13:夕刻のひと時
青年はあの花火の日に見た事を決して忘れない。あの日の後からずっと、青年は非日常に飢えていた。そして3年後、青年は四季高校に入学。期待を胸に抱き始まった高校生活。青年はクラスのいろんな人達に話しかけて回った。いろんな部活に見学に行った。しかし、彼の求めるものはそこには無かった。確かに彼の目に映った他の生徒達は輝いていたし、全員が刺激を追い求めていた。だがそれは高校生の日常に収まる範疇のものでしかなかった。そんな中、青年は自分のクラスで1人の男を見つける。男は昼休みにも関わらず机に座って頬杖をつき、窓の外を眺めていた。中学生の頃の自分の姿と男の姿が重なって見えた青年は思わずその男に話しかけた。
「よう、1人か?」
「1人だったら悪いのか。課題は見せないし金も貸さない。友人もいらない。分かったらさっさと俺の前から消えてくれ」
随分と捻くれた生徒のようだ。他の生徒とは違う何かを感じた青年は、その日は一旦諦めたが次の日から毎日のように昼休みになると青年に話しかけた。しばらく同じように拒絶を繰り返した男だが、2週間ほどそれを繰り返していたある日、ついに男が反応する。
「…お前そろそろしつこいぞ。一体なんなんだ」
「やっと反応してくれたな、ロボットか何かかと決めつけるところだった。お前は…、他の連中みたいに何かやらないのか?」
「部活の事を言ってるのならやらん。俺は今の何もない日常生活をのんびり過ごせればそれで構わないさ」
「え、そんなつまらない生活で苦しくないのか?」
「別につまらなく無いだろ。1人で消費できる娯楽なんて今の世の中山のようにある。友達を作らずに部活にも入らなかったら、俺の時間は全部俺のものになる。これのどこが苦しいのか逆に聞きたいぐらいだな」
青年は男の話に驚愕する。青年も、他の生徒も規模は違えど刺激を求めて生活している。一見平和が1番とかなんとか言ってる人間でも心のどこかでは刺激を欲しがっている。だが、この男は一切の刺激を捨てて生活しており、しかもそれを楽しんでいる。周りの人間とはまるで違う感性の男はまさしく青年から見れば「非日常」だった。青年はふ、と少しだけ笑い、男に手を差し出す。
「俺は吉川緋色だ。今日から俺たちは友達だ」
男はしばらく黙って彼の手を見ていたが、これを断っても無駄か、と観念し、手を伸ばしてその手を払う。
「握手なんかいらん、別に友達になるつもりなら勝手になって貰って構わない。俺の名前は…、まぁ言うまでもないか」
「ああ、これからよろしくな、川中!」
こうして非日常を追い求める吉川と平穏なモノクロを追い求める川中という正反対の2人は友人となった。
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11月3日午後4時。川中は以前秋月に買ってもらった上着のポケットに両手を突っ込みながら木にもたれかかっている。秋月がクレープを買うとか言ってよく分からないままここで待たされておよそ10分が経過している。そろそろ帰ってくる頃だろうかと川中が考えると、遠くの方からパタパタと足音が聞こえてくる。秋月が帰ってきたらしい。
「お待たせ、川中君はこっちのチョコバナナだったよね」
「え、あぁ、うん。悪いな」
気の抜けた返事をする川中にクレープを差し出しながら秋月は首を傾げる。
「どうかしたの?」
「いや、ちょっと昔のこと思い出しててな」
川中の言葉を聞いた秋月はなぜか不服そうな表情ではぁ、とため息を吐く。
「私たち一応付き合ってるんだから楽しもうよ?」
「楽しんでるだろ」
「でもやっぱりまだ迷ってる」
その言葉を聞いて、川中は秋月の顔を見る。アメジスト色の透き通った瞳は川中の目を真っ直ぐに見つめている。思わず川中は目を逸らす。この観察眼は相良の影響か何かか? とどうでもいい事を考えかけるがそれを振り払う。
「迷うに決まってるだろ。未だに俺は自分の判断が正しかったのか間違ってたのか分からない」
「…少なくとも間違っては無いよ。川中君が私の告白を受け入れてくれたからこうして楽しい時間を過ごせてるんだし」
「でも、それは…」
それは偽物だ。そう言い放ちかけるが川中は直前で口を閉じる。この言葉で秋月と川中の関係が崩壊しかけない事が川中には分かっているのだ。今の関係がお互いにとって良くない形で崩壊してしまうとお互いに学校生活終了まで顔を見る度に辛い思いをしなければならなくなる。
