第9話~ちっちゃくて、大きいです
村に近づくと、周囲に灯りがいくつも揺らめいていた。
松明の火だ、村人達が周囲の警戒に当たっているのだろう。
村の入り口に目をやると、二人の人影が見えた。
一人は見覚えのある服装だ。
俺は徐々にスピードを落としながら、二人の目の前までやってきた。
同時に強化魔法の効果が切れる。
「わっ!なんだ!?」
充分スピードは落としたつもりだったのだが、どうやら速すぎたらしい。
突如出現した青年に、二人は一瞬硬直してしまう。
俺はお構い無しに、そのうちの一人の男へ声をかけた。
「グリンのギルドからの依頼で来た、ヴァンというものだ。時機にギルド長とギルバートもやってくる、状況は?」
ローブを纏った国の呪術師と思しき男に尋ねると、隣にいた老人が口を開いた。
「お待ちしておりました。状況は村の中でお話しましょう、村人も集まっております、ささ」
村長と思われる男はローブの男に、他の応援が来た時の案内役を頼むと俺を村の中へと案内した。
村は小さかった。
老人によると、村の人口は500人程度で売りに出せる様なものも無く、ほとんど自給自足の様な生活らしかった。
少し歩くと村の中央にある広場の様な所に到着した。
そこには大勢の村人が集まっていた、ほとんどが老人と女性だ。
広場の真ん中に目をやると、村の規模に似つかわしくない立派な銅像が存在感を放っていた。
銅像は青年の様な背格好で背中からは羽を生やし、神々しさすら感じる。
俺が銅像を見ていると老人が口を開いた。
「私はこの村の村長をしているゴンゾという者です」
やはり村長だったらしい。ゴンゾは続ける。
「現在、若い男性衆は見張りに当たっており、その他の村人は全てこの広場に集まっております。それで、こちらには何名の冒険者の方が向かっておられるのですか?」
「さっき話した通りだ、来るのはグリンのギルド長と将軍ギルバートのみ、冒険者はあいにく出払っていて一人も来られない。」
俺を伝令役か何かだと思っていたらしいゴンゾは、長い眉をだらんと下げ絶望の表情を浮かべていた。
「一応、国には応援要請が行ってる。明日には大勢の援軍がくるはずだ」
フォローのつもりで言ってみたが絶望の表情が戻る事は無かった、明日じゃ意味がないとでも言いたげだ。
ゴンゾは村人を集め、俺の話を村人へ伝える。
女性は膝をつき涙を浮かべ、老人は銅像に祈りを捧げていた。
そんな中、一人だけ立ち上がったままこちらを真っ直ぐと見つめる女性がいた。
他の村人とは違い、一人だけ防具に身を固めたその姿は冒険者の様だった。
膝裏にまで届きそうな長い髪は風になびき、辺りの暗さなどお構い無しに金色に輝く。
髪の色に映える純白の鎧には、ところどころブルーの装飾が施されている。
それは防具としての機能を有しているのかと不安になる程面積が小さく、健康的な肌が露わになってしまっていた。
その女性は小さかった。
身長150センチに満たないであろう背丈は、少女と呼ぶに相応しかった。
それでも俺は、彼女を女性と形容してしまった。
そう呼ばざるを得ない程、小さな彼女はとても大きかったのだ。
なんだよあれ!?でかすぎる!
この村の特産はメロンだったのか!?
それになんだあの露出は!恥ずかしくないのか!?
自分の心の恥ずかしさを棚に上げ、他人の心配をする。
その目は一点だけを見つめ続けていた。
「じいちゃん、あたしが戦うよ」
メロン畑へトリップしている俺を、彼女の声が現実へと引き戻した。
「シムカ!馬鹿を言うでない!」
「馬鹿なんて言ってない!あたしは村長の孫なんだから!村を守る為に戦うのは当然だし、じいちゃんだってあたしの強さは知ってるでしょ?」
村長の孫らしいシムカと呼ばれた女性は、ゴンゾをキッと見つめていた。
その目には迷いが無く、強い意志を持ったその瞳を俺は美しいと思ってしまった。
「わかっているから言っているのだ!相手はアンデッドの王なんだぞ!お前は魔法が一切使えないだろ!」
ゴンゾがその体格に似つかわしくない声を張り上げる。
その声は村長としての威厳と、孫を思う気持ちの両方を兼ね備えていた。
「それでも戦わなくちゃいけないの!それにこんな年下の男の子一人になんて任せられない!」
シムカが俺を指す。
今俺を年下の男の子って言ったか?
確かに俺は転移してヴァンの姿にはなったが、どう見ても立派な成人男性だ。
でかいだけの少女に年下呼ばわりされる覚えはない。
「ちょっと待て、お前みたいな可愛らしい少女にどうして年下呼ばわりされるんだ?」
「少女ですって!?これでもあたしは22歳よ!!子供呼ばわりしないで!そ…それに、可愛らしいなんて!」
シムカは頬を真っ赤に染め上げる。
可愛らしいは余計だったか。
「とにかく戦うからね!もう時間が無い!準備してくる!」
シムカが22歳だという事実に驚いていると、彼女は村の奥へと駆け出して行った。
彼女の話を聞いていた村人は、何も出来ない自分自身の無力さを嘆くように俯いた。
しかし、誰からともなく銅像へと向き直ると、一縷の望みを託す様に一斉に祈り始めたのだった。
「フォルス様、どうかお力をお貸しください」
「村を…皆を守ってください」
「どうか…フォルス様!」
祈ってこそいるが、そこに望みは感じられない。
思考停止した抜け殻の様な姿だった。
「お恥ずかしい所をお見せしてしまいましたな。この村はここまでの運命なのでしょう、あなたもどうか今のうちにお逃げ下さい」
そう口にするゴンゾの目は、先程のシムカと正反対のものだった。
「あんたは逃げないのか?今にも逃げ出したいって顔をしてるぞ」
「逃げ出した所で我々には行くところもありません。この村でしか生きられないのです」
「だったら諦めんなよ!あんなに小さな女の子が諦めてねぇのに、村人全員死んだ様な目をするな!俺は逃げない、あいつが戦うって言ってるのに逃げられるか!」
俺の突然の怒声に、村人全員が驚きこちらを振り返る。
しかし、一番驚いていたのは自分だった。
ゴンゾの弱気な発言にイラついたのは確かだ。
だが、気持ちがわかるからこそイラついたのだ。
きっとこんな力を手にする前の自分なら、ゴンゾと同じ気持ちになっていただろうから…
だからこそ諦めないシムカを美しいと思った、助けてやりたいと。
そして今の俺にはその力がある。
きっかけこそ自分の失態を償う為に受けた依頼だったが、この瞬間何が何でも村を救うと心に誓ったのだった。
「冒険者の方、ヴァン様と言いましたか。ありがとうございます、目が覚めました。我々では戦う事は出来ませんが、最後まで諦めないと誓いましょう」
ゴンゾの言葉に村人が頷く。
その目は先程までのものではなく、強く光のある眼差しだった。