第2話~異世界に転移したようです
その瞬間、視界が奪われた。
正確にはモニターから発せられた光が部屋中を埋め尽くし、眩しさのあまり目を閉じていた。
「な、なんだ!?眩しっ…」
全て言い終わる前に、俺は意識を失った。
コツンッ!コツンッ!
「うっ…ん」
コツンッ!コツンッ!
「ん…なんだぁ?」
太ももに何かが当たる感触で、俺は意識を取り戻した。
直前の記憶を手繰り寄せつつ、ゆっくりと瞼を開いていく。
「え…と…外?」
目を開くと視界に空が広がった。
雲一つない晴天に燦々と照らす太陽。
視界の端々に生える木々と背中の感触から、草原の様な場所だとわかった。
確か俺は…そうだ!アナライが起動できて…それをプレイしようとして…そしたら眩しい光が…。
徐々に記憶が呼び起こされていくが、点と点は繋がらない。
なぜ部屋にいたはずなのに、草原で倒れているのか。
ボーっとする頭ではなにも答えは出ないし、考えること自体が難しい。
体を動かすのも億劫になる。
コツンッ!
太ももに何かが当たる。
そうだった、この感触で目を覚ましたんだ。
指一本すら動かしたくない気分の中で、気合を入れて首を持ち上げる。
視界が、太ももの横のそれを捉えるのとほぼ同時に、体中に血液が巡る感覚が走った。
「うっうあああああ!!?」
寝ている時に頬にさわさわと当たる物の正体が、ゴ〇ブリの触覚だと気づいた瞬間の様な感覚。
一瞬で覚醒した脳みそは、自然と退避の命令を脚に出していた。
後方に飛び退きながらも視界は逸らさない。
なんだあれ…キモっ…
そんな第一印象を抱きつつ、今度は別領域から驚きが押し寄せた。
「って…ちょっ止ま…!!」
傍から見たら恥ずかしい態勢で着地する。
小さな子供に飛行機をしてあげる様なポーズが、そもそも着地と呼ぶかは怪しいが、地に着いたのは確かだ。
「いや!飛びすぎだろ!」
思わずツッコミを入れてしまった。
「っていうか、さっきのアレ…やっぱスライムだよな?」
スライムだと認識したそれは、離れたことで豆粒サイズになっていた。
五十メートルは離れているであろうこの場所からでも、プルプルと揺れているのがわかる。
周りを見渡し、他に得体の知れないものがないのを確認しつつ冷静になってみる。
あそこにいるのはやっぱりスライムだ…超序盤でしか狩り対象にならないから十年近く倒してないけど、オープニング画面で毎回見るし、テイマーがたまに連れてるのを見てたから間違いないはず。
そんで俺の恰好、こっちは間違いようが無いだろ…「ヴァン」の装備一式だ。
おもむろに腰元の剣を抜き、刀身をのぞき込む。
おいおい、顔までヴァンじゃないか。
それにさっきの跳躍、どう考えても人間業じゃない…
これってやっぱり…アナライの世界だよな…ゲームを始めるつもりがゲームの世界に入っちゃったのか?
夢を見ている、という考えは無かった。
元々夢を意識して見る事なんてほとんど無かったし、何よりも肌で感じる日差しや草の匂いがリアルである事を証明していた。
「すげぇ、すげぇよ!」
現実世界に戻りたいなんて気持ちは少しも無かった。
人としての普通の生活を捨て、十年も夢中になっていた世界。
恋焦がれていたのだ、戻れと言われても戻ってなどやる訳が無い。
溢れ出す興奮をなんとか抑えて更に考える。
そういえば、さっき見た太陽。なんかでかいと思ったんだよなぁ。
周りに生えてる木も、よく見たら螺旋みたいに生えてる、あんなの現実で見たことない。
やっぱり間違いなくゲームの世界に来たんだな!っとなると…
頭の中で念じてみる。
――情報開示
「出来た!すげえ!」
眼前にステータスが表示される。
半透明の板の様な物に記されていて視界が塞がらない親切設計だ。
目を閉じてみても表示が消えない事から、実際に視界に映っているのではなく脳で直接認識しているようだ。
おそらく他人からは見えないものだろう。
もちろん確証はないのだが、ゲームでは専用のアイテムかスキルを使わなければ他人の細かいステータスを見る事は出来なかったので自信はある。
次に、能力に目を通していく。
Lv470
このレベルが十年間を物語っている。なぜ470という中途半端な数字で止まっているかというと、この数字までしか実装されていなかったからだ。
つまり470というのは最高レベルである。