「それに、こうでもしないと川中君遊びに誘っても絶対来てくれないもん」
「いいだろ別に。同じ部活に入れられたってだけで普段は関係ない奴からの誘いなんて面倒なだけだしお互い楽しくもないだろ」
「でも、もう関係無くないよね」
秋月はまたじっと川中の目を見つめてくる。そんな顔をされると、本当は違うのに自分達がカップルなのではないかと勘違いしそうになってしまう。川中は勘違いしないうちに「どうだか」と呟いて顔を逸らしてもたれかかっている木を見上げる。程よく紅葉が進んだカラフルな葉が目に映る。
「で、もう満足なのか?」
そもそも川中は秋月に紅葉を見に行きたい、と誘われて家からそこそこ離れたこの公園に来ているのだ。周りを見渡すと葉が鮮やかな色に紅葉している木々が沢山目に入る。しかし秋月は首を横に振る。
「ここから少し行ったところにイチョウの並木があるみたい。そこがすっごい綺麗らしいからそこ見に行きたいな」
「分かった」
「じゃあちょっと急ごっか。暗くなっちゃうと写真の映りも悪くなっちゃうよ」
川中が答えるのと同時に、秋月が早口で返答して川中の左腕を掴んで駆け出す。文化祭の時と同じようなシチュエーション。しかし秋月に遠慮する様子は欠片ほども感じられない。それは、秋月が川中の事を彼氏として全く意識していない事を指す。無邪気な行動の裏に隠された意味に気付いた川中は秋月に引っ張られて走りながら若干表情を曇らせる。
川中が思っていたよりも目的地は遠くにあったようで、彼らが到着する頃には2人とも肩で息をしていた。
「やっと到着か」
「ごめんごめん、なんか思ったよりも遠かったみたい」
ちゃんと確認してくれ、と心の中でぼやきながら川中は顔を上げる。イチョウの木と洒落た形の街灯が交互に並んでおり、まだ周囲は明るいが、街灯の光に照らされたイチョウの葉が幻想的な印象を醸し出す。背景となる空も若干暗くなりつつあるがまだ青く、雲は微妙にオレンジ色が混ざっている。その様子に川中は思わず「おぉ」と声を漏らす。
「これは…」
川中からそれ以上声は出ない。まさしく声を失う、と言うやつだろうか。綺麗とか凄いとか、表現する言葉は次々に浮かび上がってくるが、彼の目に映るものはそれらの言葉では表現しきれない。棒立ちして景色に見入る川中に、秋月が携帯電話を手渡す。
「はい、じゃあ写真撮って」
「へ、写真?」
状況について行けていない川中の疑問を無視して秋月は並木の真ん中に立つ。川中は一応周囲を見回すが人はほとんどいない。多少秋月がはしゃいでも迷惑にはならないだろう。そう判断した川中は手渡された携帯電話のレンズをおもむろにはしゃぎ回る秋月に向け、撮影ボタンを長押しする。カシャカシャカシャ、と連続してシャッター音が秋月の携帯電話から鳴り響く。10枚ほど写真が撮れたところで川中は携帯電話を下ろし、撮れた写真を確認していく。
「どう、いいの撮れた?」
川中が携帯電話を下ろしたのを見て秋月が川中の元にやってきて隣から画面を覗き込む。残念ながら秋月が動き回っていたためかほとんどブレてしまっているが、川中の手が一枚の写真で止まる。その写真にはジャンプしている秋月の姿が写っており、秋月の笑顔、イチョウの並木、舞い落ちる黄色い葉、それを照らす街灯、木々の葉の隙間から覗く少しだけ暗くなった空、そしてオレンジがかった雲の全てが完璧に収まっている。
秋月はその写真を見て大喜びする。
「凄い凄い、プロだよ川中君! 後で投稿しよっと」
「そ、それは良かった」
本当は川中もその写真が欲しかった。秋月が写っているから、という理由もあるがそれ以上に一枚の綺麗な写真として欲しかった。だが自分から言うのも変な気がして川中は何も言わずに秋月に携帯電話を手渡す。
しばらく携帯電話を触っていた秋月だが、それも一通り終わったのか川中に声をかける。
「そろそろ帰ろっか」
結局今日は半日何をしにここまで来たのやら、と川中はため息を吐きたくなる。だけどそれでも構わない。なぜなら呆れる以上にこの時間は楽しかったから。
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