10:光と影
文化祭が始まった。校内は学生とその親や他校の友人、そして一般の客で大いに賑わっている。川中は2年C組の教室の窓からその様子をぼーっと眺めている。教室とは言っても、今日だけは焼きそばホットドッグの専門店となっている。見ている感じ売れ行きは上々、と言った感じだ。この調子なら夕方には間違いなく売り切れるだろう。
「よぉ川中! お前文化祭だってのに何こんなとこで引きこもってんだよ。ちゃんと俺の勇姿見に来てくれるんだよな?」
急に川中の隣にやってきて話しかけてきたのは呉本だ。彼にとって今日はただの文化祭以上に特別な日となるのだ。しかしその割に緊張している様子は無い。
「ま、ここにいても暇だしな。もう少ししたら歩き回ったりステージの演目も見ていくつもりだ」
川中は呉本の登場に特に反応することも無くスラスラと言葉を返す。ちなみに珍しく全て本音である。実際ここで風景を眺めているのに飽き始めていたところだった。
「やっぱそう来ないとな。あ、うちのクラスのケバブも買ってくれよな。じゃあまたライブで会おうな」
しれっと宣伝を残して呉本は立ち去っていく。ひらひらと手を振って見送っていると、呉本と入れ替わるように今度は吉川が隣に並んでくる。
「件の作戦で友人までできるなんて、科学部万歳だな」
「あんなの友人とは言わん。…何しに来た。他の出店回るんじゃなかったのか」
「うちのクラスの売れ行きが気になってな。で、売り上げはどうなんだ? どうせずっとここに居たんだろ」
「ま、この感じだったら売れ残りはまず無いんじゃないか」
「あれだけ計画を練りに練ったのだから売れ残られたら私が困る」
近くで2人を見つけたのか会話に相良が乱入してくる。相変わらず白衣を着ており、ポップコーンが入ったカップを片手に持っている。それを見て川中は思わず口を開く。
「ポップコーンとか売ってるんですか。文化祭もうなんでもありだな」
「一年のどこだったか…。とにかく一年が販売していたのだがなかなか丁度いい味付けで手が止まらない。他の店も少し見たが、最近の文化祭はクオリティが高いのだな」
「いやいや、今年が特に凄いんですよ。去年はもっと普通な雰囲気でしたし。な、川中」
「知らんな、俺には関係ない話だ」
実際去年の文化祭は、川中が体育館の客席の後ろの方で一眠りしているうちにほとんど終わってしまっていた。だから比較しようにも川中は去年の文化祭のことなどほとんど知らないのだ。
「まぁとにかく楽しみたまえ。私はまだ回るべき場所がいくつかあるからな」
相良はそれだけ告げて川中達に背を向けて手を振りながら立ち去っていく。
「何しにきたんだあの人…」
「さぁな。っと、俺もそろそろ行かないと。川中はどうするんだ?」
「もう少ししたら呉本が参加してるバンドの演奏が始まるから暇つぶしに見に行く」
「お、それ俺も見に行くんだ。会場で会ったら一緒に見ような。じゃあ俺はポップコーンでも買いに行くかな」
相良に続いて吉川も慌ただしく教室から走り去って行く。騒がしい連中だ、と川中が一息つくと、今度は秋月が隣にやってくる。
「川中君、もう少しで呉本君の演奏始まっちゃうよ!」
「入れ替わり立ち替わり賑やかだな、お前達は」
「え、あー、なんかごめんね?」
「いや別にお前が謝る必要はない。…で、もうそんな時間か?」
「うーん、まだ急ぐような時間じゃないけど、せっかく私のために練習してくれてたみたいだし、なるべく近くで見たいじゃん?」
「なるほど、そう言うことならそろそろ向かうか」
いつでも相手のことを思いやる秋月に半ば呆れながらも川中は頷いてゆっくりと歩き始める。しかし秋月は川中の手を取り、走って引っ張っていく。
「ほら、早く行くよ!」
「あ、あぁ、すまない。少し急ぐか」
秋月は誰にでも明るく優しく無邪気に振る舞う。木山や川中が誰にでもドライに接したり、相良が誰に対しても己を貫く姿勢で接したりするのと同じ。川中は秋月にとって特別な存在ではない。そう分かっていても、秋月に引っ張られて走る川中の心臓の鼓動は激しさを増していく。
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数分後、比較的前の方の席に座れた川中と秋月は軽音楽部の演目を待ちながら雑談している。周りを見渡しても吉川の姿は見当たらない。この調子だと吉川と合流するのは困難だろう。
「あ、もう始まるよ!」
待つことさらに数分。楽器のセッティングやアンプやマイクの調整が終わった軽音楽部のMCが始まる。文化祭が今年特に盛り上がってるだとか、出店の食べ物が美味いだとか、練習が大変だったとか川中にとっては割とどうでも良いことをしばらく話し、一曲目が始まる。流行りの曲のコピーが体育館内に鳴り響く。
