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第17話~シムカの旅立ち

 しばらくすると、完成した料理をシムカが運んで来た。

 ゴンゾはいつの間にか、しれっと隣に座っている。


 色々な事が一日で起きて忘れていたが、よく考えれば異世界に来て最初の食事だ。異世界の味付けというのは興味がある。


 シムカが作ってくれた料理は、野菜のスープと肉団子の様なもの、そしてバケットの様なパンであった。


「ヴァンの口に合うかわからないけど、たくさん食べてね、おかわりもあるから」


 冷静を装いながら笑顔を向けてくるシムカだったが、その目はおずおずとこちらを見ている。


「あぁ、ありがとう。遠慮無くいただくよ」


 スープを一口飲んでみる。うん、美味い。元の世界で言うとポトフの様なスープだ。


「そんな顔してると食べづらいんだが…美味いから心配すんな」


 俺がそう言ってやると、シムカは安心したように自らも食事を始めた。


「ヴァン様、せっかくの食事の席なのにこんな物しか用意出来ず申し訳ありません」


 可愛い孫娘が作ったものにこんなものとはどうかと思うが、勿論そういう意味では無いのはわかる。

 というよりも、こちらの考えを見透かされている様で居た堪れない気持ちになってしまった。


 無論、村を救った英雄相手にと、不遜な振る舞いをするつもりなど毛頭ない。

 しかし、仮にも村長の家に客人を持て成す時の料理と考えると質素であると思わざるを得なかった。


「村の財政状況はそんなに苦しいのか?」


 不躾かとも思ったが、気にしないふりもどうかと思い素直に尋ねる。


「えぇ、お恥ずかしながら。広場へ案内する時にも申し上げましたが、ブール村には他所へ売りに出せる様な資源がありません。村人も老人ばかりですから、ほとんどが自給自足で村には商店の一つも無い始末です」


「ほとんどという事は全てが自給自足という訳では無いのか?」


 俺の問いにゴンゾは一瞬目を逸らす様な仕草を見せたが、すぐに向き直り話し始めた。


「おっしゃる通りです。情けない話ですがここの村の住人は皆、シムカによって生かされていると言っても過言ではありません」


「じいちゃん…!」


 止めようとするシムカだったが、逆にゴンゾに制止される。


「村にも何人か若い男衆はいるのですが、この辺りでは通いの仕事などあるはずも無く、村の畑仕事もしなければならないので、出稼ぎにも行く事もままなりません」


 ゴンゾは続ける。


「唯一の手段と言えばモンスターを討伐し、素材を売る事なのですが…それが出来るのが村でただ一人。シムカだけなのです」


「要するに、自分達の力では食ってけないからってシムカ一人に働かせて、揃いも揃っておんぶにだっこって事か?」


 思わず語気が強まる。

 それを聞いたゴンゾは俯き押し黙ってしまう。

 次に口を開いたのはシムカであった。


「違う!村の皆は悪くないの!あたしが好きでやってる事だから…だから皆を責めないで…」


「別に責めちゃいないさ、俺みたいな部外者にとやかく言われる筋合いも無いだろうしな。これは只の忠告だ。あんたらがやっている事はなんの解決にもなってない。シムカが死んだらどうするんだ?先の事は考えているのか?広場の銅像様にいくら祈っても、誰も助けちゃくれないぞ」


 シムカは黙ってしまった。気まずい沈黙が場を支配する。

 しばらくして、沈黙を破ったのはゴンゾであった。


「おっしゃる通りです…、我々はシムカに甘えていました。ヴァン様、こんな村の事を真剣に案じて下さり、本当にありがとうございます」


 ゴンゾは深々と頭を下げた。


「いや、こっちこそ出過ぎた真似だったよ…。悪かった。せっかくの料理が冷めちまったな…シムカ、温め直してもらえるか?」


「う、うん!もちろん!ちょっと待ってて!!」


 ぱたぱたと音を立てシムカが台所へ消えていく。


「ヴァン様、明日の宴の事なのですが…」


 ゴンゾが言いづらそうに呟く。


「なんだ?俺は参加する気満々だったんだが、都合でも悪くなったか?」


 俺がおどけた様に言うと、ゴンゾは安堵の表情を浮かべた。


「い…いいえ!!とんでもありません!ありがとうございます。何から何まで、感謝のしようもありません…」


「そいつは良かった。で、その宴の事なんだが、明日は予定していた国の軍も来るんだろ?せっかくだ、そいつらも巻き込んでパーっとやるってのはどうだ?」


「パーっとですか…もちろん、この村に出来る範囲の事ならなんでもします、ですが…」


 ゴンゾの言葉を遮る。


「金だろ?心配しなくていい、物資も軍が山ほど持ってるはずだ。全部ギルバートかグリンのギルド長にツケてやればいいさ。国の一大事を救ったんだ、これくらいバチは当たんないだろ」


