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消極男の悲秋暦  作者: 青色蛍光ペン
16/19

16:修学旅行は穏やかに開始する

夕日が差し込む教室。いくつもの段ボールが散らかっているその中心で川中は立っていた。その前には秋月が真剣な眼差しで川中の目を見据えて立っている。見たことのある光景に川中が動揺していると、おもむろに秋月が口を開く。


「今までごめん。…川中君、私の事好きだったんだよね」


否定すれば、未来が変わる。今なら彼女が何を考えているのか分かる。そう確信できた。しかし川中の口は考えている事を無視して勝手に話し始める。


「え、いや…、それ誰から聞いた?」


「木山さんについての話を聞いちゃってね。で、木山さんと川中君が似てるって相良さん言ってたのを思い出したんだ」


川中は必死に己の口を閉じようと力を入れるが、元からシナリオが作られていたのかと思ってしまうぐらいに事は川中を無視して進んでいく。川中にはこれ以上続けるとロクな未来に辿り着かないという確信がある。悔しげに拳を握り締め、秋月から視線を外して足元を見つめる。しかし、次に秋月が口にした言葉は川中が知っているものではなかった。


「私、嬉しいよ。だってこれで川中君と両想いだって分かったから」


「な、何を言って…」


秋月の言葉が信じきれない川中はゆっくりと目線を上げていく。が、その直後苦虫を潰したような表情に変わる。


「だから、俺たち付き合おうぜ!」


川中の目に入ったのは女子用の制服を着て立っている吉川の姿だった。いつのまに入れ替わったんだ、と川中の脳内は現在の状況について来れていないのだが、それに追い討ちをかけるように教室の扉が勢いよく開け放たれる。


「川中君、吉川君、おめでとう!」


開け放たれた扉の前に立っているのは今度こそ秋月だ。手にクラッカーを持った秋月は祝いの言葉と共にクラッカーの紐を引っ張る。パン、と乾いた炸裂音が鳴り響く。それに合わせるように今度は背後の窓が開け放たれ、3階の教室であるのにも関わらず木山と呉本と相良が何食わぬ顔で侵入し、次々にクラッカーを鳴らして笑顔で言い放つ。


「「「おめでとう!」」」



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「…ぅぐっ!?」


声にならない声を上げてびくりと川中は現実に引き戻される。とんでもない悪夢を見たものだ。寝ぼけた目で周囲を見回す。どうやらサービスエリアに駐車したバスの中で眠っていたらしい。未だに頭の整理が追いつかない川中の耳に吉川の声が飛び込んでくる。


「いやー、それはおめでたいな」


「何がどうめでたいんだ」


先程の夢のこともあって祝いの言葉に敏感になった川中は後ろの座席に座っているであろう吉川に向かって言い放つ。以前少し気まずい状況にはなったが、結局今はお互いほとんどいつも通りに振る舞っている。川中からしても、恐らく吉川からしても相手が何を考えているか分かったものでは無いが。

吉川は川中の声に気付いてこちらを見る。その隣には秋月の姿もある。


「お、やっと起きたか。なんでも秋月さんのお母さん、今日誕生日らしいんだ」


当然ではあるが先程の悪夢の件とは別件らしい。川中は本来ならば不要の安心感を覚えながら座席に座り直す。今川中達は修学旅行先に向かうためのバスに乗っているのだ。向かう先は有名な観光地で昔ながらの建造物が密集している場所で、近くには海と水族館もある。流石に海は季節の関係で入る事はできないのだが、二日目のグループ毎の行動では一部のグループが水族館に行くことになっている。他にも選択式で食べ歩きを楽しむグループと美術館を見て回るグループがあるのだが、川中と秋月と吉川は全員水族館を選択している。


「そういえば寝顔、ちゃんと写真に撮ってるからな」


話が終わったのか、吉川が川中の隣の席に戻ってくる。その手には携帯電話が握られており、画面には川中の間抜けな寝顔が表示されている。


「そんなもんで容量の無駄使いして満足いくなら勝手にしろ。それより後どれぐらいで到着するんだ」


「これが最後のサービスエリアだから後15分もすれば到着するはずだな」


吉川は鞄から相当読みあさってのだろうか、ヨレヨレになった修学旅行のしおりを取り出して確認する。どんだけ楽しみにしてたんだ、と突っ込みたくなる気持ちを抑え込み、かわなは携帯電話を取り出して時間を確認する。この様子だと昼過ぎには到着するのだろうか。確か到着後の予定は一旦自由行動で昼食となっていたはずだ。そしてその後は午後を丸々使って全員で観光地を見回り、ホテルで宿泊、と言った流れだったはずだ。