「おー…、凄い迫力だ」
去年はまともに軽音楽部の演奏を聴いていなかった上に後ろの方の席だったためここまでの熱気を感じることは無かった。会場が盛り上がったところで一曲目が終了し、バンドが交代となる。そして彼は舞台に姿を表した。
「あれ! 呉本君だよね!」
「…そうだな」
ギターを持つ銀髪の男子生徒。見間違えるはずもない。呉本は秋月を探しているのか客席を見渡す。川中と秋月を見つけることはできなかった様子だが、そのまま数回弦を弾いて音の微調整を行う。そんな中先程MCを務めていた男がトークで場を繋ぐ。
「次のバンドのギターボーカルを務めるのは呉本達也ァ! 彼はサッカー部でもありながら人生初のギターを練習して今この舞台に立っている! みんな応援してやってくれよ〜!」
MCに反応するように客席が賑わったところでドラムのスティックの合図と同時に演奏が始まる。そこからの様子は川中にとってまるでスローモーションのように感じられた。バンドの定番曲なのか、去年の文化祭で聞いたような気がする恋愛ソングを演奏する呉本。時々微妙に音を外したりするが、それは必死に練習した後の初ライブという状況においては観客を感動させるためのスパイスに過ぎない。しかし要となるボーカルだけは一切のミスをせずに歌い続ける。
川中は唖然と呉本の演奏を眺め続けている。周りの観客は総立ちで手拍子をして呉本の演奏を応援している。ちらりと隣を見ると秋月も例外では無く、手を叩いて満面の笑みで演奏を楽しんでいる様子だ。
「はは…、最初から勝てるわけなんか無かったんだな」
舞台で演奏し続ける呉本の姿が明るく見えるのは多分スポットライトのせいだけではない。川中と呉本の間には圧倒的な差が存在する。それを視覚だけで無く全身で感じる。川中は乾いた笑みを浮かべ、呉本の姿を目に焼き付ける。
「これが秋月のために練習した成果だったら、あんたが1番秋月に相応しい人間だ」
ぼそりと呟く。もちろんそんな独り言は会場の歓声や楽器の音でかき消されてしまう。結局呉本はギターのミスは所々あったが、ボーカルは完璧に歌い切って見せた。
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川中と秋月が前の方の席で呉本の演奏を見ている少し後ろの方で吉川もまた周りと同じように盛り上がって演奏を見ていた。しかし、そのさらに後ろの方、体育館の壁にもたれかかり、腕を組んで立っている人物が1人。もちろん木山だ。
「…なるほど、あれが呉本か」
舞台の真ん中で演奏する呉本は木山の目にも輝いて見える。自分が仮に秋月の立場だとすれば間違いなく川中なんて眼中にすら入らないだろう。
「君の目に彼はどう映る? 高橋颯斗と比べて彼は優れているかい?」
すっ、と木山の隣に並んで話しかけてくるのは相良だ。それに気付いた木山は呆れた様子で周囲の騒音にかき消されないように少し大きめな声で答える。
「相良さんって俺の事見つけんの得意ですよね。ストーカーか何かですか?」
「君は目立つんだ。こんな活気あふれる場所では特にな。で、どうなんだい?」
「俺は別に人と人を比較する趣味はない。だけど敢えて質問に答えるのなら答えはイエスだ。高橋は人柄で自然と周りの人間を惹きつけていた。だが奴は違う。ギラギラと自分の輝きを見せびらかして無理やり注目を浴びている。だからどう贔屓目に見ても高橋よりも呉本の方が優れた人物に見えてしまう。別にそれが悪いと言うつもりは全く無いですけど」
「君の表現力に敬礼だな、私は高橋の姿を見た事はないからなんとも言えないのだがな。…この感じだと呉本で確定。そう思っているかい?」
「もちろんだ。…そう言えば秋月と話したんだが、確かに秋月の優しさ加減には不気味さを感じた。それでも今回の件には影響しないと思いますよ」
「彼女に川中が想いを寄せている事は伝えたのかい?」
「いや、伝える必要が無いですからね。それに川中だって伝えてほしくなんか無いに決まってる」
「決まってる、か。…君達に通ずる何かがあるのは分かっているが、やはり理解に苦しむな。全員ハッピーじゃないハッピーエンドを望む。それもハッピーになれないのは自分自身とはな」
「勇者のハッピーエンドでも魔王はハッピーじゃない。それと同じなんですよ。たまたまハッピーじゃ無いのが川中だっただけの話だ」
「…分からないものだね」
相良がため息混じりに呟くのと同時に、呉本が演奏を終える。
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