第7話~目覚めし者
十分程経った頃だろうか。
カウンターの奥から姿を現したエミリが俺を呼んだ。
「お待たせしました、こちらがヴァン様のギルドカードになります」
両手で大事そうに差し出されたカードは赤銅色に鈍く光っていた。
俺が手のひらをスッと差し出すとエミリはその上にそっとカードを置き、口を開く。
「ヴァン様は戦闘経験がお有りの様でしたのでウルフ級からのスタートとなります。カードの色についてですが、スライム級は黒鉄色、ウルフとゴーレムは赤銅色、ユニコーンとキマイラは白銀色で、ヒュドラとワイバーンが黄金色となります」
待ち時間に本来の落ち着きを取り戻したのか、先程とは違い職員らしい言葉遣いで説明を続けるエミリ。
俺としてはさっきまでの方が愛嬌があっていいのだが。
「なにか質問はありますか?」
説明に違和感があれば聞きたい事はいくらか出てきただろうが、その必要はなさそうだった。
ギルドカードの色に関してもゲームの通りだったからだ。
ゲームではこの後フェンリル級の白金、ドラゴン級の漆黒と続く。
「質問はないけど、ヴァン様はやめてほしいかな」
「え!?ですが、お客様ですので…」
どうすればいいかわからず困った顔をするエミリ。
このギルドは職員の教育がしっかりしている様だ。
「ヴァンでいいよ、俺もエミリって呼ぶし」
折角落ち着いていたエミリの頬が鮮やかに染まっていく。
現実世界では決して見ることが出来なかった女子の反応に、ヴァン自身を恨めしく思う。
「じゃ、じゃあヴァンさんで…?」
顔を赤らめたまま上目遣いで首をかしげてくるエミリ。
クソ…可愛い。
「あぁ、それでいいよ。それじゃ、用も済んだしそろそろ…」
言い切る前にカウンター奥の扉が勢いよく開かれた。
開いたドアが勢い良く壁にぶつかり、職員達の肩がビクっと揺れた。
中からは四人の男が出てきた、酷く慌てた様子だ。
先頭の体格のいい男と目が合うと、真っ直ぐこちらへ向かってきた。ギルバートだ。
他の三人も追随する。
「ヴァン!良かった、まだいてくれたか!」
エミリに現を抜かさずに、さっさと帰れば良かったと後悔した。
この雰囲気絶対に面倒事だ。
そんな俺の気持ちなどお構い無しに、ギルバートは続ける。
「時間が無いので単刀直入に言わせて貰う。ヴァン、君の力を貸してほしい。かなり面倒な事になった、ワイバーン以上の脅威だ」
後ろに控えていたギルド長も援護射撃を撃ってくる。
「本来であれば百人規模で当たる依頼だ。しかし、知っての通り冒険者ギルドは現在もぬけの殻と言ってもいい状態、出来る限りの礼はさせてもらうつもりだ。どうか、どうか力を貸してくれ」
深々と頭を下げる二人、それを見て慌てて残りの二人も頭を下げてくる。
先程大慌てでギルドへ入ってきた二人だ、ローブを纏っており風格は魔法使いのそれだ。
四人は頭を上げる気配がなく、埒が明かないのでこちらから切り出す。
「とりあえず頭は上げてくれ、恥ずかしい。依頼を受けるかは内容次第だ、さっさと説明を頼む」
ギルバートに頼んだつもりだったが、説明を始めたのはギルド長だった。
ギルドを通した依頼だから責任者であるギルド長が代表して、という事なのだろう。
「実はな、さっき分かったばかりの情報なんだが、今日の日中にハッパ草原近くの山が崩落したらしいんだ」
ん?
