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第3話~異世界チートは力加減が難しい

 確認したい事とは、ズバリ戦闘能力だ。

 最高峰のステータスに伝説級の装備を纏っていても、中身は三十路間近のヒキニートである。

 格闘技なんて通信空手すらした事がないし、殴り合いなんてTVでしか見た事無い。


 正直不安だ…。


 強靭すぎる肉体を持っていても、動かし方がわからなければ意味がない。

 最強の剣を握っても、振り回して自分に刺せば一貫の終わりだ。


 まずは体に慣れないとな。


 徐々に体の感覚を掴む為に小走りで動き回ってみる事にした。

 一気に全力を出せば体を壊す謎の自信があった。

 ジョギング程度の力加減で走り出す。



 タッタッ…ガン!



「ぐぇっ!?」


 見事にズッコケた。三歩目で。

 顔面ダイレクト、現実世界なら鼻骨が折れて血が噴き出し、見るに堪えない顔をしていた事だろう。

 しかし、痛みはなかった。

 念の為鼻にも触れてみるが、ハリウッドスターの様な綺麗な鼻筋が出迎えてくれた。


「うーん、流石キャラメイク。理想的だな!」


 くだらない事を言いつつ、ステータスの力に感謝する。


 とは言え、これは困った。


 まさか戦闘どころか動き回る事すら出来ないとは。

 十年の引きこもり生活は伊達ではない。

 このままでは冒険者どころか要介護である。


 どうにかならないかと真剣に考え始めたが、すぐに答えが出た。


「これがあるんだったぜ」


 某国民的アニメよろしく、アイテムポーチを高々と掲げる。

 機能も然ることながら、中身の方も遜色ない。

 十年間集めに集めたアイテムが、これでもかとぶち込まれているのだ。

 難関ダンジョンの報酬、課金ガチャの景品、PvP大会の賞品etc...

 ほとんどがメインの装備やアイテムの下位互換だった為、一度も使わず放置していたものだが、王への献上品と比べても遜色無い物ばかりだ。


 俺は、ステータスのアイテム欄を開き、目当ての物を物色する。


「あったあった、これこれ」


 取り出したのは、六冊の分厚い本。

 重なった一番上の表紙には「ポンズ式戦闘指南書 其一」と書かれている。

 全五巻から成るこの本は、いわゆるお使いクエストで登場するアイテムで、最強の剣士を目指す三流NPCが、これを読む事で瞬く間に強くなり、一流の仲間入りをするというとんでもストーリーだった。

 クエスト達成後に手に入るのだが、必要無い物だったのでアイテムポーチに放置していた。

 ちなみにポンズというのはNPCで、侍の様な出で立ちの女剣士だったりする。

 PvPのトレーニングルームで教官役として登場するのだが、その強さは滅茶苦茶で、絶対に倒す事が出来ない相手だった。(トレモの案山子役なのだから倒せなくて当たり前なのだが)


