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消極男の悲秋暦  作者: 青色蛍光ペン
12/19

12:変わる未来、外れ行く道筋

文化祭が終了し、11月1日。川中は昼休み、特にいつもと変わりない時間を過ごしていた。いつも弁当を食べながら吉川も会話するのだが、今日は会話の内容がいつもより特殊である。


「…え、って事は秋月さんは呉本と付き合ってないって事?」


川中は吉川に全てを伝えた。正直あまり広がって欲しい話ではないが吉川にはどうせいつかバレる。それに吉川はそこら辺の線引きだけは完璧な人間だと川中は思っている。吉川は嬉しそうに口を開く。


「つーまーり、川中が前言ってた違和感ってのは間違ってなかったってわけだ。やっぱ川中は鋭いんだな」


「はぁ…、お前さては楽しんでるな」


「川中には悪いけどこんな面白い話なんて無いからな。まさか数年前の木山伝説がこんな場所にまで影響してくるなんてな」


川中の話が木山の内容になった時に吉川が口を挟んで話した事なのだが、他のごく一部の部活などでは未だに先輩から聞いた話として木山の奇行がこの学校の面白エピソードとして後輩へ語られるらしい。語り継がれているせいか内容は大袈裟に、事件の関係者の名前は不明となっているらしいが。それで吉川が勝手に木山伝説、と名前をつけているのだ。


「相良先輩の時代の科学部でも、木山伝説の影響がかなり大きかったって話だしな」


「ほんとなんでも知ってんだな」


「いや、これは相良先輩から直接聞いたんだけどな」


休み時間は吉川は相良と話している様子はないし、昼休みはこうして川中と話している。ちょくちょく科学部に顔を出してくる事はあるが、そこでもそんな会話をしているのは聞いた事がない。一体いつどこでそんな話を聞いたのやら、と一瞬疑問が浮かぶが、この際どうでもいい。こちらは楽しむ余裕など全く無いのだ。はぁ、と川中がため息を吐くのと同時に聞き覚えのある声の人物が2人に話しかける。


「…今の話は本当なのか?」


2人が顔を上げるとそこには木山の姿があった。文化祭は終わったからもう学校には来ないと思っていたのだが、一体何をしに来たのだろうか。同じ事を吉川も考えたのか、木山に話しかける。


「やぁ木山先輩。もう文化祭は終わったはずですけど?」


「相良さんに呼ばれてな。文化祭手伝った礼とか、せっかくこうやって久し振りに学校で会えたからゆっくり話したいとか、まぁそんな所らしい。…で、今の話は本当なのか?」


「…今の会話が聞こえてたんですか?」


呆れたように川中は呟く。川中の声量は普段からそこまで大きいものでは無い。それを廊下から聞き取るなんて大した地獄耳である。


「んなわけ無いだろ。隣の、ああ…、吉川、だったか? そんな大声で話してると他の連中の耳にも入るぞ」


どうやら吉川の声だけ聞き取っていたらしい。ちらりと川中が周辺を見渡すが、周囲の人達は彼らの話や遊びに夢中で吉川の声なんていわゆる騒音としか認識されていなかったようだ。


「で、秋月が呉本と付き合ってないってどう言う事だ」


「…そのままの意味です。秋月は誰から聞いたのかは知らないですけど、俺の想いに気付いたんだ。文化祭当日にな」


そこまで話して川中は何かに気が付いたような表情になり、ゆっくりと木山と目を合わせる。


「もしかして木山さんが言ったんですか」


「…それは違う。後で秋月に聞いてみろ。それで俺だったらなんでもしてやるよ」


「だったら相良先生…?」


「それも無いな」


木山は川中が述べた可能性をばっさりと切り捨てる。相良は最初こそ色々仕向けたかもしれないが、相良が傍観者になると話した以上、相良は傍観者でしかない。彼女は自分が話した事を簡単に曲げるような人間では無い。となると残る可能性は絞られてくる。それを察したのか、慌てたように吉川が弁解する。


「…あー、ちなみに俺でも無いからな」


「それはなんとなく分かってる」


吉川は色々面白がる人間だが一線は超えない。それは川中が分かっている。2人の会話を聞き、木山は唐突に教室を飛び出していく。


「何かに気づいた、のか?」


「あの人、結局あんま話した事なかったけど変わってるな。流石伝説になる人間は皆特殊ってやつか」


おどけたような吉川の声が教室の騒がしい空気に飲み込まれ、また一つの騒音となって消えていく。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


木山はスタスタと早歩きで廊下を歩き、実験室の扉を勢い良く開ける。先程相良に会いに職員室に向かったのだが、どうやら不在だったらしく、もし木山が職員室に来たら実験室に向かわせておいて欲しい、と他の職員に伝言を残していたのだ。そしてその伝言通り木山は実験室にやってきた。しかしそこには既に先客の姿があった。


「あ、木山君。早いんだね」


天滝は木山が時間よりも早くやってきた事を喜んでいる様子だ。多分今日を最後にもう会う事はほぼ無いからだろう。元々2人は学生の間もお互い名前は知っているが面識は無かったのだ。そしてそんな天滝の表情を見て木山に多少の罪悪感が湧いてくる。しかしそんな事を言っている暇はない。


