5:小さな伝説
人通りが少ない道なのか、ここ数分間川中が文庫本のページを捲る音と遠くから聞こえる車の通過音以外の音が聞こえない。やがて周囲も暗くなり、川中が文庫本を鞄にしまってから少しした頃、こちらに近づく足音に顔を上げる。体操服を着た銀髪の青年が携帯電話を見ながらこちらの方向に向かって歩いている。間違いない、呉本だ。学年全員の顔を覚えているわけではないが、比較的目立つ生徒の顔ぐらいは嫌でも頭に残るものだ。
「…あんたが呉本か」
「ん? どうした、なんか俺に用か?」
呉本に声をかけると、誰だこいつ、と顔に出しつつも答えてくれる。多分制服じゃなければ無視されていただろう。
「俺はC組の川中だ。ちょっと聞きたいことがあってな」
「ああ、C組の…。あれ、お前もしかして帰宅部?」
呉本の質問に川中は一瞬戸惑う。自分は科学部に入れられているが、あれは正式な部活動にカウントしてもいいのだろうか。一瞬の自問自答の末、川中は答える。
「…厳密には違うが、帰宅部みたいなものだ」
「なんだそれ、って事はずっとここで待ってたのか?」
「いや、まぁ…、そうなるな」
「それはやべぇって。別に普通にD組来てくれたらいいのになんでこんな事してんの? そんなに聞かれたらやばい質問なのか? とりあえず着いてこいよ」
呉本の誘いに甘え、川中は軽く頷いて着いていく。5分もかからないうちに小さな公園に到着する。その公園に配置されているベンチに2人は腰掛ける。
「で、何聞きたいんだ?」
突然本題に入った呉本に対して、ここは変に隠しても仕方ないな、と川中は思い切って口を開く。
「軽音楽部に協力してもらって文化祭のライブに出るらしいな」
「へぇー、もうC組にまでその話広がってるのか」
「ギター、難しいのか?」
「…めちゃくちゃ難しいな。あと俺はギターだけじゃない。ギターボーカルをやるんだ。正直辞めたいぐらいきついんだよなぁ」
「…そこまでしてライブに出たい理由はなんなんだ? …好きな人、でもいるのか?」
川中の問いかけに一瞬きょとん、とする呉本だが、次の瞬間笑いながら川中の肩をべしべしと叩く。
「あははは、お前根暗だと見た目で判断してたけど何? そういう話できるやつか。たしかにこれはこっそり聞かないとやばいなぁ」
しばらく呉本は一人で爆笑していたが、段々と落ち着きを取り戻す。
「ごめんごめん、そんな質問想像もしてなかったからなぁ…。で、好きな人だっけ? 別に教えてもいいけどあんま言いふらすなよ?」
「…そんな趣味はない」
「オーケー、実はな…、C組の秋月さんって子がめちゃくちゃタイプなんだよなぁ。もちろん見た目だけじゃないからな? 誰にでも超優しいし、この前も学校のどっかに落として困ってたプリントをわざわざ部活やってるとこに届けてくれたんだよなぁ」
「そう…なのか」
改めて川中は自分の日頃の行いを考え直す。いつ俺はここまで悲惨な目に遭うのに相応しいレベルの悪事を働いたんだ。なぜよりにもよって秋月と呉本が両想いなのだろうか。
「ん? てかお前C組じゃん。なんか秋月さんと友達だったりしないのか?」
「知らんな」
そんな事を言おうとは思っていなかったのだが、口が勝手に嘘を吐き出していた。嘘なんかついても事実が変わるわけでは無いのに。どれだけ嘘をつようとも、どれだけ現実から目を背けようとも、秋月と呉本は両想い、その事実は変わらない。
「んー、それは残念。秋月さんが俺のことどう思ってるか気になってたのになぁ…。まぁとりあえず、俺は文化祭のライブで秋月さんにかっこいいところを見せる。それが目的ってわけだ」
そう語る呉本の表情からは残念という感情は読み取れなかった。むしろ秋月に振り向いてもらおうと努力する様はいつも無気力に生きる川中の目にはやけに眩しく感じる。何も言葉を返せない川中をよそに、よし、と気合を入れながら呉本はベンチから立ち上がる。
「じゃあ俺ギターの自主練とかあるからそろそろ帰るわ。川中、だっけ? お前も俺の勇姿楽しみにしてくれよ!」
結局終始呉本が話し続け、そのまま呉本は公園を出て行ってしまう。しばらく放心状態でベンチに座ってちらちらと顔を出し始めた星を見上げていた川中だが、はぁ、とため息を吐きつつ立ち上がって帰路につく。秋月にとっての最高のニュースを手に入れた。仕事は完璧以上の成果をもたらしたのだ。今はそれだけで良いではないか。そう自分に言い聞かせるしか川中の心を平常に保てる方法は無かった。