「ゲームと同じ世界なら、こっちでもいけるはず…!」


 俺は本を開くのでは無く、使()()様に念じてみた。

 すると、体を温かい光が包み、本はそっと消えていった。


 予想通り、ゲーム内で集めたアイテムは文字通り使う事が出来る。

 これがこの世界全ての理なのか、俺が持っていたアイテムだけなのかはまだわからないが、ストーリーの中のNPCは読んでいたのだから、後者の可能性が高いだろう。


 俺は次々と本を手に取り、そして使っていった。


「ポンズ式戦闘指南書」を全て使い終えた俺は、六冊目の本に手を伸ばす。



「コミュ力アップ指南書~人付き合いはナメられたら終わり~」



 さっき本を物色している時に目についたので一緒に出しておいたものだ。

 タイトルが若干怪しいし、どういう経緯で入手したのかすらとっくに忘れてしまったが、使ってみる価値はあるだろう。

 なにしろ十年間ほとんど他人と接していない。

 自慢じゃないが誰かと目が合ったら確実に()()()()自信がある。


 俺は先程までと同じ要領で、この本を使った。



「ふぅ、そんじゃ改めて試してみるか」


 おもむろに立ち上がり、ズッコケた時と同じ速度で走ってみる。


「おぉ!速い!体が軽い!」


 どうやら上手くいった様だ、自分の身体とは思えない程身軽に動ける。


「こんなのはどうかな…っと!」


 身体を捻りながらアクロバティックな動きを試してみる。うん、完璧だ。

 この身体でオリンピックに出れば間違いなく金メダルだろう。


「ふぅ、こんなもんか」


 粗方動きを確認したので、立ち止まる。


 それにしてもさっきから独り言が多い気がする。

 決して考えてもない事を口にしている訳では無いのだが、口に出す程でも無い思考がつい出てしまうのだ。


「これあれか…?さっきの本…やっちまった…」


 どうやらさっきの怪しい本のせいだと気づき、少し後悔した。


「ま、人と喋れない方が問題だし仕方ないか、それよりも体が自由に動かせる事の方が重要だしな…っと!」


 十メートル程飛び上がり空中で捻りを数回入れて、螺旋の木の太い枝に着地する。


 楽しい。やっぱりこの世界に来られて良かった。

 そんな気持ちになりつつ辺りを見渡してみる。


 視線の先に最初に出会ったスライムがいた。

 どうやら同じ場所でずっとプルプルしていたらしい。


「よし、初戦闘行ってみるか」


 木から飛び降りてスライムの元まで走っていく。

 百メートルはありそうな距離だったが二秒もかからずに到着した。


「本気出したらどうなるんだこれ」


 ハハッ、と苦笑して、目の前の敵に集中する事にした。


 スライムはこちらが離れていると一切追いかけてこないが、一定の距離まで近づくと体当たりをしてきた。



 コツンッ!



 目が覚めた時太ももに感じたのと同じだ。

 あれは体当たりだったのか。

 どうやら手を抜いている訳では無い体当たりを受けて、改めてステータスの高さを感じる。

 この攻撃だって生身の一般人が受ければ打撲や内出血は免れないだろう。


「防御が高いのはわかった、となると攻撃は…」


 スライムとの実力差を肌で感じ、剣や拳で攻撃してしまうと一瞬で片が付きそうだったので、手加減する事にした。


 中指を折り曲げ、親指をその上に被せていく。

 デコピンの形だ。


 正直デコピンでも一撃で倒してしまう予感はしたが、何メートル吹っ飛ぶか興味があったので全力でやってみる事にした。


「よーし、行くぞー。3,2,1」




 パァァァァァァァァァァン!!!!




「え?」


 冷汗が出た。

 風船が破裂した時の様な爆音が鳴ったかと思うと、スライムは目の前から跡形もなく()()()()()


「マジか…」


 嫌なものを見た気分だ。

 幸いにもあまりの速さで粉々に弾け飛んだ為、その瞬間は見ずに済んだ。

 残骸らしきものも一切見当たらない。


 でも、想像するとなんかこう…


「ま、まぁ!気を取り直そう!次だ次!」


 気合を入れ直して次の検証をする事にした。

 ズバリ魔法だ。


 周りには木と草しかないので、いい的を探す為思い切り跳び上がった。


 周囲一帯を俯瞰できる程の高さまで跳び上がり、辺りをきょろきょろと見渡す。

 目当ての物が見つかったので着地と同時にその方向へ駆け出した。



「よーし、到着」


 見つけたのは二つの岩だった。

 一辺五メートルはあろうかという巨大な大岩。

 その後ろには山があり、土砂災害の名残なのか、崖の様になった部分がこちらを向いている。

 高さは二十メートルはありそうだ。


 俺は少し距離を取り、岩と向き合う。


「何属性で行くべきか…」


 さっきみたいに加減を間違えて一帯を焼き尽くしたらまずいので、火属性はダメだ。

 水属性はどちらかと言えば単純火力に乏しいし、消去法で風かな。


 俺は手を岩の方に(かざ)し、初級魔法である風の刃(ウインドカッター)を唱える。


 シュッ!という風切り音と共に打ち出された刃は、大岩の一つに深い傷跡をつけた。

 岩の近くまで寄って傷口を確かめてみる。

 ぐるっと横に回ると五メートル近い大岩の約七割が切断されていた。


「初期魔法だしこんなもんか、それよりも問題なく魔法が使えた事がでかいな」


 先程の戦闘指南書のおかげなのか、この世界に来た時からなのかはわからずじまいだが、魔法の使い方を体が覚えているような感覚だった。

 他の魔法も問題無いだろう。


 確認を終えたのでおもむろに拳を構える。

 切断されかけていた大岩を思いっきり殴ると、轟音と共にそれは粉々に砕け散った。


「やっぱり生身の方が強いのか…」


 苦笑しつつ二つ目の大岩を見る。


 最後のテストだ。


 俺は大岩の前まで移動し、腰元から剣を抜いた。


 剣に魔力を流し込む。

 すると刀身が妖しく光を帯びていく。

 そこから発せられる尋常では無い()の様な物が爆発的に拡散する。

 危険な臭いを感じ取ったのか、周囲一帯から生物の気配が消えていくのを感じた。


 俺は剣を構えると、気合を入れて大岩を袈裟切りにした。




 ヒュッッ!




 その瞬間、今までとは比較にならない地鳴りのような音と共に大地が震えた。


 俺は、その光景を目の当たりにし、後悔と自責の念にかられていたのだった。


 大岩は自らが切られた事に気が付いていないかの様に見事に切断されていた。

 それだけで済めば良かったのだが、振り切った勢いは一切衰えなかった。

 そのまま剣先から衝撃波が放たれ、大岩の奥にある崖を山ごと寸断していたのだ。


「やっべ…」


 冷汗が止まらない。これはまずい、ゲームの世界とはいえ只事では無い事くらいはわかる。


 治まる気配の無い地鳴りを背にして、俺は逃げるようにその場を後にするのだった。

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