第19話~量産品と特別製
門番も何事かという様にシムカを見つめている。
「あたし…その…持ってないから。ギルドカードも住民カードも…。言い出せなくてごめん!」
シムカは下を向いて拳を握りしめている。
合点がいった。シムカがなぜ冒険者にならず、買い叩かれてまで行商人と取引をしていたのか。
なぜ村の連中がグリンに仕事を探しに来なかったのか。
出来なかったのだ。恐らくブール村は村として正式に認められていないのだろう。
そのせいで身分を証明する為のカードも作ることが出来ずにいたんだ。
村が困窮しているのに税の話や領主の話が出ないのもおかしいと思っていた。
廃ランカーの俺がブール村を聞いた事が無かったのにも納得だ。
「なるほどな、そういう訳らしいんだけどなんとかならないか?」
俺は門番に聞いてみる。
「失礼ですがこちらの方は?」
「俺の連れだ。ブール村出身で身元はしっかりしてる。あとでギルバートかギルド長にでも確認を取ってもらって構わない」
それを聞いた門番は数秒考える様な素振りを見せる。
「わかりました、入場を許可します。ですが、なにか問題が発生した場合、責任の所在は貴方にありますのでお気を付けください」
「もちろんわかってるよ。シムカ、そういう事だ。行くぞ」
シムカは俺と門番を交互に見つめ戸惑ったまま動こうとしない。
俺が無視して町へと入っていくと、シムカは門番へ一礼して早足で俺についてきたのだった。
「うわー!ここが町かぁ!ヴァンすごいね!あっ、あっちも!すごいね!」
シムカは先程までのやり取りをまるで忘れたかの様にはしゃいでいる。
散々入場出来た事への礼を言ってきたから、その件に関しての話を禁止したら途端にこれだ。切り替えの早さは尊敬に値する。
まぁ二十年以上も村以外見た事が無かったのだ、はしゃぐのも無理はないか…。
シムカによると、やはり村は何処の庇護下にも無いらしい。
数十年前のリッチキングの暴走後に祠一帯は人の寄り付かない場所になったらしく、その地に勝手に移り住んだのが村の始まりらしかった。
俺だって伊達に十年間も引きこもりをしていないが、それとは意味合いがまるで違う。
シムカに色んな世界を見せてやりたいと素直に思った。
「シムカ、はしゃぐのはいいけど田舎者丸出しだ。恥ずかしいから離れて歩いてくれ」
「ご、ごめん!ちゃんとしたお店って初めて見たから…つい」
俺に言われて注目されているのに気付いたのか、頬を赤らめて俺の後ろに隠れるシムカ。
「まずは明るいうちに宿を取ろう。その後色々店を回らせてやるよ」
「え!いいの!?だったら早く宿にいこうよ!早く早く!!」
シムカは今しがた感じた恥をもう忘れたのか、懲りずにはしゃぎだす。
恥ずかしい、一刻も早く宿を見つけるとしよう。
「いらっしゃいませ!お泊りでしょう…か!?」
一番近くにあった宿屋へと飛び込んだのだが、なにやら様子がおかしい。
明らかに警戒している様子だ。
俺が女将と思わしき恰幅の良い女性の視線を追いかけると、シムカの巨大な戦斧があった。
あぁ、なるほど。町での視線もこっちが原因だったか…。
「泊まりだ、とりあえず飯付きで三泊頼む。この斧は気にしないでくれ、別に宿を壊すつもりは無い」
取り乱していた女将だったが、俺の話を聞いて一瞬で営業スマイルになる。流石はプロだ。
「二名様食事ありで三泊ですね!お部屋はいくつご用意しましょう」
「ベッドが二つあるなら一部屋で構わない」
「あー!ヴァンったら、やらしーんだー!」
シムカが顔を寄せてニヤニヤと見つめてくる。
俺はおでこにデコピンをくらわせる。
「金に困っちゃいないがわざわざ無駄遣いしてどうする。女将、一部屋で頼む」
「はい、一部屋ですね。24,000リルになります」
