14:暗雲
いつも通り賑わう昼休みの教室。川中は昼食として買ってきたおにぎりを食べながら吉川に先日秋月と出かけた時の事を話していた。吉川は川中の話を聞くなりにやにやと笑みを浮かべながら冷やかし始める。
「いやもうそれデートじゃん」
「いや、デートとはまた別の何か…でもないのかもしれない」
少し前に聞いたような吉川の感想に反論しようとするが、できない。一言で片付けるにはあまりにも事態が複雑すぎるのだ。そんな川中をよそに吉川は携帯電話を取り出してSNSのアプリを開き、友人伝いに秋月のアカウントに辿り着く。
「おお、確かによく撮れてる」
結局秋月はあのイチョウ並木での写真をSNSに投稿したようだ。川中は吉川の携帯電話を覗き込む。結構よく撮れていたせいか、秋月の友人なのか知り合いなのかは知らないが撮影した人物について投稿にコメントをつけることができる部分で聞かれていた。一応秋月は上手くはぐらかしている様子だが、川中の中に小さな不安が生まれる。
もし呉本に見つかったらどうなるのだろうか。いや多分呉本の事だから既にこの投稿は見ているのだろうが、撮影者の存在に疑問でも抱かれたらどうするつもりなのだろうか。無計画な秋月に呆れながら川中は最後のおにぎりを取り出しながら写真を眺める吉川に話しかける。
「やっぱりお前楽しんでやがるな」
「そりゃそうだろ。友達がこんな変わった恋愛してるってなったら誰だって楽しむだろう。もちろん少しは秋月と川中には悪いとは思ってるけどな」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんなんだよ」
笑顔を浮かべる吉川を見ながらおにぎりの最後の一口を飲み込んだところでちょんちょん、と肩をつつかれる。秋月か、と振り返るが、特に仲良くもないクラスメイトが教室の入り口を指差している。川中と吉川が入り口の方を向くと、相良が川中に向かってひらひらと手招きをしている。
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相良に呼ばれた川中は現在実験室の机に相良と向かい合って座っている。相良は席に座るなりファイルから一枚のプリントを取り出して川中の前に置く。
「これ、君のだろう。名前が抜けてるぞ」
それは前回の生物の授業で解いた小テストだった。字を見ると確かに川中のもののようだ。川中は無言でシャーペンで名前を書き、テスト用紙を相良に突き返す。そして相良の目を見据えて口を開く。
「こんな建前はいい。なんで俺は呼ばれたんですか」
「恐らく君の予想通りだ。秋月についてだよ」
呼び出された瞬間からその手の話だろうと踏んでいた川中は別に驚きも落胆もしないし、木山が秋月との件について知ってしまった時点で相良にその話が知れ渡るのは確定事項だった。だが、その本題に入る前に川中は相良に問いかける。
「それは後で話す。その前にひとつ聞きたいことがあります。なんで相良先生はわざわざこんな部活を作ってまで俺に接触しようとしたんですか。…ここまで踊らされたんだから知る権利ぐらいはあるはずだ」
川中の問いかけに対して相良は少しの間だけ黙っていたが、「あまり話すべきでは無いのだがね」と前置きして話し始める。
「君には恩師ってのが居ない。そう答えてくれたね」
「…悪いですか」
「ああ悪いさ。恩師という存在は人間が成長するための指標となり得る存在だ。恩師と呼べる人物に出会えて初めて人は目標を持つことができる。もちろん私にもいるし、君以外の生徒たちにも恩師と呼べる存在は確かにいた。だが君は違う。『俺には関係ない』だったかね? そんな訳の分からない理由で極限まで他人との接触を避けてきた君には恩師なんて呼べる存在は居ない」
「だから何だって言うんですか。もしかして俺の恩師にでもなろうって話ですか」
