第25話~戦狼族の侍
グリンを出発して三日ほど経っただろうか。
俺達は相変わらず、のんびりと街道を進んでいた。
「いい天気だねー。昨日は急に雨が降り出してどうなるかと思っちゃったよー」
シムカはそう言いながらクッションにもたれ掛かると、馬車の中で寝転んだ。
「こうして快適な旅が出来るのもマスターのおかげです。アンシェは幸せです」
馬車の操縦をしながらアンシェはこちらを振り向き微笑む。
「ほーんとヴァンの魔法って便利だよねー!雨にも濡れないし夜はふかふかなベッドで眠れるしさ!」
「過酷な旅になる事がわかってたら、馬車での移動なんて許可してないっての」
「えへへ、ありがとー」
二人が言う様に、馬車での旅は至極快適だ。
雨には水魔法のウォーターバリアを使った。
名前の通り薄い水の膜を張る魔法なのだが、試しに使ってみたら雨粒一つ通す事は無かった。
魔力消費もほとんど無いような初級魔法だったが、いい使い道が出来たと思う。
夜にはポーチに仕舞ってあった仮設住宅を使った。
仮設住宅とはいえ、立派な二階建ての一軒家で風呂やトイレもついている。
トラブルも旅の醍醐味だと言うが、快適に越した事はない。
変化が無いのは善か悪か?という問いに、俺なら迷う事無く善と答えるだろう。
ただ、そんな旅の中でも一つ変化があった。この変化に関しては善と言っていいだろう。
「シムカはいつまでそうやってデレデレとしてるつもり?マスターが嫌がってるのがわからないのかしら?」
「デ、デレデレなんてしてないし!てゆーかアンシェにだけは言われたくないよ!!」
「私は特別だからいいのよ。マスターのお墨付きなのだから」
「ちょっとヴァン!お墨付きってどうゆう事ー!?いつの間にそんなやり取りしてたのさ?」
この旅で二人はだいぶ打ち解けたらしい。
素直な性格のシムカと空気の読めるアンシェは、案外気が合ったみたいだ。
正直二人のやり取りにはヒヤヒヤする場面もあったのでこの変化は嬉しかった。
それと、当たり前だがお墨付きなど与えた覚えは無い。
「なぁ、王都へ行ってやる事が済んだらどうする?なんの当ても無く旅をする訳にも行かないだろ」
話を逸らす為に、前々から考えていた事をぶつけてみた。
この世界に来られたのはいいが目標が無いのは流石につまらない。
一人でも色々と考えてみたが二人の意見も聞いてみたかった。
「えー、当ても無くこうやって旅するのも楽しいと思うけどなー。あたし達なら冒険者業だけでも稼いでいけるしさ」
「馬鹿を言わないで。マスター程の偉大な方が、なんの偉業も成しえないままで良いはずがないでしょう」
「じゃあアンシェはなんかいい案あるの?あ、あたしはお金は沢山稼ぎたいかも……」
「はぁ……お金を稼ぐだけならマスターにとっては朝飯前よ。もう少し発想力を鍛えなさい」
「今のはあたし自身の希望を言っただけ!で?そこまで言うなら考えがあるの?」
「ちょ……ちょっと待て!」
黙って聞いていたが流石に口を挟まざるを得ない。
アンシェは美しいメイド姿をしているが、その中身は古龍だ。
そんな奴が偉業と言う程の事なんて絶対に普通じゃない。
「マスター、私はマスターに相応しい素敵な案を持っています。聞いていただけますか?」
アンシェはキラキラとした瞳でこちらを見つめている。
「聞かなくても大体わかる。どうせ魔王を倒すとか、国を作るとか言い出すつもりだろ……?」
「ま、魔王……!?それに国って……」
自分の想像の遥か上だった様でシムカは口をポカンと開けている。
そんなシムカと俺を交互に見ると、アンシェはフフっと笑った。
「そういう謙虚な所も素敵ですが、あまり謙遜しないで下さい。マスターにそんな些事は相応しくありません」
「建国が些事だって言うなら、お前の考えはなんなんだよ……?」
「マスターには神になっていただきます」
「は……?神?」
想像の上を行かれたので、今度は俺の口がポカンと開いてしまった。
この世界に神というものが実在するのかは定かでは無いが、どちらにせよ俺の能力を以てしても神になるなんて不可能だ。
「はい、神です。正確には全てを統べる者となっていただきます」
なるほど、どうやら神というのは比喩表現の様だ。
それが分かっただけで少しホッとした。
「具体的には?」
「はい、文字通り全てを手に入れるのです。この世界全ての富、全人類の名声、そして世界の全ての領土です」
せっかくホッとしたのが無駄になった。
いくらなんでもめちゃくちゃ言ってやがる。
「流石にそれは無理があるだろ……。それに俺は神を名乗る程の器じゃない」
能力ならいざ知らず、中身は神どころかゴミだ。人の上に立っていい人間じゃ無いのは自分でわかってる。
「また謙遜するのですね、私にとってマスターは既に神を超えた存在ですよ」
「確かに!村の皆もヴァンの事フォルス様って呼んでた……!」
