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第15話~天国への扉

 身体中が痛い、それでも防具に付与されている自然回復の効果で少しずつマシにはなっていた。

 バフや回復魔法は使うつもりは無い、それでは意味が無いからだ。


 これは俺とあいつの、決闘(タイマン)だ。


 俺は地面を蹴り一気に距離を詰め、ハインリヒへと斬りかかった。

 目にも止まらぬ速さで繰り出される斬撃に、結界の外にいる三人は目を見開き、生唾を飲む。


 一太刀目がハインリヒの身体を真っ二つに寸断する。

 二太刀目が四つに、三太刀目が八つに。

 何百回繰り出したかわからない程の攻撃の結果、ハインリヒの身体は文字通り木っ端微塵となっていた。


 それでも攻撃の手は緩めない、もう斬るスペースなんて存在しない程の小さな細胞の塊を、これでもかと分断していく。

 剣を振るった風圧で、ハインリヒだったものがサラサラと吹き飛んでいった。


 無論、これで終わる事は無い。

 ペンダントを中心として磁石に集まる砂鉄の様に、バラバラになった細胞が再生していく。


 そして、何事も無かったかの様に細胞は元通りとなった。


「ククク、無駄だ。何度やってもな。貴様にもわかっているだろう……」


 復活したハインリヒが哀れむ様に呟く。

 やはりその姿はどこか悲しげで、自分自身に言い聞かせている様であった。


「そんなっ!?あんな状態からなんにも無かったみたいに……あんなのどうすれば倒せるの……!?」


「あれが不死王リッチキング……文献以上の化け物ではないか」


「あぁ、なんてこった。こんなのが野放しにされたら……町はおしまいだ……」


 シムカ、ギルバート、ギルド長の三人がそれぞれの思いを口にする。

 三人に共通しているのは、諦めという言葉(ワード)だった。

 そんな四人の言葉などお構い無しに、ヴァンは剣を振り続けた。


 しかし、今度は細切れになる前に剣が折れてしまった。

 良く見れば刃はボロボロに欠けている、ミスリル程度の剣では歯が立たないのだろう。


 するとなにを思ったか、今度は剣を投げ捨て既に再生を終えているハインリヒを拳で殴り出した。

 拳とはいえ、最強クラスのステータスを持つ男である。

 一撃一撃が激しい破裂音を伴いながら、ハインリヒの骨を砕き、胴を穿っていく。


「無駄だと……言っているだろうがぁ!!」


 ハインリヒの闇魔法ダークボールが、ヴァンを直撃し吹っ飛ばす。

 彼もまた自動回復により、魔法が使える程度には回復していた。

 吹っ飛ばされたヴァンは、結界にぶつかり崩れ落ちる。


 ふらふらと立ち上がったヴァンが両の手を広げると、ヴァンの周囲に無数の氷の粒が舞っていく。


 ――氷嵐(アイスストーム)


 結界内に荒れ狂う暴風が巻き起こる。

 宝石の様にキラキラと舞う極小の氷の粒が一斉にハインリヒを襲った。


 一粒一粒が銃弾の様な威力を持つ氷が、ハインリヒの身体を貫いた。

 スイスチーズの様に穴だらけになった身体が、徐々に凍結していく。

 距離を詰めたヴァンが、氷漬けになったハインリヒに再び殴りかかる。

 砕け散ったハインリヒだったが、またしても元通り再生するのだった。


「貴様……何がしたいのだ!!我は何度でも蘇る!!自分の意思とは無関係に!!どれだけの策を以てしても我を倒す事は適わぬのだ!!!!」


 ハインリヒは両手を掲げ、今ある魔力の全てを使い魔法を唱えた。


 ――殺戮の重責(ギルティペイン)


 ヴァンの足元から無数の鎖が飛び出すと、そのままヴァンを拘束した。

 鎖は良く見ると大量のアンデッドで出来ており、禍々しく蠢くその全てがヴァンの方を向きケタケタと笑っている様だった。

 落ち着きを取り戻したハインリヒが口を開く。


「この鎖は特殊でな……我の眷属を殺せば殺す程、その拘束は強くなる。十も殺せば並みの人間なら脱出は出来ぬ。百も殺せば鎖の拘束力に耐え切れず絶命してしまう程だ」


 ハインリヒはゆっくりと歩きながら、ヴァンへと近づいていく。


「あの眷属どもは元は皆人間だ。モンスターだからと罪の意識を感じぬ者、殺してしまった重責から逃げ出そうとする者。その様な連中にはこの鎖は断ち切れんよ、決してな……」