川中の返答に相良は弱々しく笑みを浮かべる。科学部に入ってそこそこ時間を共にしたつもりだったがそんな表情を見るのは初めてだ。
「そうだ。君以外の生徒たちはみんな私なんか居なくとも目標を持てている。だからあんな質問をして君に近付いたんだ。私はもう一度誰かを導くチャンスが欲しかったのだよ。こんな結果になってしまったがね」
まるで過去に何か失敗を経験したような話し方に川中は違和感を感じる。当然である。川中は旧科学部の事情なんて1ミリも知らないのだ。詳しい事情を知るために川中はさらに問いかける。
「…もしかして、昔の科学部で何かあったんですか」
川中にとって、科学部という存在そのものが元々謎が多いものだった。なぜ相良は毎日川中を呼び出すという目的のためだけに科学部を作ったのか。別にマンツーマンで勉強を教えるとか面談したいとか、いくらでも理由をつけることはできたはずだ。そして生物の教師としてやってきたのにわざわざ科学部なのか。今思い返せば川中が科学部に所属していると聞いた時の木山の反応も引っかかる部分がある。
「それこそ話すべきではない事だ。ほら、次は君の番だ。秋月とはこれからどうするつもりなのだね」
「正直分からない。…でも、このままじゃいけないってのは分かってるつもりです」
「ふむ…、実はだな、ひとつ作戦、いや提案と言うべきか。とにかくひとつだけ提案があるんだ」
「提案、ですか」
「そう、提案だ。別に作戦でも指令でも命令でもない。『節目』まで待ってから別れる。それが1番いいと思うのだが、どうだろう?」
「節目?」
「たとえば修学旅行後、とかだな。まぁ修学旅行なんてもうすぐ始まってしまうから彼女も納得がいかないだろう。とすると…、3年に上がる直前とかになるな」
相良の案は至ってシンプルなものである。ただ今の状況を2年が終わるまで引き延ばし、3年に上がる直前にキリが良いからと言って別れる。呉本には少し申し訳ないが、かなり現実的な案だと川中は感じた。
「…確かにパッと思い付くものの中だといいと思うんですけど」
「けど?」
「いや、相良さんの案にしては単純すぎるな、と」
相良はこれまで無理やり川中を部活に入れたり、川中の情報を集めるためにわざわざ吉川を使ったりと、目的のためには手段を選ばないという印象が強かったのだが、今回の相良の案は彼女が今まで取ってきた行動を見返してみればあまりにも堅実なものだ。
「私だって本当はもう少しリスキーな方が好きなのだがね。今回に限っては本来あるべきだった未来が、君たち以外の第三者によって変えられてしまったものだ。流石の私でも、君自身の選択に口を出すつもりは無いし、尊重したいと考えているからな」
「ちなみに、その第三者ってのは誰なんですか」
「あー、それなんだがね。天滝が秋月に話してしまったらしいんだ。恨まないでやってくれ」
「いや別に恨んでないっすよ」
結局川中はあまり天滝と話すことは無かった。どちらかといえば秋月の方が天滝と仲良くしていたように見える。そもそも川中は恨みを持つほど天滝の事をよく知らないのだ。
その後2人とも話すことが無くなり、川中は教室に戻っていく。1人実験室に残った相良は少し大きめの声量で独り言を呟く。
「君を呼んだ覚えは無いんだがね」
しばらく周囲は静まり返るが、ゆっくりと実験室の扉が開かれる。そこに立っているのは吉川。
「透視能力でも持ってるんですか。相良先輩」
「そんなわけないだろう。だが君ならば川中に着いてくると思っただけだよ」
吉川は話しながら実験室に入り、さっきまで川中が座っていたところに腰を下ろす。
「で、相良先輩は川中が苦悩する姿を見て満足ですか?」
「その言葉、そっくりそのまま君に返そう。君は満足なのか? 川中と秋月はすんなりくっついてしまったが」
その日の意味ありげな彼らの会話を聞く者は誰もいなかった。
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