山とやらの人物については「まぁ彼がやってきてからまた改めて話そう」と濁されてしまった。部活はそれで終了となったのだが、帰り際に秋月に「服を選ぶのを手伝って欲しいから一緒にショッピングモールに行こうよ」と声をかけられた。なぜ呉本への告白のためのファッション選びについていかなければいけないのか、と一瞬顔を引きつらせた川中だったが、結局断りきれずに着いてきてしまったのだ。が、実際に連れてこられたのは男性用の服屋である。一瞬訳が分からなくなった川中だが、とりあえず秋月に問いかける。


「…ここ男性用の服屋だろ?」


「ん? そうだけど」


「冗談じゃない、呉本本人を連れてきた方が圧倒的に効率がいいだろ。そもそも俺は呉本の服の趣味なんか知らん」


「川中君なんか勘違いしてない? 今から選ぶのは川中君の服だよ」


「…は?」


てっきり呉本へのプレゼント選びに連れてこられたのかと思ってしまった川中だが、どうやら違うらしい。秋月は驚く様子の川中に近付き、右手首を掴んで店の中に引っ張って行こうとする。


「ほら、行くよ。これはお礼なんだからちゃんと川中君が選んでよね」


「ちょ、お礼って…、別に俺そんなもの貰うような事はしてないだろ」


「そんな事ないよ。部室の掃除のお礼もまだしてないし、焼きそばホットドッグも川中君の案だし、呉本君が私の事好きなのを聞き出してくれたのも全部川中君だからお礼ぐらいしなくちゃダメだよ」


この時、川中は申し訳無さや遠慮、そして嬉しさを感じる中に一つの不気味さを覚えた。呉本も秋月は優しい、みたいな事を言っていたが、秋月の優しさには異常なところがあるように感じる。確かに呉本から情報を聞き出したのは川中だし、結果を考えればお礼をしたい気持ちも理解できる。それでも服を購入するほどの出費をするようなものではない事は明らかだし、焼きそばホットドッグに関してはわざわざ礼をしようという考えにすら至らないのが当然である。秋月の優しさにどこか執念のような何かを感じた川中は断ると逆に困らせてしまうと判断し、仕方なく店の中に引っ張っていかれる事にした。


「結局買ってもらってしまった…」


店に入って数十分後、秋月と川中が店から出てくる。川中の手には店のロゴが入った紙袋が持たれており、隣にいる秋月は少しだけ不満げな表情を浮かべている。


「なーんであんな遠慮しちゃうかなぁ」


川中が買ってもらった紺色の上着は5000円と少しぐらいの値段だった。高くはないかもしれないが、高校生が他の人に買ってあげる、というシチュエーションに限定すれば話は別である。


「遠慮しない方がおかしいだろ」


「川中君ってあんまり遠慮しないタイプだと思ったんだけどなぁ。…あ、じゃあ今日のお昼は川中君が決めてよ。別に奢ったりはしないから川中君が食べたいものを選んでいいよ!」


「まぁそれぐらいなら、そうだな…」


お礼をしてもらえるならそれぐらいので良いんだよ、と心の中で安堵しながら川中は顎に手を当てて考える。ショッピングモールなんてほとんど訪れる機会がないためどこの飲食店に入るべきなのか分からない。仕方なく、少し周りを見渡して最初に目に入ったパスタ店を指差す。


「あそこなんかどうだろうか」


「うん、ちょうど私もパスタ食べたかったんだ〜」


この秋月の言葉ですら、先程感じた違和感と一緒に聴くと異常なものに感じてしまう。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「へぇ、てかそれもうデートだろ」


「馬鹿、そんなんじゃない」


月曜の昼休み、川中は吉川にショッピングモールでの出来事を話した。もちろんその時に感じた違和感を含めて、だ。だが吉川は川中が話を終えるのと同時に笑いながら川中をからかい始める。


「いやいやデートだろ。いやぁ羨ましいなぁ、片想いの女の子とデートなんて青春って感じで」


「…1ミリも思ってないくせに何言ってんだ」


以前川中が吉川から聞いた話なのだが、吉川は人のことを好きになれないらしい。正確に言えば異性に恋愛感情を抱く事ができないのだ。中学生、高校生は自分が他の人間とは変わっていると周りに見せたくなる時がある。喧嘩した話を自慢げに話したり、本当はしたくない自傷行為をしてみたり、不幸話をするのが大好きだったりポエムを書いたり。自分が周囲の人間と変わっている事で注目を浴び、自己顕示欲を満たすのだ。形こそ人それぞれだが、中学生や高校生はそういう年頃なのである。だから川中も最初は吉川もそれの一端なのだろうと思い、彼の話を信じていなかった。しかし、吉川は普段からおどけたり冗談を言ったりするが、異性に恋愛感情を抱けない、と話す時だけはどこかいつもと雰囲気が違う。だから恐らく本当の事なのだろう。


「それにさっきも話したが、秋月と呉本は両想いだ。未来なんかねぇんだよ」


デートがどうとか言う話題になる前、川中は吉川に呉本と話した時のことも伝えていた。しかし吉川は分かってないな、と言わんばかり呆れ顔をしながら話す。


「いやいや、羨ましいのは本当だ。好きだけど絶対に恋が叶わない異性とのデート。その時どんな思いで川中が時間を過ごしていたのか俺には全く想像がつかないからな。その辺りの感情については俺よりも川中の方が圧倒的に博識だ」


「お前は感情を知りたいロボットか何かか?」


「何言ってんだ、俺は人間だよ。でも今言ってるのは恐らくそういう話に近いんだろうな。…それで、秋月さんの優しさに違和感を感じた、だっけ」


「違和感…なのかは分からない。普段から人から優しくされる事は少ないから単に優しくされるという感覚を知らないだけなのかもしれない」


「…お前は感情を知りたいロボットか」


先程吉川に放った突っ込みがそのまま返ってくる。「俺は人間だ」と返しながら教室内をぐるりと見渡す。秋月は何かの用事なのか、昼休みが始まるのと同時に弁当を持って教室から出て行ってしまっている。だからこそこんな話を堂々としているのだが。まだ秋月が帰ってきていない事を確認し、再び川中が口を開く。


「お前が人に過剰に親切にする場合があるとしたら、どんなシチュエーションがある」


「そうだなぁ、ちょっと不謹慎な話にはなるが、その人の家族やペットが亡くなっていたりして極度に落ち込んでたりしたらもちろん優しくするし、病気や怪我をしてる時も同じくだな」


「そんな当然のような事を聞いてるんじゃない」


吉川の返答にダメ出しをするが、川中もその類のケース以外にあまり現実的な考えは浮かばなかった。だから吉川は悪くない。結局秋月の異常な優しさの謎に迫る事はできずに昼休みが終わってしまった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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