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翌日の放課後、川中が昨日と同じように一番乗りで実験室でくつろいでいると、秋月と相良が同時に教室に入ってきた。どうやら今日はC組の教室から一緒にやって来たようだ。
「やぁ、早いんだな。ホームルームの時間一回も目を合わせてくれなかったから先生寂しかったんだぞ?」
「どうせここで会うんだからいいでしょそんなの」
「…それもそうだ。で、昨日の用事とやらの成果はどうだったんだ?」
「成果? まるで俺が何してたか知ったような口ですね」
ちらりと秋月の方を向くと、バツが悪そうな顔をした後に片目を閉じて両手を合わせる。この様子だと秋月が相良に川中の作戦を伝えたのだろう。隠す理由もないので川中は簡潔に昨日の呉本との会話の内容を話す。
「…というわけだ。おめでとう、お前と呉本は両想いだ」
「そ、それ本当? 嘘じゃないよね?」
「…なるほど、これは非常に興味深い」
目を輝かせて問い返す秋月と、顎に手を当てて考え込む相良。まぁ大方想像通りの反応である。これでおしまい。ハッピーエンド。しかし、1つ解せない問題が残っている。
「嘘じゃない。間違いなく呉本は秋月の事が好きだ。文化祭でかっこいいところを見せたいからギターの練習をしているらしい。…で、相良先生。秋月の協力者に俺を選んだ理由を聞きたいんですけど、何か理由でもあったんですか」
そもそも秋月が川中に相談を持ちかけてきたのは相良の差し金なのだ。相良は川中の事をあらかじめマークしており、川中が想いを寄せている秋月に悩みがある。だから引き合わせた。そう解釈するのは容易であるが、根本的な問題はそもそもなぜ相良は川中をマークしていたのか、である。
「…どうやら君達に話す時が来たようだね」
「やけにもったいぶってますけどこの部活始まってまだ2日目ですよ」
「そう水を差すんじゃない。そうだな、どこから話すべきか…」
少しの間黙り込んで考える相良。そんなに複雑な理由でもあるのだろうか、と身構える川中だったが、相良の口から出てきた言葉は想像とは別の内容だった。
「君達はこの学校の一つの伝説を知ってるかな?」
「伝説? …どの伝説ですか? というかそもそもそんな話聞いたことすら無いんですけど」
「私も知らないですねぇ。あ、もしかしたら吉川君なら知ってるんじゃないかな?」
昨日の事を思い出したのか吉川の名前を出す秋月。確かに吉川ならそういった話も知ってそうではあるが、多分もう帰宅しているに違いない。
「吉川、か。確かに彼はそういう話について敏感だが、もう帰ってるだろう。まぁ君達が知らないのも当然だ。別に代々語り継がれてるような内容でもないからな。これは私がここの2年の生徒だった時に1つ下の学年で話題になった話なのだがね。詳しいクラスなどは知らないが、1人の男子生徒が居たらしい。その生徒は友達をほぼ作らず、休み時間は教室で本を読んでいるような生徒だった。ちょうど川中みたいな感じだな」
相良に指を差されて川中はむすっとした表情を浮かべる。川中には吉川という友人がいる。本を読んでいるのは否定できないが。
「で、その男子生徒がある日突然別のクラスの日女子生徒に告白したって話だ。その女子生徒はサッカー部のマネージャーで、男子生徒からも人気が高かった。まぁもちろんその男子生徒は見事に振られたって話だがね。どうだい、なかなか面白い話だろう?」
「…で、その話がなんで今出てくるんですか」
相良の話は確かに奇妙なものである。しかし少なくとも今するべき話ではない事は確かである。
「君はその男子生徒に実によく似ている。現に今回、君は素晴らしい行動力を発揮して呉本の好きな人の情報をたった2日程で集めてみせただろう?」
「…ただの気まぐれですよ。てか俺やその男子生徒みたいな人種は行動力がある、みたいな言い方ですね」
「私は初めからそう言っているのだよ。…あぁそれと、文化祭の準備にOBを助っ人に呼んで構わないと許可を貰っていてな。私は2人呼んだのだが、そのうちの1人がその男子生徒の木山蓮だ」
「へぇ、私その木山さん結構気になります!」
黙って話を聞いていた秋月がここで食いついてくる。だが、気になっているのは秋月だけではない。川中もまた、その奇妙な話の真相が気になっている。この頃はまだ、その真相が川中にどのような影響を与えるかなど彼が知るはずもない。
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