「…なんで川中に喋った」


「え?」


「今あいつらがどんな状態になってんのか分かってるのか?」


話しながらも木山には分かっている。知らないに決まっているのだ。木山だって廊下を通り過ぎる時にやたら目立つ吉川の声をたまたま聞いたおかげで知れたのだ。


「秋月は呉本に告白するのを辞めて、川中と付き合い始めたらしい。お前が秋月に今の川中の状況を教えたんだろ」


「そ、そうだったんだ…」


話をするにつれて語尾が強くなっていく木山に思わず萎縮する天滝。すると実験室の扉が再び勢い良く開かれる。2人が扉の方を向くとそこには相良の姿があった。


「話は聞かせてもらった。その辺でやめたまえ」


「でも天滝は秋月に…」


「別にいいだろう。そんな…」


いい加減な事を話す相良に、木山の中の何かがぷつりと切れる。


「別にいい、だと? お前らまさか川中が想いを寄せてる秋月と付き合えてラッキー、みたいなお気楽なこと考えてるんじゃないだろうな。川中がどんな想いで秋月を受け入れる事を決心したのか分かってるのか!?」


天滝は今にも泣き出してしまいそうな表情になっている。それを横目で確認した相良は、ポケットに突っ込んでいた手を出す。そこには缶コーヒーが1缶握られている。そのまま相良は木山に向かって缶コーヒーを放り投げた。


「…少し落ち着きたまえ、ほんの少しでいい。憶測だけで物を語るなんてあまりにも君らしくない」


木山は咄嗟に缶コーヒーを受け取り、そのまま黙り込む。10秒ほど沈黙が訪れるが、木山が最初に沈黙を破る。


「…すまない、少し言い過ぎた」


「わ、私もごめん。秋月さんが何か行動を起こしそうなのは分かってたけどまさか…」


木山の謝罪で場の重い空気は一気に軽くなるのを全員が感じる。そしてため息混じりに相良が口を開く。


「ちなみに私は今『別にいいだろう。そんなに怒らなくても。天滝だってこうなる事が分かってて喋ったわけじゃないだろう』と話そうとしたんだ。日本語は難しいんだからちゃんと相手の話は良く聞きたまえ」


「…本当にすまなかった」


「それに、秋月の違和感に気づいていたのは私と木山、後川中も恐らく気付いてるだろうな。だが他の人からすれば秋月はただ優しい人程度に捉えられる」


「違和感? なんの話ですか?」


相良の話に天滝が首を傾げる。相良は天滝に秋月の異常なまでの優しさと、そこに隠された何かを2人が感じ取っている事を打ち明ける。


「そうだったんですか…。全然気づかなかったよ」


「で、なんで秋月に喋ったんだ」


今度は普通のトーンで木山が問いかける。元々天滝に対して口を滑らせたのは木山なのだ。だからこそ理由を聞いておきたい。


「…だって、あのまま秋月さんが呉本君に告白しちゃったら、川中君があまりにも可哀想だよ。だからせめて秋月さんに川中君の気持ちだけでも知っていて欲しかった。それを知った上で呉本君に告白して欲しかった」


天滝の言葉に木山は何も言い返せなかった。学生時代好奇心のみで木山の過去を好き放題調べた上月や、自分のエゴで科学部を振り回した相良とは違う。天滝は良心100%でやったのだ。それが分かった以上、木山には彼女を責め立てる理由などひとつも無い。木山が何も話せずにいると相良が口を開く。


「まぁ理由がなんであれ、秋月の行動まで読める人間なんていなかったさ」


「そうですね。てか問題はここからじゃないですか。あいつらのことどうするつもりなんですか?」


木山は現状の問題を思い出して相良に問いかける。文化祭の手伝いという名目でここに来ていたため、今日を最後に木山と天滝はもうこの学校には来なくなる。そうなると2人は川中や秋月への干渉が極めて難しくなってしまう。相良は少しだけ考え、ゆっくりと口を開く。


「私は…、少なくとも今はこのまま彼らの行く末を傍観することにする」


「…なんだ、あの時は散々後輩を手のひらの上で踊らせていたくせに今度は傍観ですか」


その言葉を聞き、木山は再び口調が厳しくなる。あの時上月は自分で選択する事ができずに木山のやり方を模倣したが木山の思想に着いて行けずに泣きついてきた。相良は自分の好奇心と木山への対抗心を満たすためだけに部員の心理を的確に突いて操作し、科学部を半壊に導いた。彼らのやり方は木山からすれば正直腹立たしい。

だが川中は違う。彼は全て覚悟した上で自分で選択した。あの冬の木山がしたように。だが、外的要因である天滝が故意ではなくとも、川中がその選択をした事によって起こる未来を消し去った。その結果川中は恋愛対象として見られていないと分かっていながら秋月と付き合い、秋月は本来付き合いたい相手である呉本を諦める結果になったのだ。今こそ相良の得意な話術で彼らを操作し、元の未来へのレールに彼らを戻すべきではないだろうか。それが木山の考えである。しかし相良は今度は木山に対して申し訳なさそうに話す。


「君の言いたい事は痛いほどよく分かる。…だが、やはりできない。策も無しに干渉するには今の彼らはあまりにも不安定だ。それは君にも分かるだろう?」


相良が実際に川中と秋月の姿を見たのは文化祭の後片付けの時間だ。今思い返せばなんとなく彼らの態度に違和感があったような気がしないまでもないが、それは文化祭で疲れているからだろうとか秋月が呉本に告白したからだろうとか考えていた。それがまさかこのような事態になってしまっているとは。

そして川中達が不安定な状況なのは木山にも分かっている。だからさっきは口調を強めたが、相良の返答に対しては何も言えずに拳を握りしめるばかりだ。


「…ならその策を相良さんが考えて、それからあいつらを元に戻す。信じていいんですね?」


「難しいだろうが、ちゃんと考えるさ」


相良がここまで消極的なのも珍しい。それ程に今の状況はそう簡単に手を出せないという事だろう。川中と秋月の友人関係を保ったまま彼らを断ち切り、秋月と呉本をくっつける。そこらの試験よりもよっぽど困難だ。空気が重くなったところでチャイムが鳴り、全員目が覚めたように話題を変え、思い出話に花を咲かせるのであった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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