15:吉川という男
四季高校の修学旅行まで残り1週間を切っている。そんな中、川中は数日前に秋月と訪れた公園のイチョウ並木を眺めていた。隣には吉川が立っており、携帯電話のカメラをイチョウの木に向けている。彼が川中と秋月が実際に見たイチョウ並木を見たいと言って聞かないので渋々川中が連れてきたのだ。しかし吉川のリアクションは薄い。
「うーん、あんま綺麗じゃないな」
「当然だろ。葉っぱもあの時に比べたらかなり落ちてるし、あの時はなんというか、街灯とか周囲の暗さとか、その辺の条件が良かっただけだ」
今思い返せば、秋月の写真を撮ったあの日はイチョウ並木が1番綺麗だった時期で、撮った時間帯も丁度良かったのだろう。本当に運が良かったのだろう。
「ま、そういうことなら仕方ないな。じゃあ次は…」
「ちょっと待てよ」
歩き始める吉川を川中が引き止める。吉川は最近、いや、川中が科学部に入れられてからずっと川中の行動を見ている。秋月とどんな事があったのかを聞いたり、川中が答えるのを渋れば自分で情報を集めようとすることもあった。川中と秋月の事が気になるのは分からないまでも無いのだが、まるで川中の一挙手一投足全てを追体験したいと考えているようにすら感じる。
吉川が好奇心旺盛な人だということは川中も十分理解している。しかし川中の事については度が過ぎていると感じてしまう場面も多い。吉川がそうなったきっかけはあの時以外考えられない。
「相良先生との面談で何喋った」
「…急だな。なんで今そんなこと聞くんだ」
「前々から気になってた。最初は気のせいかと思ってたんだが、やっぱり最近お前の好奇心は異常だ」
川中の言葉を聞き、吉川は携帯電話をポケットに押し込んで口を開く。
「まぁ確かに、隠すような話でも無いか」
その後吉川の口から語られた内容は、川中にとって驚くべき内容であった。
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教育実習生となった相良が川中達のクラスの担任の代わりを務める事になった最初の日、吉川に面談の番が回っくる。廊下に出て扉を閉め、相良の前に着席する。すると相良が資料を置き、懐からメモ帳のようなものを取り出してそれをパラパラと捲りながら挨拶する。
「初めまして、相良まつりだ。君の自己紹介は時間が無いからやらなくても結構だ。では初めに2つだけ質問をさせてもらう。君には恩師と呼べる存在がいるかい?」
「います」
「即答、か。まぁ詳しくは聞かないがそれなら結構だ。では君が学校生活で大切にしている事はあるか?」
相良の質問を聞き、吉川の顔に笑みが浮かぶ。
「あの日見たような出来事が経験できる高校生活を送る事です。…3年前、夏の最後の祭りの夜、男を追いかけて坂道を駆け上がって、公園で告白の様子を見ていた男女のうちの白衣を着ていた1人は相良先輩、あなたで間違いないですよね」
一瞬沈黙が訪れ、教室内のざわめきが嫌にはっきりと相良の耳に入ってくる。しかし相良はそれ以上動揺する事なく言葉を返す。
「なるほど、あの日のことを見ていた人物がいたとはね。それも、川中の友人とはな」
相良は持っていたメモ帳を机の上に軽く放る。開かれたページには木山という名前と川中の名前が線で結ばれており、川中の名前からは矢印が伸びている。その先には吉川の名前が書かれており、矢印の隣に友人と書き加えられていた。
「木山…? 木山って誰ですか」
「あぁ、木山はあの時私と一緒に隠れて眺めていた男の名前だ。ああ見えて伝説を作った凄い人だから調べてみるといい。どうやら君は好奇心旺盛らしいからな」
「なるほどあの人は木山、か。…相良先輩、どうやら俺達の目的は同じらしいですよ。俺はあの時見た木山と雰囲気が似ている川中に接触するために友人になった。相良先輩もそこに重なってるクラスメイトの資料の他に川中だけ別の資料があるって事は、相良先輩も川中に木山の面影を感じてるってことですか」
吉川の推論を聞き、相良は驚いたように頷く。
