森の向こう側の“おねぇ”さん
ある晴れた日、僕はこの森の中に入り、虫取りをしていた。もう十分採れたし、そろそろ帰ろうかと振り返ると、そこには屈強な体つきをした男が立っていた。
「うわっ!」
「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったわね」
おじさんはなんだか女の人っぽい喋り方で謝ってきた。
「あ、いや、うん。あの、なんで女の人みたいな喋り方なの?」
「失礼ね。ワタシはどこからどう見てもオンナでしょ。失礼しちゃうわねぇ」
「・・・あ、うん。すいませんでした」
僕は考えるのをやめた。
「ウフフ、素直に謝れる子は好きよ。それよりアナタはこんな森の中で何をしているの?」
「えっと、虫採りだよ」
「あらそう、子供らしくていいわね」
けど、と少しだけ顔を険しくしておじさんは言った。
「この森の向こう側には行ってはダメよ。そこにはこわ〜い森の主がいるから」
「森の、主?」
「そう、主に見つかったら食べられちゃうから、決して近づいてはダメ。いいわね」
そう言っておじさんは向こう側へと去って行った。
(ってそういうおじさんは向こう側行ってるんじゃん。)
そう思った。
家に帰ってその事を両親に話すと、どうやた二人も知っているようだった。けど父の話だけは少し違っていた。
「俺が聞いた話では、もう少し大人になったら行っても良いわよって言われたらしい」
「大人になったら?」
「そう。んで実際大人になってから向こう側に行ったらしいんだが、帰ってくると真っ青な顔をしてたんだ」
「怖い目にあったの?」
「あー、まあある意味な。今のお前に言っても分からんと思うが」
「教えて」
父は少し迷い、そして言いにくそうにしながら口を開いた。
「その、そいつ男なんだけど、食われたんだよ。お前が出会ったその男に」
「え、それって大丈夫なの」
「ああ、さっき言ったように帰ってきたからな。・・・食われたっていうのは、つまりその、そういうことなんだ」
「うん? どういう事?」
「あはは、まあ分からんよな。もう少し大きくなってから分かるだろうから、深く考えなくて良いよ」
そんな話があってから数年経ち、いろんな知識を身につけた僕はその時の会話と屈強な男を思い出し、誰にともなく叫んでしまった。
「食べるって・・・・・そういう意味かよーー〜〜!!!!」
あの森の向こうには主たるおねぇさんがいる。
この話は今も言い伝えられている。