女将も俺らを見比べてニヤニヤと笑っている。こいつら…。
俺はポーチから10,000リル札を三枚取り出して女将に渡した。
「お客さん、なんだい?この紙切れは?」
あ?おいおい…まさか…
「いや、何でもない。悪いがすぐに戻るから部屋を用意しておいてくれ。おいシムカ、ついてこい」
俺は女将から10,000リル札を取り返し、足早に店を出た。
「ふぇ?ちょ、ちょっと待ってよー!」
店の外に出た俺は追いかけてきたシムカに紙幣を見せる。
「これが何かわかるか?」
「え?う~ん、紙?」
やっぱりか…
アナライは実装当初、硬貨制度だった。
通貨単位はリルで、銅貨が100リル、銀貨が10,000リル、金貨が1,000,000リルという具合だ。
しかし、このシステムが絶望的に使いづらかったのだ。
当時はアイテムポーチが存在していないので、硬貨では大量に持ち運ぶだけで荷物の枠を圧迫するし、所持金を見ようにも、いちいち金貨だ銅貨だと表示されるので分かりづらかった。
その癖、買おうとする商品の値段はリルで表示されるから質が悪い。
この件は当然運営に苦情が殺到し、一周年記念大型アップデートにて紙幣制度が実装されたのだった。
一生遊んで暮らせる程の大金が紙きれと化したのは残念だが、この時代が一年目後期だと確定したから良しとしよう。
「シムカ、今いくら持ってる?」
「お金なんて持ってないよ…?ま、まさかヴァン…お金無いの!?」
シムカが絶望の表情を浮かべる。
「悪いな。残念ながら当てが外れたみたいだ。まぁ売れる物なら大量にあるから問題ない、行くぞ」
俺達はすぐ近くの万屋へと向かった。
「…いらっしゃい」
店に入ると眼鏡をかけた初老の男性が、頬杖をついたまま呟いた。
もはや接客というよりも独り言に近いその言葉から、やる気の無さが伺える。
薄暗い店内は空気が悪く、手入れが行き届いてないのがよくわかる。
棚には商品が乱雑に積みあがっており、古くからあるのであろう商品はすっかり埃被っていた。
シムカは空気に耐えられないらしく、店の前で待ってると言って出て行ってしまった。
「いくつか物を売りたいんだが」
「はぁ…買い取りかい。悪いけどご覧の通りのありさまだ。物によっては買い取り不可、珍しい物でも買い叩かせてもらうよ」
そう言って店主は品定めするようにこちらを見てくる。
客に面と向かって買い叩くと来たもんだ。
ニコニコと気持ち悪い笑みを浮かべる、儲ける事しか頭に無いやつらよりは、逆に好感が持てる。
さて、それはそうとして何を売るか…。
ミスリル系の装備なら腐る程持ってるし、高く買い取って貰えそうではある。
ただいきなりミスリルを出して驚かれるのも面倒だし、俺がミスリルを市場に流す事で問題が起きる可能性もある。
いや、出すか…。
少しだけ悩んだが、結局ミスリルを出す事にした。
店主の様子から、鉄の剣なんか出しても買い取って貰えないだろうと踏んだ。
ただし、出すのはミスリルのインゴットだ。
この時代ならミスリルの加工が出来る者も限られてくるだろうし、インゴットのまま欲しがるなんて物好きな貴族くらいだろう。
まぁ色々と考えてはみたが、ぶっちゃけ俺のせいでゲームバランスが壊れようとどうでも良かったりする。
異世界物にありがちな『自分の売った商品が偉い人の目に留まって屋敷に招待される』という面倒なイベントが嫌なだけだ。
メリットがあるなら喜んで出向くが、そういう手合いは面倒事しか起こさないと相場が決まっている。
「それじゃ、これを頼む」
俺はアイテムポーチからサッカーボールほどの大きさのインゴットを取り出した。
その瞬間、頬杖をついていた店主が飛び上がる。よほど驚いている様だ。
「な、な、なんだねその袋は!?売ってくれ!!頼むっ!言い値で買おう!!」
は…?