だんまりだったシムカまで話に乗ってきた。
こういう時に限って仲良しを発揮しやがる。
「とにかく!この話は保留にするぞ、大体まだ村一つ救っただけだ。いくら何でも気が早すぎる、当面はもう少し小さい目標にするからな」
却下にすると面倒そうなので保留にしておく事にした。
「はいはい!小さい目標ならお金稼ぎでもいいよね?王都で依頼たくさん受けようよ!」
前のめりで提案してくるシムカだったが、俺は首を横に振った。
「いや、金稼ぎはしない。する必要が無いからな」
「する必要が無いってどうゆう事?」
「まぁそのうち分かる、楽しみにしてな」
シムカが金を欲しがる理由はわかる。
確実とは言えないが、王都に行けば恐らく解決するはずだ。
「えー!気になるよー。もったいぶらないで教えてよー」
「ちょっとシムカ!マスターから離れなさい!」
暫くしつこく粘ってきたシムカだったが、アンシェのおかげで大人しくなった。
別に隠し事をしたい訳じゃ無いが、確実じゃない以上変に期待させる事はしたくない。
それから少し進んだところで、アンシェがピクっと反応する。モンスターを察知した時の動きだ。
「マスター、前方にメタルフォックスの群れです。数は百を超えている様です、排除してきてもよろしいでしょうか?」
「いや、数が多すぎて一匹ずつ仕留めてると面倒だ。引き付けて馬車を囲んできた所で一掃しよう」
「わかりました。では、このまま前進します」
五分程進むとアンシェの言った通り、大量のメタルフォックスが現れた。
メタルフォックスは名前の通り鋼鉄の様な見た目をしている。
その正体はびっしりと全身に纏ったウロコで、物理耐性があり硬いのが特徴だ。
メタルフォックス達は統率が取れている様で、じりじりと馬車を囲む様ににじり寄ってくる。
「それでは纏めて排除します」
「あたしにも手伝わせて、どれくらい強くなったか試したいからさ!」
二人が馬車から降りようとした瞬間、突風が吹き荒れた。
「わっ!な、なに!?」
シムカの動揺をよそに、メタルフォックスが次々と血しぶきをあげて倒れていく。
よく見れば、風と共に人の様なものが移動していた。
「マスター」
「いや、待て。このまま待機だ」
暫くすると馬車の周りには、メタルフォックスの無数の屍が積みあがっていた。
突風が収まると、その中心から先程の正体が姿を現す。
「ふむ、怪我は無いか?」
現れた男がこちらへ向き直る。
「狼……?」
「侍……?」
そこに立っていたのは全身がモコモコの毛に包まれた男だった。
顔も体も人間とはかけ離れており、完全に狼の姿である。
普通の狼と違う所と言えば、人語を喋り二足歩行をしていて侍の甲冑を身に纏っている事だ。
「狼人種ですか、余計な事をしてくれましたね」
アンシェが狼男を睨みつける。
「おっと、余計なお世話だったか。てっきり主らが襲われてると思ったんだがな、それは失礼した」
狼男は深々と頭を下げた。
「いや助かったよ、頭をあげてくれ。そいつは気性が荒いんだ、悪いな」
必要無かったとはいえ、わざわざ助けてくれた相手に頭まで下げられたら申し訳ない。
「そうか、もしかして主らの飼い犬を斬ってしまったのかと一瞬肝を冷やしたぞ。某はサグという者だ、狼人種の中でも戦に秀でた戦狼族だ」
男はカカカっと笑い、自らを戦狼族のサグと名乗った。
あれだけの数のメタルフォックスを刀一本で屠ったんだ、自分で戦に秀でてると言うのもわからんでも無い。
「俺はヴァン、こっちのちっこいのがシムカででかいのがアンシェだ」
紹介されたシムカはペコっと頭を下げる。
アンシェも渋々といった感じで会釈をした。
「ヴァンにシムカ、アンシェか。この辺りの者ならば狼人種を見るのは珍しかろう」
「狼人種どころか他人種を見たのは初めてだ、この辺りはヒューマンしかいないからな」
アナライには様々な人種が登場するが、序盤の国であるクローブ周辺にはほとんどヒューマンしかいなかった。
「カカカ!そうかそうか。かくいう某もヒューマンを見る機会は余り無いからな、人の事は言えんわ」
「って事はこの辺りの者じゃない訳だ。こんなところで何をしてたんだ?」
「そうだそうだこんなところで……あ゛!!いかん!!忘れておった!!」
俺の問いかけにサグは突然慌てだす。
「どうしたんだ?」
「す、すまん!急いでおったのだ!今日中に王都まで行かねばならん!では、失礼する!!」
「おい、急いでるんなら俺が……」
言い終える前にサグは突風の様に消えてしまった。
「なんだったんだろ……変なの」
「まぁ悪い奴じゃ無さそうだ。王都に行くならまた会うかもな」
「いつまでも獣の事を考えていても時間の無駄です、そろそろ出発しましょう」
アンシェの言葉で、俺達は再び王都へと進みだしたのだった。
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