11:虚偽の正解
秋月は呉本の演奏を見終えた後、川中と別れてぽわぽわした気分で出店を巡っていた。するとトントン、と後ろから肩を叩かれる。振り返るとそこにはクレープを持った天滝が立っている。
「ちょっと話さない?」
秋月は持ち前のフレンドリーさで天滝ともすっかり仲良くなっていた。そんな秋月から見ていつもより真剣な表情で話しかけてきた天滝の様子に、こくこくと頷いてついていく。しばらく歩いて行き、校庭の近くにある自販機の横に設置されているベンチに2人で腰掛ける。
「文化祭楽しんでる?」
「え、はい! もちろん楽しいですよ。さっき軽音楽部のライブ見てきたんですけどすごい迫力だったんですよ〜」
「あ、それ私も見たよ! …じゃなくって、私聞いちゃったんだ。川中君が呉本君と秋月さんが両想いなのを明らかにしたって話」
「川中君から聞いたんですか?」
質問しながら、秋月は話の雲行きが怪しくなってきた事を察知していた。天滝がその事を知っている事自体は割とどうでもいい。相良と繋がりがあるのならば知っていても別におかしくはないと思っていたし、嫌な事でもない。問題なのはなぜ今その話を切り出すのか、である。何かまずいことでもあったのだろうか。
「ううん、ちょっと木山君からね。でさ、なんで川中君が秋月さんの無茶なお願いを聞いてくれたのか分かる?」
「えっと、相良さんの話だと、学生時代に無茶な行動をした木山さんと川中君が似てるから、川中君もきっと動いてくれる。そんな感じだったと思いますけど…」
「じゃあね、なんで木山君は無茶な行動ができたんだと思う?」
「あ…」
思わず秋月は声を漏らして黙り込む。文化祭の日が楽しみで仕方なかったため木山の事など頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
「天滝さんは、理由を知ってるんですか?」
「…あんまり長々と話すのもあれだから答えだけ言うとね、木山君は、好きな人の告白をサポートするためにいきなり顔も知らない別のクラスの女子に告白したんだよ」
「そ、そうだったんですか」
やはりちゃんとした理由があったのか、と考えた秋月だが、ふと相良の言葉が頭に引っかかる。
「あれ…、木山さんと川中君が似てるって、もしかして…」
どうやら秋月は全てに気付いたようだ。震える声で話しながら天滝に向き直り、真相を確かめる。
「もしかして川中君は私の事が…」
「うん、川中君は秋月さんの事が好きなんだよ。だから無茶なお願いを聞くことができたし、相良さんは最初からそれを何らかの方法で知っていたから川中君が適任だって言ったんだと思う」
「わ、私…、川中君に酷い事しちゃったかもしれない…。行かなきゃ!」
勢いよく立ち上がる秋月だが、天滝が即座に腕を掴んで引き留める。
「川中君は今の結果でいいと思ってるんだよ。だから謝る必要なんかない。真相を知った、ただそれだけで川中君にとって救いになるんだから何もしなくてもいいんだよ」
「でも川中君は私が川中君の気持ちに気付いてないってこれから先もずっと…、ずっと…!」
「それで、良いんだよ。多分川中君はそれでいい。他の男の子だったらまた違うんだろうけど、川中君はそれでもいいんだよ」
納得したのかは分からないが、秋月の力が緩むのを見て天滝は手を離す。秋月はゆっくりと天滝の隣に座り直す。
「川中君は私の事が好きなのに、私が呉本君と付き合い始めたら幸せって事ですか?」
天滝は確信を持って答えれない。木山ならどのような答えを出すのだろうか、と勝手に頭が考えてしまう。きっとあの夏、彼も同じだったのだろう。答えが見つからずに木山の考えを利用する。今なら彼の気持ちも理解できるような気がする。
「…正直分からないよ。きっとその方が川中君としては幸せなんだろうけど、心の奥の奥までは川中君にしか分からないからね」
その言葉を聞いて、秋月は立ち上がる。今度はゆっくりと。
「もうすぐ文化祭も終了ですね。片付け手伝ったりしないとだからもう行かないと…」
歩き始めた秋月の背中を天滝は哀しげな目で見送っていた。
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秋月と天滝が別れて30分後、秋月は2年C組の教室のドアを開ける。オレンジ色の夕日が差し込む教室の中では川中が1人でせっせと片付けの作業を進めている。
「お待たせ。遅くなっちゃったよ」
「来たか。俺もさっき本格的に始めたところだから大丈夫だ」
作ったような笑顔で教室に入った秋月。川中はくるりと振り返って声をかける。呉本との事を聞いてくる気配はない。当然だろう。聞きたくもないはずだ。川中はすぐに秋月に背を向けて段ボール箱に飾り付けていた道具をしまい込む作業を再開する。
「…聞かないんだね」
「別に確定で成功する告白の行方なんかに興味ねぇよ」
「それなんだけどさ、せっかく色々手伝ってもらったけど、呉本君に告白するのもう少し後にしようかなって思ってるんだ」