 俺が笑うときょとんとしたゴンゾだったが、次第に笑みを浮かべる。


「確かに。ヴァン様には誰も敵いませんな、ハッハッハ」


 笑い声を聞いたシムカが鍋を持って台所から飛び出してくる。


「え!なになに!何の話?あたしも混ぜてよー!」


 そこからは、先程までとは一転して楽しい食事となったのだった。



 次の日、午前中にもかかわらず村には既に軍が到着していた。よほど急いだのだろう。

 村の広場ではギルバートが昨日の出来事を説明している様だ。

 解決したからといって軍にさっさと帰られては困るので、ギルバートの所に向かった。


「ヴァン。昨日はあんな事があったのだ、もう少し休んでいたらどうだ?」


「そうしたいのは山々なんだけどな、あんたとそちらさんにちょっと話があってな」


「私達に話?ヴァンの方から話なんて何事だ?」


「大した話じゃない、実は…」「ちょ、ちょっと!」


 言いかけたタイミングで横槍が入った。

 さっきまでギルバートと話していた隊長風の優男だ。


「ギルバートさん!今こちらの青年をヴァンと呼んでいたようですが…」


「あぁそうだクラウス、先程から話題に上がっている不死王殺しとは彼の事だ」


 何故かドヤ顔のギルバートが俺の肩に手を置く。

 こいつ、さりげなく馴れ馴れしくなってないか?


「彼が…不死王殺しのヴァン…。驚いたな、確かに雰囲気はありますが、僕とさほど変わらない年齢とは…」


 不死王殺しのヴァンか、ずいぶん物騒な二つ名だな…。

 クラウスと呼ばれた青年はヴァンを品定めするように見つめている。

 ヴァンもお返しとばかりに相手を観察する。


 身長はヴァンよりも頭一つくらい高く、八頭身はありそうなモデル体型だ。

 邪魔にならない程度に適度に伸びた赤い髪は光沢を放っており、女性受けが良いのは間違いない。

 その上、整った甘いマスクはさながら白馬に乗った王子様といったところだ。

 いかにも高そうな防具を身に纏っている事から見ても、かなり位の高い人間なのだろう。


「あんたがこいつらの代表か?」


 観察を終えたヴァンが口火を切る。


「えぇ、国王直轄部隊『極星騎士団』所属、クラウス=クラウザーと申します。先程は失礼しました。なにか用事があったようですが?」


「あぁ、悪いんだけどあんたらが今持ってる食料と酒をありったけ譲ってくれ。金はギルバートが払う」


「理由を聞いても?」


「これからこの村で宴があるんだが、見ての通りの村だからな、宴をするだけの物資が無いんだよ。もちろんあんたらも参加してもらって構わない」


「なるほど、本来は国王直轄部隊の私がその様な事を許すわけにはいかないのですが、他でもない不死王殺しの頼みであれば断るわけにはいきませんね。ありったけという訳にはいきませんが」