「川中君、お昼どうしよっか」


予定を頭の中で確認していると不意に後ろの座席から秋月が話しかけてくる。このふざけた座席配置も、水族館のグループに川中を誘ったのも彼女である。流石に友達と楽しんだ方がいいのでは、と川中は断っていたのだが、相良がいる間は科学部として修学旅行を楽しみたいと言われてしまい、断り切ることができなかったのだ。


「…どうするんだ、吉川」


川中は秋月に問いかけられた質問をそのまま吉川に流す。しかし吉川はニヤニヤと笑みを浮かべながら答える。


「邪魔者はチェーン店のハンバーガーでも食っとくよ。こんな機会なんだから、ちゃんと科学部の『2人』で楽しまないといけないだろ?」


やたらと2人という単語を強調する吉川に川中はひくりと頬を引き攣らせる。前あんな事があったにも関わらずまだ吉川はこの状況を楽しみ続けているようだ。川中は呆れながら吉川の手から栞をひったくって広げる。確か1日目の昼食の時間におすすめの場所が示された地図があったはずだ。


「お、あったあった」


川中は地図に素早く目を走らせる。見た感じそこそこ狭い範囲ではあるが、合計7店舗ほどしおりの中では取り上げられている。吉川と後ろの席から秋月が川中が持っている地図のページを覗き込んでくるが、川中が知りたいのは行くべき店であって、このしおりを書いた人達のおすすめの店舗では無い。恐らく川中の意図が伝わっていないだろう2人のために、川中はあえて2人に聞こえるように独り言を呟く。


「とりあえずこの7店舗だけは避けないとな」


「え、なんでなんで?」


案の定秋月が川中の言葉に食いついてくる。川中は秋月に伝わるように言葉を選びながら説明を始める。


「俺たちの学年は4クラス。で、1クラス40人とする。合計約160人もの人数がたった7店舗に集中してみろ。下手をすれば店に入れないまま時間切れになる可能性だってあるかもしれない」


「川中らしい考えだな」


吉川は納得するように相槌を打つが、先程吉川も適当なチェーン店で昼食を済ませると発言していた以上、わざわざ川中が説明を加えずとも最初からしおりの7店舗は避けるつもりだったに違いない。


「うーん、確かに食べれないのは嫌だもんね。私も賛成だよ」


「なら決まりだ。恐らくここら辺は飲食店街だろうから、適当に目についた所にでも入ればいいしな」


川中は手早く話を終わらせる。秋月はああ言っているが、内心ではせっかく修学旅行に来たのだからそれらしいものを食べたいに決まっている。川中にはそれがわかっていたのだが、今回は川中特有の面倒くさい事を避ける考えが良心を捻じ伏せたのだ。とりあえず昼食の事が決まった所でバスが停車して、先頭の座席に乗っていた相良が立ち上がってバス内の生徒に呼びかける。


「最初の目的地に着いたぞ。早くバスを降りて昼食を食べたまえ。急がないと他のクラスの連中に座席を取られてしまうぞ」


相良の呼びかけに反応し、川中達を除いて全員が次々にバスから飛び降りて駆け出していく。そしてバス内が静かになったところで、川中達3人が最後にバスから下車する。


「まるで軍曹ですね」


「誰が軍曹だ。君達も早くしないとしおりに書かれてるおすすめの店舗の席が埋まってしまうぞ。…まぁ川中に限ってそんな場所に行くとは思えんがね」


相良に思考の全てを読まれているような感覚を覚え、川中は居心地の悪さを覚えながら無言で歩き出す。吉川と秋月も着いてくるが、吉川は途中で「じゃあ俺あっちの方の店行ってくるから」と別れてしまった。しばらく川中と秋月は空いてそうな店を探して歩いていたが、足を止めた2人の前には全く人の気配を感じない古びた定食屋が開かれていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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