予想よりも鋭利な角度からの口撃に思わず冷汗が出てしまう。
俺は「へ、へぇ…」と誤魔化すが上手くできているか自信がない。
「それでだな、幸い崩落による死傷者は確認されなかったらしいんだが、その場所がまずかった。崩落した先にエメルの祠があったんだ」
良かった、あれで死者が出ていたとか言われてたら流石に寝覚めが悪いぞ。
異世界に来た当日に殺人犯は流石に笑えない。
最悪の展開を回避して少し冷静になった所で、エメルの祠というワードが頭に引っ掛かった。
聞いた事がある、だが喉元まで出かかっているがどういう場所だったかが思い出せない。
「エメルの祠?」
考えていても仕方がないので素直に聞き返した。
挙動不審な俺を不思議がっていたギルド長達であったが、俺が聞き返した事で続きを話し始める。
「エメルの祠とは、件の山を越えた麓にあるブール村という小さな村の近くにある祠だ。この祠は何十年も前から国が管理し、あるものの封印を行っていたのだ」
「あるもの?」
「アンデッドだ。その昔、リッチキングという災厄級のモンスターが現れたのだが、当時の国の精鋭を以てしても討伐するに至らず、なんとかして封印をかける事に成功したのだ」
リッチキングという言葉で出かかっていた記憶が呼び起こされる。
六~七年前だったか、メインストーリーの山場がこのリッチキング討伐だったのだ。
プレイヤーが一丸となって、何万ものアンデッド軍との死闘を繰り広げるという大イベントだった。そこで手に入るアイテムが滅茶苦茶に強力だったのだが、結局手にすることが出来ず、悔しくて歯噛みしていた記憶がある。
「それからというもの、魔力が途切れない様に定期的に国から呪術師が送られ、封印を続けていたのだが…此度の崩落で封印が解けてしまったらしい」
後ろのローブの男達は封印を続けるための使者だった訳か。
俺がそちらに目を向けると男の一人が会釈をして会話を引き継いだ。
「我々はクローブ国の軍に所属する者です。話に有った通り今朝から祠に行き魔力供給を行っていたのですが、急に全身に突き刺さる様な殺気を感じ、反射的にその場から逃げ出したのです」
頭が痛くなってきた。
きっと俺の黒剣から発せられたもので間違いないだろう。
「そして祠から離れた直後に轟音と共に激しい衝撃が周囲を覆いました。しばらくしてから慌てて祠に戻ったのですが、祠は崩落し、中の封印術式も使い物にならなくなっていたのです」
「新たに封印を上書きする事は出来ないのか?それにリッチキングが復活したなら既に近辺に大きな被害が出てるんじゃ…?」
「上書きはすぐには不可能です、当時の文献によると百人以上の上級魔法使い達が結集してようやく封印出来たとの事。今から人を集めるには余りにも時間が足りません。続けて、現時点での被害に関してですが、そちらは大丈夫だと思います、もちろん確証はありませんが…」
「その根拠は?」
「はい、リッチキングを含むアンデッドは基本的に夜しか行動を起こしません。ですから今はまだ動いていない可能性が高いと思います。そして、文献によるとリッチキングは人を恨んでいます。夜になって始めに向かうのは、最も近くにあるブール村である可能性が高いと思います」
安心した。
とりあえず既に村が壊滅している可能性は低い様だ、それならまだ間に合う。
ホっとした俺とは裏腹にギルド内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
冒険者達は頭を抱え職員も俯いてしまっている。
エミリは俺の事を泣きそうな目で見つめていた。
俺はエミリにそっと笑いかける。
「話は理解した。俺にやらせてくれ」
本当か!!と嬉しそうに声を上げるギルド長に、信じられない!!といった表情の職員達。
そんな表情をされても俺には断る事なんて出来ない、なにしろ原因は俺自身なのだ。
ストーリーの中で登場する以上いつかは封印は解かれていたのだろうが、少なくとも前兆があり、もっと万全の態勢で挑めるはずだったんだ。