「すまないな、話が分かるやつで助かったよ。文句があればギルバートに遠慮なく言ってくれ」


 そう言い残し、俺はシムカの家へ戻った。二度寝しよう。

 ギルバートが終始何か言いたげだったが見なかった事にした。





 目が覚めると窓の外は暗くなっていた。

 昼寝のつもりがずいぶん寝てしまったらしい。


 外からは楽しげな笑い声が聞こえてくる。宴の真っ最中なのだろう。

 上半身を起こすと後ろから声をかけられた。


「ヴァン、やっと起きた。おはよ」


「シムカか、いつからいるんだ?宴には参加しないのか?」


「ヴァンが起きたら一緒に行こうと思ってね、あたしお姉さんだし?」


「お前を姉だと思った事は一瞬たりとも無い」


 くだらないやり取りを何往復か続けていると、入り口のドアが開いた。


「シムカもここにおったか」


 暗すぎて誰だかわからなかったが、声でゴンゾだとわかった。


「丁度良い。実はヴァン様にお話がございまして」


 ゴンゾは俺の前に正座した、なにか大事な話がある様だ。


「どうしたんだ?改まって」


「昨晩、シムカからユニークアイテムの事を聞きました。本当に申し訳ございません」


 ゴンゾは深々と頭を下げてくる。


「それはもう終わった話だ、大事な話ってそれの事か?だったら話は終わりだ」


 俺が立ち上がろうとしたところをゴンゾが制止する。

 仕方なく座り直す事にした。


「話はここからです。ユニークアイテムは他人が持ち運ぶ事は出来ません…ですからヴァン様、どうか代わりにシムカを連れて行っては頂けないでしょうか…」


 突然の謎理論に呆れ果ててしまった。

 シムカも初耳だったのか驚いた顔をしている。


「じいちゃん突然なに言ってるの!?」


「昨日言ってた結婚云々の話か?だったら断る、昨日会ったばかりのやつと結婚なんてする気は無い」


 俺の言葉にシムカが同調する。


「あたしだってそうだよ!第一あたしがいなくなったら村はどうなるの!?あたしが皆を守らなきゃ!」


 その言葉を聞いたゴンゾは、下げていた頭を地面に擦り付ける様にし涙を流していた。


「大事な孫娘に…こんな事を言わせるまで!気付かないなんて…!私は保護者失格です…!!ヴァン様…どうか…シムカに、世界を見せてあげてください!」


 シムカは今どんな顔をしているのだろうか。


「それはあんたの独断か?」


 俺の問いにゴンゾは大きく横に首を振った。


「いえ、先程話し合いの場を設けました…村の全ての住人の総意です。皆シムカには幸せになって欲しいと願っております…」


「だけど…そんな事出来ないよ…」


 そう呟くシムカの声は震えていた。


「シムカ、大丈夫だ。皆今まで以上に働くと言っておる。これから先苦しい事があるかも知れん…だがお前がこれまでに味わってきた重さに比べれば、屁みたいなもんだ」


 ゴンゾは頭を上げると姿勢を正し俺を見つめた。


「ヴァン様のおかげで気付くことが出来ました。いや、気付いていたのに逃げていたのです…ですが我々はもう逃げません。どうか…シムカを、どうか宜しくお願いします…!」


「シムカ…お前はどうしたいんだ?」


 俺がそう尋ねると、シムカは俯き黙ってしまった。


「シムカ、自分で決めるんだ。黙っていても誰も助けちゃくれない。どっちを選んでも誰もお前を責めたりしない。いいか?自分の人生を他人に委ねちゃ駄目だ」


 俺の言葉にシムカは俯いたままゴンゾを仰ぎ見る。


「シムカよ…お前の両親が見てきた外の世界をお前も見たいんだろう?お前はもう十分村の為に頑張ってくれた。残りの人生は自分の好きな様に生きなさい」


 ゴンゾのその言葉に、シムカが溜めていたものを吐き出す様に口を開いた。


「ぐすっ…あたし…外の世界が見たいっ…!村を救ってくれたヴァンの役に立ちたいっ!ヴァン、あたしを一緒に連れてって…!」


 シムカが顔を上げ、瞳を潤ませながら俺を見つめる。

 その瞳は今までのどれよりも強く、意思を感じられた。


「あぁ、行こう。歴史に名を刻ませてやるよ」




「ヴァン!やっと起きたか!主役がいないんじゃ宴も盛り上がらないぞ!!」


 外に出た俺達三人を見つけたギルド長が大声で手を振っている。

 周りもそれに合わせてそうだそうだと野次を飛ばしていた。

 散々盛り上がって酔っぱらっておいてどの口が言ってんだとツッコミたくなる。


「ようやく主役の登場だ」


「ヴァンさん!リッチキングとの闘いの話を是非聞かせてください!ギルバートさんが到着する前の部分を是非詳しく!」


 今度はギルバートとクラウスだ。

 クラウスはリッチキングについて聞きたいらしく、興奮気味に詰め寄ってくる。酔っぱらっているのだろうか、イメージと少し違ったので驚いた。

 せっかくだから少し話を盛って王都に名を広めてもらうとしよう。


 それから、俺は宴を楽しんだ。

 流石は王都から派兵されただけはある、酒も食事も満足のいく物ばかりだった。


 俺に直接礼を言う為の行列が出来ていたのは面白かった。

 握手会をするアイドルの気持ちが少しわかった気がした。


 宴は夜通し行われ、大盛況のまま終わったのだった。




 次の日、昼過ぎに目を覚ました俺とシムカは村の入り口にいた。

 周りには俺達を見送ろうと村人達が総出で集まってきている。


「シムカ、今まですまなかった。ありがとうな!」

「シムカ、フォルス様の言う事を良く聞いて頑張るんだよ。怪我だけはしないようにね」

「フォルス様、村を救ってくださり本当に有難う御座いました。シムカをどうかお願い致します。」


 俺への礼以上に、シムカへの言葉が多く感じられた。

 それだけシムカはこの村に愛されていたのだろう。


「じいちゃん、皆、今までありがとうね。あたし頑張るから…!皆もどうか元気でね!!」


 シムカは作った様な満面の笑みを浮かべ、皆に挨拶をした。今にも泣きだしそうなのを我慢しているのだろう。


「シムカ、行くぞ」


 俺の言葉に、シムカは村に背を向け歩き出した。

 途端にシムカの目に涙が溢れてくる。


「ヴァン様!!孫を、シムカをどうかよろしくお願いします!!!!」


 俺は手を上げ返事をする。

 シムカは決して振り返ろうとはしなかった。

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