「…は?」
秋月の言葉に思わず川中は手を止めて彼女に向き直る。別に今日がなんの変哲もない日ならばそれもまたいいんじゃないか、となるのだが、今日は呉本が必死に練習した演奏を舞台でやり遂げた日なのだ。今日わざわざやめる理由などどこにもないはずである。川中が不思議そうな表情を浮かべていると、秋月は小さな声で続ける。
「今までごめん。…川中君、私の事好きだったんだよね」
「え、いや…、それ誰から聞いた?」
「木山さんについての話を聞いちゃってね。で、木山さんと川中君が似てるって相良さん言ってたのを思い出したんだ」
「そう、なのか…。だが別に俺のことなんか…」
バレてたかのか、と川中は気まずい気分になる。しかし今それが発覚したところで彼女が呉本への告白をやめていい理由にはならない。そう川中が言おうと口を開きかけたその時、不意に秋月が呟く。
「私たち、付き合っちゃおっか」
「なっ…!」
秋月の言葉に、教室内の空気が凍りついたと錯覚しそうになる。川中は以前覚えた秋月の違和感を思い出す。
「お前…、前々から思ってたけどなんでそこまで他人に優しいんだ。普通は同じ状況になっても一言断ってそのまま呉本と付き合うだろ。お前のは正直なんというか、少し異常だ」
「異常、か。あはは、やっぱり川中君は遠慮がないよ。そんな風に直接言われた事なんか無かったし」
川中に指摘され、秋月は今度は自然に少しだけ笑う。そしてその理由をぽつぽつと話し始める。
「…私、誰にも嫌われたくない。多分みんなが私の事優しいって言ってくれてるのは、私が嫌われたくないからって愛想良くしてるおかげなんだと思う」
「そう…だったのか」
秋月は関わる人全てに嫌われないように振る舞っている。だから川中の協力に対してただありがとう、と伝えるだけでなく過剰なまでに返した。あれは言葉を伝えるだけでは足りない、それだけだと利用するだけ利用したと思われて嫌われる。そう考えての行動だったのだろう。
先日呉本が話していた件もそうだ。廊下に落ちていたプリントを見なかった事にして素通りするとたまたまそれを目撃した知り合いが失望しかねない。だから彼女はわざわざプリントを拾い、呉本の名前を確認してサッカー部へ向かった。仮にそれが呉本ではなくても彼女は同じような行動を取っていたに違いない。
川中は先日の会話を思い出す。彼女のモットーである「みんなと仲良くする」と言うのは関わる人全員に優しくして誰にも嫌われたくない、という意味の裏返しだったのだろう。
だがそれらは全て秋月のエゴによるものだ。彼女の優しさは全て彼女のため。優しさではあるがその優しさは偽りのものである。
「…つまり俺に嫌われたくないから俺と付き合う、って事か」
秋月は何も言わない。川中は別に自分の気持ちを無視して呉本と付き合っても嫌いにならない、とは言えなかった。きっと嫌いになることはないだろう。しかし今後自然と川中が秋月の事を避けるように過ごして行くことになるのは明白だ。繰り返すが、それは川中が秋月の事を嫌っているわけではない。だが秋月からすれば、それは「みんなと仲良く」とは外れてしまう事となる。だがそれは…。
「そんなのただの偽善だ」
川中は下を向いていた顔を上げて秋月の目を見てそう言い放つ。が、言い終わるのと同時に秋月は悲しそうに言葉を返す。
「…うん、偽善だよ」
秋月はそう発して少しだけ顔を下に傾ける。川中から見て秋月の顔が陰る。そのままの状態でしばらく沈黙が訪れるが、秋月がその沈黙を破る。
「偽善じゃダメかな…。私のために川中君と付き合う。川中君は気持ちを叶えれるし、私の願いも叶う。呉本君は私の気持ちにはまだ気付いてないから傷つかない。誰も傷つかないならさ、…私の気が済むまででいいの。付き合ってくれない、かな」
川中は悔しそうな表情を一瞬浮かべる。そして拳をぐっと握りしめる。秋月が話した内容はめちゃくちゃだ。彼女は誰も傷つかないと話したが、「私のために付き合って」なんて告白しながら振ってるようなものだ。しかし、川中は断れない。元々想いを寄せていた相手に告白されている、という理由ももちろんだが、それ以上にこの告白を断ると誰も幸せにならない。せいぜい呉本が喜ぶ程度だろう。だからこの告白は絶対に断る事ができないのだ。感情面ではもちろんこんなやり方はごめんだ。即座に断ってしまいたい。しかし理屈は残酷で、秋月の提案を飲む方が圧倒的に状況が良くなる。
川中は熟考する。が、しばらくして諦めたように口を開く。
「…分かった、付き合おう」
「うん、ありがとう。…よし! この話はおしまいおしまい。早く片付け終わらせちゃおう」
「そ、そうだな。相良先生が来る前になるべく進めとかないと後が怖いからな」
秋月の掛け声で凍りついていた空気が一気に溶け出す。しかしそれで川中の心に差した深い影を消し去るには至らなかった。
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