第4話~ワイバーンのバーン
俺は事故現場から二キロ程離れた所まで来ていた。
そう、あれは事故なんだ!仕方ない!と自分に言い聞かせておく。
「いや、流石に焦ったな…あれは予想外だろ」
そういいつつも冷静に、ゲームでの設定を考えてみる。
「確かにゲームではバカでかいドラゴンと戦ったりするわけだ、現実世界の感覚では倒せる訳ないよな。それにゲーム内ではやたらと山穿ちの〇〇とか、海割りの〇〇いう名前の武器も出てきたし」
そう考えればこの世界においては山を切るというのも特別な事ではないのかもしれない。
まぁ、山なんかを切るメリットがないし、単なる破壊行為な訳で許される訳では無いのだが。
さっきのスライムもそうだ、予想外の事に慌てたが序盤のモンスターに対して一撃でオーバーキルする事なんて、ゲームでは当たり前の事だ。
なんとなくこの世界のそういったバランスがわかってきた。
ただ、その気になれば山すら切れる力を持っているにも拘らず、俺の中で慢心という気持ちは無かった。
この世界は兎にも角にもアナライなのだ。
つまり、ゲームをプレイしていた時のパワーバランスがそのまま適応される可能性が高い。
俺はレベルはカンストしてるし、他人が持っていない様なレアアイテムもいくつか持っているので、1vs1のPvPならほとんど負けは無いだろう。これはおそらくこの世界でも同じだ。
しかし、狩りに関しては違う。
最新の高ランクダンジョンであればソロで安定して狩り続けるにはアイテムがぶ飲み必至だし、ボス戦ともなればパーティを組んだ上で一時間以上殴り合いというのもザラだ。
魔王クラスに出てこられたら手も足も出ないだろう。
そもそもこの世界の住人がNPCだけとは限らない。
俺と同じようにゲームを起動した人全員がこの世界に来られるなら、俺一人では大した活躍も出来ずに生涯を終えるだろう。
「とはいえユニークアイテムはやりすぎかな、戦闘の度に自然破壊はしたくないし」
俺は諸悪の根源である黒剣を腰から外し、アイテムポーチにしまった。
代わりに量産品の剣を取り出し、装備する。
「とりあえずはその辺りの確認の為にも町を探すか」
町に着いたら冒険者ギルドに行って情報収集しよう。
冒険者のギルドカードは持っているので余計な手続きも無くてラクだろうからな。
ちなみに商業ギルドには登録していない。
料理スキルや鍛冶スキル、錬金スキルもあるのでやろうと思えばできるのだが。
「とりあえず現在地がわかんないとどうしようもないよな」
アイテムポーチからワールドマップを取り出す。
「うわ、クローブ王国かよ。ここハッパ草原だったんだな」
この世界は、どでかい一つの大陸と小さな島々から成っていて、大陸のほとんどは四つの国によって統治されている。
西のスペーディア
東のクローブ
北のディーア
南のハーツ
中でも国土も国力も最小なのがクローブ王国だ。
ゲームでは序盤でお世話になっていた国で、初心者向けという理由から中盤以降来る事はあまり無かった。
それでも資源に恵まれた国なので、実際に暮らすのならまぁ悪くは無いのかもしれない。
「ここからならグリンかブール村か、まぁグリンだな」
村にはギルドがないし、記憶にもない村なのでそこそこの規模の町であるグリンに行く事にした。
この身体能力ならグリンまで走っても一時間ほどで着きそうだ。
俺は、軽くストレッチをしてグリンに向けて出発しようとしたのだが。
その矢先、甲高い耳をつんざく様な咆哮が聞こえた。
何事かと声の主を探していると、巨大な影が足元を覆う。
「上か!?」
俺はバックステップで地面を覆った影から逃れると、視界に一匹のモンスターが現れた。
五メートル程の身体に大きな翼を携えたそれは、バサッバサッと翼を揺らし目の前に着地した。ワイバーンだ。
「ワイバーンか!スライム以外のモンスターは初めて見るけど、すごい迫力だな」
初めて実際に見る大型のモンスターを前に、俺は少しの恐れとそれを塗り潰す程の大きな期待感を感じていた。
「そのまま倒してやってもいいけど…折角だし試してみるか」
俺の考えなどお構いなしに、ワイバーンは突進してくる。
あの巨体に、それと見合うだけの巨大な爪。いくら高いステータスを持った俺でも只では済まないかも知れない。
万が一があっても困るのでその突進を受けるのでは無く、躱す事にした。
サイドステップでひらりと躱し、そのまま上空へジャンプする。目的の為に剣は使わない。
「力加減が難しいからな、壊れてくれるなよ!」
俺はワイバーンの頭部へ落下していき、そのまま親が子を叱る時の様に、頭へゲンコツを食らわせた。
ゴンッッッ!!!