とにかくここで逃げたら俺は災厄を呼び覚ました男になってしまう、まるで魔王だ。
「ワイバーンで行けば夜には間に合うのだろう?私も乗せていってくれ」
ギルバートが一歩前に出る。
「モンスター討伐は冒険者の領分じゃなかったのか?」
雰囲気を和ませる為に放った冗談だったのだが、ギルバートは将軍らしい顔つきのまま答える。
「先程までとは状況が違う、警戒レベルは既にワイバーンの比では無い。なにしろ伝説上のモンスターと戦うのだからな。当然伝令はとっくに国へ送っている。しばらくすれば大勢の援軍が来ることになるだろう。封印の準備も頼んである。私達の役目はあくまでも時間稼ぎだ」
「伝説上って数十年前に戦ったことがあるんだろ?」
「その通りだ、しかし当時を知る兵士や冒険者はほとんどが現役を退いている。私もまだ生まれていなかったぐらいだ。実際の脅威など肌で感じなければわからないだろう?」
確かにその通りだ。
俺はゲームで戦った事があるからってわかった気になっていたかもしれない。
俺が実際に戦ったモンスターなんてスライムとワイバーンだけだ。
この世界はゲームじゃない、死んだら終わりなんだ。
俺は気を引き締め直した。
「しかし、未知のモンスターと戦う訳では無い。私達には情報がある。まず一つ、リッチキングは眷属を生む、ワイトやグール等だ。そしてその数が尋常では無く、文献には何万ものアンデッドを生み出したと記録されている」
黙ってギルバートの話に耳を傾ける。
俺の知らない情報があるかも知れない、慢心はしない様にしっかりと確認しておく。
「二つ目に、これは当時リッチキングを倒せなかった原因でもあるのだが、リッチキングは何度倒しても復活するというのだ。原因は不明だが正攻法では倒せないと見ていい。時間稼ぎが役目と言ったのもこれが理由だ」
それに関しては心当たりがあった、恐らくリッチキングの持つあのアイテムが原因だろう。
「最後に三つ目だが、アンデッドには物理攻撃がほとんど効かない。上級剣士でもワイト一匹倒せなかったとの情報もある」
エミリがピクっと反応する。
無理もない、普通に聞いていれば絶望という言葉がぴったりの状況だ。
だが、俺にはこれも想定内だった。
正確にはアンデッドに効かない訳では無い、あくまで効きにくいだけ。
やりようはいくらでもあるし、本当に物理無効でも問題はないはずだ。
「話はわかった、急ごう」
ギルバートは俺を見て頷く。
ギルド長と呪術師達に見送られギルドから出ようとすると、部屋中に大声が反響した。
「ダメです!!行かないでっ!!!!」
声の主はエミリだった。
エミリは泣きそうになりながら俺を見つめている、強い眼差しだ。
俺はエミリの方へ戻ると出来るだけ優しく声をかけた。
「心配いらない。ブール村もこの町も、全部俺が守ってやる」
「そんな…!ダメです!だってヴァンさんは…」
エミリの言葉を遮るように頭をそっと撫でると、追いすがる様な眼差しに背を向け、俺達はギルドを後にした。
何事かとエミリを見つめるギルド長に対して、エミリは懇願する。
「ギルド長!!ヴァンさんを止めてください!!」
「落ち着くんだ、一体どうしたんだ?彼は無傷でワイバーンを倒す程の実力者だ、今は信じよう」
なんとか落ち着かせようとするものの、エミリは首を横に振る。
「ダメなんです…。ワイバーンが倒せる程強くても…だってヴァンさんは…!魔法が使えないから…!」
エミリからの衝撃の告白にギルド内は騒然とする。
無理もない。アンデッドの、それも王たるリッチキングを相手に魔法が使えないなど、死刑宣告以外の何物でもないのだ。
「それは本当なのか!?どうしてお前がそんな事を知ってるんだ?」
問い詰めるギルド長にエミリは一枚の紙を見せる。
それは先程の登録用紙だった。
「ヴァンさん、属性の加護が無いんです…。だから、私…!」
ギルド長が書類へと視線を落とす。
「なんてこった…、大変だ!すぐに行かねぇと!」
ギルド長は、慌てて出て行った二人の跡を追った。
投げ捨てた書類の属性欄には「無」の一文字が刻まれていた。