一瞬、頭が混乱したがすぐに状況を把握した。
このおっさん、こっちが目当てか!?
店主は先程までとは打って変わって、大興奮の様子でアイテムポーチを凝視している。
ミスリルには一切、目もくれない。
「あぁ…悪いな。こっちは売れないんだよ、ところでミスリルはいくらになるんだ?」
俺の言葉に店主はがっくりとうなだれた後、ミスリルに目を向けた。
「おお!?これはミスリルか!なんて純度と大きさだ…」
単に視界に入って無かっただけの様だ。
やはりミスリルは珍しい物らしい、買い取り額にも期待が出来そうだ。
「兄ちゃん、悪いけどこのミスリルは買い取れん」
「は?」
予想外の店主の発言に思わず間抜けな声が出てしまった。
「このミスリルは素晴らしい。だがそっちの袋を見た後じゃ興味半減だ」
店主は露骨に溜め息を吐き、ポーチをまじまじと見つめている。おっさんなりの駆け引きのつもりなのだろう。
だが、その駆け引きに乗るつもりは無い。さっきの反応でミスリルにも価値があるのはわかった。
だったら他で売ればいいだけの話だ。
「買い叩かせてやろうと思ったんだが残念だ。他所で売る事にするよ」
俺はそう言ってミスリルをポーチにしまい、店主に背を向けた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
慌てた様に店主が叫ぶ。どうやら駆け引きは俺が一枚上手だった様だ。
俺は店主の方に向き直り、ポーチからミスリルを取り出そうとする。
が、店主の口から出た言葉は予想外の物だった。
「やっぱり諦めきれんのだぁ…!!頼む!後生だ!!その袋を~!!」
開いた口が塞がらなかった。
駆け引きもくそも無い。
このおっさんは一貫してポーチが欲しいだけだ、思わず笑えて来る。
俺の負けだ、おっさんの方が何枚も上手だった。
「こっちは売れないって言っただろ」
「ああ、だがそこをなんとか!!頼む!!」
「だから、代わりにこれなら売ってやるよ」
俺はアイテムポーチから別のポーチを取り出した。
そのポーチの中に、店の隅に置いてあった鉄の槍を仕舞って見せる。
「おおおお!あるんじゃないか!!売ってくれるのか!?言ったよな?な!な!」
「ああ、言い値で良いって話だがいくら出せるんだ?」
「ちょっと待っててくれ…!!」
店主はバタバタと、慌てて店の奥に引っ込んだ。
少しして戻ってきた手には小さな麻袋が握られている。
「これで、どうだ!?今出せる俺の全てだ!」
中を開くと数十枚の銀貨と、三枚の金貨が入っていた。
銀貨一枚で10,000リル、金貨一枚で1,000,000リルだ。
リルの相場は日本円と大して変わらない。
つまり、このアイテムポーチに3,000,000円以上出すと言ったのだ。
聞いた事も無い未知の魔道具に対する値段と考えれば妥当とも言えるが、碌に説明も聞いていない商品に有り金全部はたくとは、豪快なおっさんだ。
「しょうがないな、本当は数千万リルはくだらないんだが、熱意に負けたよ。売ってやる」
店主の機嫌が良くなるよう少しだけ話を盛ってやる。
「いいのか!?ああ、恩に着る、この店を続けていて良かった…!」
大袈裟な店主を放っておいて、代金の入った麻袋を受け取った。
「それにしても兄ちゃん、こっちは売れないなんて言いながらしっかり用意しとるなんて、役者だねぇ」
よほど機嫌が良いのか店主はニコニコと喋りかけてくる。
「ああ、おっさんの熱意を確かめたかったんだよ。本当に欲しがってる人に売りたかったからな」
適当な事を言って誤魔化しておく。
俺は嘘はついていない。
店主へ売ったのは一番容量の小さなタイプのポーチだ、適当な袋に時魔法をかければノーコストで量産出来る。
それに対して俺が使ってるのは特別製。
こっちは絶対に売れない。
俺は喜ぶ店主に礼を言い、店を後にしたのだった。