手加減したのだが、ワイバーンはものすごい勢いで叩きつけられ、地面に顔から激突した。
ビクンっ!と体を一度だけ震わせると、ワイバーンは動かなくなった。
俺は、ワイバーンの顔を覗き込む。
目をぐるぐると回し、デロンと舌を出したワイバーンの間抜けな顔を見て少し吹き出しそうになったのは内緒だ。
「よし!力加減完璧、成功だな」
とりあえずの第一関門は突破したので、そのまま次の工程に移る。
俺は、ワイバーンのおでこに手を当て、頭の中で魔法を唱えた。
――従属化!!
従属化とは、文字通りモンスターを使役する為の魔法だ。
無属性魔法に分類され、テイマーが最初に覚える魔法でもある。
例外はあるが、従属化の条件は基本的に二つ。
モンスターを自らの手で瀕死にする事。
モンスターの心を折り、自分が格上だと認識させること。
その上でモンスターの体の何処かに触れて魔力を流してやるのだ。
俺が従属化を唱えると、ワイバーンの巨体が一瞬光り、首元に首輪の様な物が現れた。
――上級回復!!
続けて回復魔法をかけてやる。
すると、先程まで気絶していたのが嘘のように元気になったワイバーンが目を覚まし、ベロンと俺の身体を舐めた。
「おい、汚いだろ!」
予想していない反応だったのか、ワイバーンはシュンっとして俺を見つめてくる。
こいつこんなキャラだったのか…。
若干戸惑いつつ、アイテムポーチから家の形をした手のひらサイズの小箱を取り出した。
小箱をワイバーンに翳すと、ワイバーンは吸い込まれるようにして消えてしまった。
「よし、成功だな」
思っていた通りの結果にニヤケてしまう。
やはりこの世界の法則はアナライそのものだ。
――召喚、バーン!
小箱を持ったまま唱えると、今吸い込まれて消えてしまったばかりのワイバーンが再び現れた。
「お前の名前はバーンな」
バーンの頭を撫でてやる。撫でられた事か、名前を付けてもらえた事かはわからないが嬉しそうだ。
ワイバーンだからバーン、ネーミングセンスが無いのは置いておこう。
「悪いけどグリンまで頼む」
気持ちよさそうに撫でられていたバーンは、まかせろ!と言う様に胸を張り、伏せのポーズを取る。
背中に跨るとブワ!と浮き上がりあっという間に周りが見渡せる程の高さになった。
「いい景色だ」
そう呟くのと同時に、無残にも真っ二つになった山が視界に入り、目を背けた。
「こら!バーン!なにやってんだ、さっさと出発しろ!」
何故怒られたかもわからずにグリンに向かって出発するバーンと、従魔に八つ当たりする大人気ない主人の姿がそこにはあった。
空にいるので他人に聞かれていなかったのがせめてもの救いである。
空中散歩を楽しみつつ、今後の事を考えているとあっという間にグリンに到着した。
門の近くに降ろしてもらい、バーンにお礼と聞こえないくらい小さな謝罪をし、ポーチから小箱を取り出す。
それをバーンに翳すと、吸い込まれるように消えてしまった。
町に向かおうと門の方に目を向けると、なにやら慌ただしい。
すごく慌てた様子で門番がなにやら中に向かって叫んでいる。
事件か?タイミング悪すぎだろ。
そんな事を考えながら門の前に来ると首元に槍を突き付けられた。