第21話~ワイバーンとハイドラ
冒険者ギルドに入ると、ギルド内は賑わっていた。
ワイバーン討伐に駆り出されていた冒険者達が戻ってきたのが理由だろう。
ガヤガヤとした喧騒の中から時々リッチキングという単語が聞こえてくる。ギルド内でも話題になっている様だ。
俺達は真っ直ぐカウンターへと向かう。
冒険者達の視線をいくつも感じたのは、ミスリルの剣とシムカの風貌が原因だろうか。
「ギルド長に用事があるんだが」
「あなたはあの時の…!お、お待ちください!!」
カウンターの女性はエミリでは無かったが、前回来た時に顔を覚えられていた様だ。
しばらく待っているとギルド長が現れた。
「ヴァン!戻ってたのか!こっちだ、ついてきてくれ」
ギルド長のよく通る大声で、ギルド中の視線が集中する。
俺は逃げる様に案内された別室へと向かった。
「そこに座ってくれ、それで今日は何の用だ?」
ソファーへ座るように促され、シムカと並んで腰を下ろす。
その対面に、図体のでかいギルド長がドカっと勢いよく腰かけた。
「冗談のつもりか?調子に乗ってるとここら一帯更地にするぞ?」
「おいおい、冗談に決まってんだろ!物騒な事考えるなよ!」
こっちこそ冗談のつもりだったんだが伝わらなかった様だ。
シムカがこっちを信じられないといった顔で見ている、お前もか。
「それで、報酬の用意は出来てるのか?」
そう言うとギルド長は立ち上がり、デスクの引き出しから箱を取り出して戻ってきた。
目の前に置かれた箱が、ゆっくりと開けられる。
「まずはワイバーンの討伐報酬だ。だが、これについては申し訳ない」
開かれた箱には、箱の大きさに見合わない金貨が三枚並べられていた。
どうやらこの金貨三枚が報酬の様だ。
「金貨三枚?俺としては大した事はしてないから十分だが、あれだけの数の冒険者を雇う程の依頼だったんだろ?相場よりも少ないのはなんでだ?」
相場なんてさっぱりわからないが、ギルド長の口ぶりから少ないのだと予想して聞いてみる。
「まさに大量の冒険者を雇った事が原因だ。これを見てくれ」
ギルド長は一枚の紙を取り出した。ワイバーン討伐の依頼書だ。
俺が依頼書に目を通していると、ギルド長が続ける。
「その依頼書にある様に、冒険者は依頼を受けた時点で銀貨十枚が報酬として貰える事になってたんだ。その上で、討伐に直接貢献した者で金貨三枚を分配する、まぁ追加報酬ってやつだな」
つまり今ここにある金貨三枚がその追加報酬ってわけだ。
強いモンスターが出現しない事から冒険者のレベルも低いこの町で、なぜこぞってワイバーン討伐に向かったのかがこれでわかった。
低ランク冒険者にとって銀貨十枚は大金だ。ギルドとしてはとにかく一人でも多くの冒険者を使ってワイバーンを討伐したかったのだろう。
「なるほどな、俺が貰うべき報酬がただピクニックに行っただけの奴らに丸々取られたわけだ」
「そういう事になるな、始めからお前が片付けてくれると分かっていればこんな事にはならなかったんだが…」
ギルド長は申し訳なさそうにしているが、これに関してはしょうがない。
依頼が出された時点で俺はこの町どころかこの世界にすらいなかったんだ。
倒したから全額寄こせというのはヤクザの言い分だ。
「まぁ金には困ってないから気にすんな」
「そう言ってくれると助かる」
「ただ、その話だと銀貨が十枚足りないな」
「金には困ってないんじゃなかったのか!?」
「それとこれとは別だ、貰う権利がある物まで放棄する程馬鹿じゃない」
ギルド長は渋々と言った顔で銀貨十枚を取り出した。
「それで、本題のリッチキングの報酬の件なんだが…これも少し面倒でな…」
ギルド長は言いづらそうにしながら、頬の傷を撫でている。
「どうせ今すぐに支払えないって話だろ?」
「あぁ、そうなんだ。普通であれば管轄内での出来事はそのギルドだけで完結するんだが、リッチキングとなるとそうは行かない。国全体に危険が及ぶからな。必然的にギルド本部からの依頼って事になるわけだ」
ギルド本部。王都にある冒険者ギルドでクローブ王国の全冒険者を管理している場所だ。
「わざわざ俺が王都まで取りに行かなきゃいけないのか?」
「必ずしもそうじゃないが、取りに行く方が面倒なやり取りも少なくなって何倍も楽だろうな」
王都からはどうせ呼び出しがかかるんだ、取りに行った方が良さそうだな。
それよりも本命は…
「報酬に関してはわかった、それでいい。それよりも聞きたい事がある」
「聞きたい事?」
「あぁ、今回の依頼達成で俺の冒険者ランクはどうなる?」
冒険者ランクは実力の証明だ、上がれば上がる程良い。
だが、強ければすぐにランクが上がるわけじゃない。上のランクに行く程、強さ以外の条件が重要になってくる。
依頼の達成数であったり、特定の特別な依頼の達成などがその一例だ。簡単な話が一朝一夕では高ランクには絶対になれないのだ。
だからこそ俺はこのチャンスを逃すつもりは無かった。
「冒険者ランクか…うーん、正直難しいところだな…俺の一存では決められない部分も多い」