「咄嗟の推理にしてはほぼ満点だな。あまり詳しい事は話せないが、以前木山の事を救えなかった事があってな。そのリベンジを木山みたいな人にしてやろうと思ってこの道に進んだ。…まではいいのだがな、このままではただのお節介になりかねない」
「それなら丁度いい情報がありますよ。川中は秋月由良の事が好きだ。だけど全く近寄ろうとする気配がない。それを手引きしてあげてくださいよ」
「それは構わないのだが、いいのかい? 君はあの日見たような出来事を経験したいのだろう。もし私が手引きして上手く行ったとしても、それを経験するのは川中だ」
「俺が経験したいのは告白してた連中じゃなくて、相良先輩達側のことですよ。俺は人を好きになる事ができない。だから恋愛してる川中を見守る良き友人ポジションを手に入れて追体験する。それだけで十分なんですよ」
吉川は話し終えると腕時計にちらりと目線をやる。あまり長引いて川中に怪しまれでもすればせっかくのチャンスが台無しになりかねない。
「じゃあ時間も時間なのでそろそろ戻ります。あと川中の口癖は『俺には関係ない』です。あいつを脅したいならあいつに全く関係ない事件やらなんやらに巻き込む素振りでも見せてやってください。あいつは少なくともこの学校の中では誰よりも面倒事が嫌いなので」
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「…という事だ。相良先生が過去に木山と科学部に何があったのかを詳しくは教えてくれなかった。それでも俺があの日の出来事を、ドラマチックな非日常を経験できるチャンスを逃すわけにはいかなかった」
川中は吉川が話し終えた後もしばらく沈黙を貫いていた。川中が秋月に想いを寄せているという情報。そして相良の登場という二つの偶然が重なり、吉川は行動に出たのだろう。非日常を体験するために。
「それはつまり、俺は木山に似てるからって理由だけでお前と仲良くなったって事か。お前の欲望を満たすためだけに俺はここまで踊らされた」
「もちろんお前に近づいたのは普通に非日常を追い求める俺と正反対なお前に興味があったって理由もある。それでもお前を利用して最高の非日常を追体験しようとしてたのは認めるよ」
この時川中の心の中によぎった感情は怒りだろうか。それとも悲しみだろうか。なんだかんだで吉川とは仲良くやってきたつもりだったが、全ては彼の一つの目的のためのパーツでしかなかった。吉川は川中と友人になりたかったのでは無かったのだ。吉川にとっては川中と仲良くなる事はこなすべきイベントの一つに過ぎなかったという事だ。川中はポケットの中に手を突っ込み、その中で強く拳を握る。
「…で、俺が悩む姿を見て満足か?」
「全く酷いな。相良先輩にも同じような事言われたんだぜ? それに、俺は目的を果たして、お前は秋月さんと仲良くなってでいい事ずくめじゃないか。おまけに川中、お前結構秋月さんとのデート楽しんでたんだろ?」
「それは…、もちろんそうだが」
川中は吉川の指摘で言葉を失う。川中は秋月と付き合い始めてから今日まで楽しく過ごしていた。出かけた時のこともあるし、科学部で相良が持ってきた雑用を2人で片付けたり、たまに帰りにカフェに連れてかれて喋ったり。多分秋月としては偽りの恋人関係なんて考えていなくて、ただ科学部の友人として関わってくれているのは分かっているのだが、川中がそれを喜んでおり、楽しんでしまっている事は事実だ。
偽りの関係だと分かっていながらも楽しんでいる川中に、吉川を責める資格など無いのだ。黙り込んでしまった川中に吉川が思い出したかのように口を開く。
「ちなみに、秋月とはどう別れるつもりなんだ?」
「え、あぁ、とりあえず学年が変わるまではこの関係を続けて、3年に上がるのと同時に『節目が来たから』って別れるつもりだ」
「なんだそれ、つまんねぇな。…まぁでも十分面白いものは見てこれたし、それぐらいあっさり終わるのもまた面白いかもな」
うんうんと頷く吉川の事を黙って眺めることしかできない川中。その日からしばらく、川中と吉川の関係がぎこちなくなる事は誰の目から見ても明らかである。
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