王都の大神殿にあるランキングボードで最後に確認したところ、レベル470のユーザーは53人しかいなかったのを覚えている。
最盛期にはアクティブユーザーが100万を超える大人気ゲームでたったの53人、これがどれだけすごい事かは言うまでもないだろう。(仕事もせず十年間も画面に張り付いていただけなので決して褒められるものではないのだが)
余談だが、強くなっていくに連れレベルの差の持つ意味合いは大きくなってくる。
レベル460と470の差は、レベル50と100の差と同じかそれ以上だ。
色々な要因はあるのだが、一番の要因は10レベルごとのボーナスだろう。
レベル10で戦闘職に就くことが可能となり、20で範囲魔法の習得が可能になる。
といったように、10レベルごとに決まった恩恵があるのだが、序盤が冒険者としての基本を抑える為のボーナスなのに対し、後半に行くほど重要なボーナスが増えてくるのだ。
新属性魔法の習得、無属性魔法を用いた自分専用の奥義の習得、選択した属性の魔力倍加などが代表例だ。
また、100レベルごとのいわゆる「キリ番」も恩恵が大きく、レベル100のボーナスは全基礎値1.2倍という強力なものだった。
職業:覇龍騎士
「あー懐かしいな、そういえば最後の方は覇龍剣士だったっけ」
職業欄に目をやりながら呟く。
アナライの世界では職業は神殿で気軽に変更する事が出来た為、一つの道を極める者は少なく、様々な職業を少しずつ網羅していく方法が一般的だった。
職業にはランクというものがあり、上位の職業に就くためには下位の職業をマスターしていなければならない。
ランク1である魔法見習いの熟練度を最大まであげると次のランクである魔法使いに転職可能、といった具合だ。
後半の職業になる程その他の条件が追加されていき、先程のレベルボーナスもその条件の一つだった。
覇龍剣士とは、剣士系ランク8の職業だ。
ランク9実装前にサービス終了したため、実質最高ランクである。
剣士見習いから始まり
剣士
上級剣士
騎士
上級騎士
竜騎士
龍騎士
覇龍剣士と続く。
もちろん途中には派生が蟻の巣の様に広がっていて、上級剣士からの魔剣士だったり、上級騎士からのビーストライダー等が挙げられる。
龍騎士からの派生は「覇龍騎士」と「覇龍剣士」があったのだが、迷わず剣士を選んだ。
元々メイン武器がロングソードだったのもあり、槍適正最高峰の騎士よりも剣適正に優れた剣士にしたという理由もあるが、一番の理由はそこではなかった。
覇龍騎士は文字通り騎士なので、龍の背に乗りながら戦うのだが、覇龍剣士は戦闘において龍には騎乗しない。
オートで動く龍を召喚し、相棒の様に共に戦うのだ。
これはテイマー系全般に言える事なのだが、この戦闘スタイルにはデメリットがある。
龍が止めを刺してしまった分の経験値が龍自身に入るため、プレイヤーのレベルが上がりづらいのだ。
そのせいでテイマーは不人気職業なのだが、レベルがカンストした状態では関係ない。
俺は、戦闘をサボれるというくだらない理由で覇龍剣士となり、龍に全ての戦闘を任せ、チャットを楽しむというスタイルを取っていた。
不人気職業だったテイマーにこんなメリットが!と、一瞬流行りかけた手法だが、テイムしている従魔が強くないと真似出来ない為、結局最後まで流行る事は無かった。
その後も、基礎値やズラリと並ぶスキルに大量の所持品の数々を見ていく。
アイテムの中には家一軒まるごと、なんてものもあったりする。
ダンジョンアタック中でもセーブや回復をする為のアイテムだ。
そんな大きな物の持ち運びを可能にしているのが「時空間属性魔法」通称時魔法である。
時魔法習得者であれば、何もない空間を別空間に繋げることが出来る上、アイテムポーチに魔力を込める事で、アイテムポーチ自体を改造することが出来る。
これにより、時魔法を習得していない者でも大量の物資を持ち運ぶ事が出来るため、生活必需品といっても差し支えないだろう。
アイテムポーチの容量は、製作者のスキルの練度等によって変わるのだが、普通の商店で売っている平均的なもので四畳一間位のスペースがある。
高価なものになると城一つがすっぽり入ってしまう程だ。
細かく見ていくとキリがないので全ての項目を確認する事は出来なかったが、間違いなくゲームの時のヴァンそのものと言っていいだろう。
ステータスの確認作業が終わったので、俺は次の確認に移ることにした。