そりゃそうだろう、一介のギルド長に権限があるのなら、自分の町の発展の為にワイバーン級の冒険者がそこかしこに溢れる事になる。
強い冒険者が多い町というのは町民にとっても安心だし、冒険者にとっても魅力的だからな。
「単刀直入に言うぞ、俺をワイバーン級にしてほしい。こっちのシムカは、そうだな…ハイドラ級にしてくれ」
ギルド長が固まる。
「いや、ちょっと待ってくれ…わかるんだが…話は聞いてたか?俺一人には決められないんだよ」
明らかに困っているギルド長。簡単に突っぱねないのは、俺が明らかにワイバーン級の実力があると認めているからに他ならない。
「確かそのランクのモンスターをパーティ討伐できるかが実力の基準なんだろ?実際にワイバーンをソロで片付けたんだ。誰も文句は無いだろう」
「いやだから、してやりたいのは山々なんだが…」
「わかった、してくれないなら構わない。その代わり今後一切冒険者ギルドとの関わり合いは避けさせてもらう。王への謁見もキャンセルだな」
半分は脅しだが、半分は本音だ。
金に困ってない以上無理に冒険者を続ける理由は無い。生きる術なんていくらでもあるのだ。
「ちょっと待ってくれ!それは困る…!!出来る限り協力はするから堪えてくれないか…」
ギルド本部と俺に板挟みになったギルド長が少し可哀想になってきたが、ここを逃すとワイバーン級が遥か遠くなるので仕方ない。ギルド長には犠牲になってもらおう。
「悪いけどこの後用事があるんだ、今すぐどうするか決めてくれ」
「…わかった!わかったよ!お前のワイバーン級への昇格は約束する!だが、嬢ちゃんのハイドラ級ってのは無理がある。嬢ちゃんは今何ランクなんだ?」
とりあえず言質は取れた。
あとはシムカか。
「こいつはブール村出身だぞ?ギルドに登録も済んでない。あぁ、そうそう、今日は登録もするつもりで来たんだった」
わざとらしく言ってみせる。
ギルド長は呆気に取られ、口をポカンと開けている。
しばらくすると吹っ切れたのか大声で捲し立て始めた。
「ぼ、冒険者でもない奴をハイドラ級にしろだなんて無理に決まってるだろ!第一実力もわからない者をランクアップさせるなんて問題行為だぞ!」
シムカは自分のせいで怒らせてしまったと思ったのか、申し訳なさそうにそわそわしている。
「シムカはアンデッドを物理攻撃で一万体以上撃破したんだぞ?レベルは60オーバー、職業ランクは4だ。十分資格有だと思うが?」
それだけ倒せたのは俺のバフのおかげだし、職業ランクはまだ3だがこれくらいの嘘は許容範囲だろう。
「今言った事は本当か…!?とても信じられん…」
「俺がわざわざスカウトしてまで連れてきた逸材だぞ?確かに、言われてみればハイドラ級じゃ合わないな…やっぱりワイバーン…」
「わかったわかった!!ハイドラ級な!!俺に任せろ!!」
食い気味で了承するギルド長。
その顔は今にも泣きそうだった。
用事は済んだのでギルド長を置いて部屋を後にする。
ユニコーン級までのカードは即時発行できるという事だったので、二人分作ってもらう事にした。
発行を待っていると、なにやら騒がしい連中が目についた。
連中は三人組で、周りの冒険者達より数段良い防具を身に纏っている。
ランクが高いのだろうか、周りを威嚇し威張り散らし、チンピラという言葉がぴったりの印象だ。
ああいう手合いには絶対に関わりたくない。百害あって一利無しだ。
幸い俺の見た目は駆け出し冒険者といった感じでは無い。
よっぽどの間抜けじゃなきゃ絡んでくる事は無いだろう。
「リッチキングを討伐した奴がいるって聞いて来てみれば、なんだぁ~!?ここの雑魚どもは?どいつもこいつもブロンズランクのド素人ばっかじゃねえか!ハハハ!」
馬鹿がギルド中に聞こえる様に煽っている。
周りの冒険者達は悔しそうに歯噛みしながらも、係わらないように下を向いていた。
職員ですらも相手が悪いと言った感じで見て見ぬふりだ。どうやらただのチンピラでは無いらしい。
「おいおい!見ろよ!あんな子供まで冒険者やってんのか?どんだけレベル低いんだよ!この町はよぉ」
男の一人がこちらを指差し笑っている。
俺じゃなくシムカが目を付けられたらしい。最悪だ。
男達はへらへらと笑いながらこちらへと近づいてきた。
「おいおい見ろよ!このガキめちゃくちゃでけぇ乳してやがる!たまんねぇ!!」
「お姉ちゃん何歳~?ちょっとついて来てもらえるかな~?」
「お前ら何チラチラ見てやがる!俺らは『闇夜ノ鴉』だぞ!次見たやつはぶっ殺す!」
好き放題の三人組。こんな時にギルド長は何をやっているのか。
シムカを見ると今にも爆発寸前と言った感じだ。拳を握りプルプルと震えている。
シムカの手がアイテムポーチへかかったところで制止した。
「やめとけ、行くぞ」
俺はシムカの手を引き出口へと向かった。
「あれれ~どこ行くのかな~?」
「この銀髪野郎『闇夜ノ鴉』の名前を聞いてビビったらしい」
「はい、ストォ~ップ!そこの二人逃げれるとでも思ってんのか?」
しつこく絡んでくる三人。
俺達が建物の外に出た瞬間、男の一人が殴りかかってきたのだった。