 拘束され苦悶の表情を浮かべるヴァンを、ハインリヒはおもむろに殴りつけた。

 いたぶる様に何度も殴りつけていき、その激しさは徐々に増していった。


 突然、殴られていたヴァンが口を開いた。


「……ハハハ、思い通りにならないからって八つ当たりか?いくら王を気取っていようと、それが本当のあんたの姿ってわけだ」


 乾いた笑いを浮かべるヴァンに、ハインリヒの手が止まる。


「八つ当たりだと……?またしても我を愚弄するのか……人間よ!!魔力を使い果たした死霊術師の我が、拳を振り上げるのがそんなにおかしいか!!」


 ペンダントが再び脈動を始めるが、魔力の暴走はあり得ない。

 ハインリヒの魔力は既に空っぽなのだから。


「さっきも言ったが……別に愚弄なんてしちゃいないさ。言っただろ?これは決闘(タイマン)だって。決闘(タイマン)は昔から殴り合いだって相場が決まってんだよ!!」


 ヴァンの魔力の奔流が、結界内を駆け巡った。

 ミシミシと音を立てる鎖が、一本、また一本と千切られていく。


「ば、馬鹿な!!?万の眷属を殺した貴様が、なぜその鎖を断ち切れる……!?」


「この魔法の細かい性質なんか知らねぇが、俺は逃げ出す気なんて始めから無いんだよ!助けてやるって言ってんだろうが!!」


 全ての鎖を断ち切ったヴァンの拳が、ハインリヒの頬へと突き刺さる。

 その日一番の渾身の殴打は、ハインリヒを結界の端まで吹っ飛ばした。


 砕け散った顔面が何事も無かったかの様に再生すると、立ち上がったハインリヒがヴァンへと迫る。

 そこからは、なんとも形容しがたい光景であった。


 ギルバート達も、その異様さに閉口している。

 この国において知らぬ者などいないであろう伝説の不死王と、その不死王にも匹敵する程の魔力を持つ青年が、一切の魔法を使う事無く殴り合っていたからだ。


 お互いに足を止め、一歩も動く事無くひたすらに殴り合っている。

 しばらく殴り合っていた二人だったが、徐々に大勢が決していく。


 死霊術師は冒険者で言えば生粋の後衛職だ。一介の前衛職相手ならまだしも、ヴァンを相手にして勝てるはずも無かった。

 気付けば、一方的に殴られそして再生するというだけの繰り返しとなっていた。


「くっ……貴様、どうして魔法を使わぬ。魔力が切れた我への当てつけか……ぐっ。それとも、何万もの人間を死に追いやった我への……復讐のつもりか」


「復讐か……違うな。はっきり言って俺は部外者だ、あんたに恨みなんてこれっぽっちも無い。だが、過去に何万人も殺したあんたを許してやるつもりも無い」


「だったら、貴様の目的はなんだ……なにがしたいのだ……」


 その言葉に、ヴァンの手が止まる。


「俺は、あんたを殺す……殺す事で救ってやる。何百年も続いた負の連鎖から、解放してやる」


「クハハ……我を殺すか。我がハインリヒとして生を受けた時代であるならまだ希望はあったが…この時代の人間に我を殺す術は残っておらんよ……」


「俺なら出来る。生憎、あんたをレベッカの元へ送ってやる事は出来ないが……」


 ヴァンの口から出た名前に、ハインリヒの肩がビクっと反応する。


「なぜ貴様が……その名を!?我の名を知る者は零では無い。しかし、その名を知る者はこの時代にはいないはず」


「さっき、あんたの記憶が流れてきて知ったんだ。貴族であったあんたが、闇に堕ち、アンデッドの王と成る迄の全てを。だから救ってやりたいと思った、それだけだ。あんたがそれを望まないというのなら、この地に縛り付けてまた封印してやる。いつ来るかわからない復活の時まで、人間を憎み続ければいい」


「我に……この不死の王に、同情するというのか……」


 表情がわからないアンデッドの姿では、ハインリヒがどういう感情でそう言ったのか、ヴァンにはわからなかった。


「あぁ……その通りだ、同情だ。それともこんな同情、不死の王のプライドが許さないか?」


 ヴァンは軽口を叩く表の顔とは裏腹に、苦しんでいた。

 つい昨日まで、平和な世界でのうのうと生きてきた。

 紛争や凶悪な事件など、ニュースで見ても現実感が無かった、自分には関係の無い世界だと。

 しかし、突然転移した世界は人が容易く死んでしまう世界であった。

 そんな世界で、絶望した一人の男の苦しみ、痛み、憎悪を丸ごと受け止めてしまった。


 ヴァンは強い。

 この世界でヴァンに勝てる者など存在しないのかもしれない。


 それでも、ヴァンは只の人間なのだ。


「ククク……この我に同情か。貴様は不思議な人間だな……どうやら貴様に当てられてしまったらしい」


 ハインリヒがそう呟くと、二人を取り囲んでいた結界が弾ける様に霧散した。

 それは、ハインリヒが敗北を認めた事を意味していた。

 駆け寄ろうとするシムカを、ギルバートが制止する。


「さて、ヴァンよ。我をどうする?この心はもはや制御が効かぬ。魔力が回復すれば、また人間を憎み、襲うだろう」


「こうするのさ」


 ヴァンはハインリヒの眼前に立つと、右手でペンダントにそっと触れた。



 ――完全解呪



 ペンダントから眩い光が放たれる。

 やがて、その光が治まった時、ペンダントからは禍々しさが消えていた。

 その光景を見てたまらず叫びそうになるギルバートより一瞬早く、ハインリヒが声を上げる。


「これは……!?光魔法!?この時代の人間が……なぜこれを……ヴァン、貴様は……」


 続きを言おうとしたハインリヒだったが、自ら首を横に振る。


「いや、違うな……そんな事は我にはどうでもいい事。ヴァンよ……感謝する」


 呪いから解放されたハインリヒは、リッチキングとは思えぬ程穏やかであった。


「本当はあんた程の猛者なら仲間にでもしたい所なんだけどな。それはあんたに殺された人達が許さないだろう。悪いが、俺がしてやれるのはここまでだ。地獄でたっぷり反省しな」


 ハインリヒはフッと笑い、両手を広げた。


「さぁ、ヴァン。貴様の手で我に終止符を打ってくれ」


 ヴァンは頷くと、ハインリヒの背後に手を掲げた。



 ――天国への扉(ヘヴンズドア)



 現れたのは、高さ十メートルはありそうな巨大な扉だった。

 扉は大きく開いており、神々しく輝いている。


「光魔法、天国への扉(ヘヴンズドア)だ。あんたはきっと地獄行きだが、俺からの餞別だ」


「……ありがとう」


 ハインリヒはヴァンへ一礼すると扉へ向き直り、誘われる様に吸い込まれていった。


 その姿を、ヴァンは目を逸らす事無く見送る。

 シムカは、その時のヴァンの切なそうな表情を見逃さなかった。

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