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第14話~ハインリヒという男

 再び地獄の様な時間が流れ始める。


 相変わらず馬鹿みたいな苦痛だ、すぐにでも全てを投げ出して死んでしまいたい。

 だが、さっきまでとは違う。温かい力がある。


 挫けそうになる心を、その直前で幾度となく救ってくれている。

 この温かさが無ければ今この場に立ってはいられなかったと断言できる。


 リッチキングの崩壊と再生が百を超えた辺りだっただろうか。

 少しずつ変化が現れた。


 再生速度は相変わらずだ、ビデオの逆再生の様に凄まじいスピードで復元している。

 変化があったのは崩壊速度の方だ。

 一回目と比べると三倍ほどの時間がかかっている。

 蒸発するように消えていた腕も、今では薪を燃やす様に崩れていた。


「ようやくか…、全く…なんて容量してやがんだ…」


 間違いなく、暴走の力が弱まってきている。

 如何に高名な魔術師だろうと魔力が切れては魔法は打てない。


「我…は…。あぁ…そうか…我は…グオォオ゛!!」


 突然言葉を発したリッチキングに驚き、顔を向ける。

 様子がおかしい、苦しんでいる。


 もちろん苦しんでいる姿なんて今に始まった事では無いのだが、直感的にそれとは違うものだと感じた。

 その姿はまるで、抑えきれない自分自身の力に抗っている様であった。


 魔力が発光する空間の中で、別の種類の魔力がゆっくりと揺蕩い始めた。

 それはリッチキングから発せられたものに間違いは無いはずなのだが、危険は無いと心が告げている。


 ゆっくりとこちらへ向かってくるその魔力がヴァンに触れた瞬間、ヴァンの脳裏に見た事が無い光景が広がったのだった。



 仕立ての良い服に身を包んだ一人の男。

 その隣に寄り添う美しい女性。

 女は指に嵌められた綺麗な指輪を嬉しそうに眺めている。

 男の手にはペンダントが握られている。

 女性の指輪と比べると装飾も少なく不揃いな、安物のペンダントだ。

 しかし男は、そのペンダントを愛おしそうに握りしめていた。


 これは…あいつの…過去の記憶か?


 次々と情景が飛び込んでくる。


 貴族であった一人の男、魔法の才能にも恵まれ仲間からも慕われていた。

 彼には身分の違う恋人がいた、二人は愛し合っていた。

 早く結婚して家へと迎え入れれば良かった、しかし家族の説得の為と事を急くのを躊躇った。

 恋人は殺された。犯人は大きな盗賊団の傘下のならず者達であった。

 岐路に着く途中、彼女はスラムの近くを通らなければならない。そこを襲われてしまったのだ。


 理由はそこにいたから。


 男は絶望した。

 自分自身に失望し、愛する者を殺したやつらを憎んだ。

 首につけられた不格好なペンダントを握りしめ、何度も何度も。


 ある日、恋人を襲ったならず者が一人残らず殺されていた。

 恨みを持つ者は多かったが、誰もがあの貴族様だろうと思っていた。

 貴族様のした事だ、相手はならず者、その事件に関心を向ける者などいなかった。


 男には自覚が無かった。

 しかしその事件を耳にした時、あぁ…自分なんだと思った。


 男は憔悴し、その姿にかつての面影はない。

 彼を慕っていた部下達も、一人また一人と彼の元を去っていった。


 男には心底どうでも良かった。

 彼女を殺したやつが憎い、守れなかった自分自身が憎い…。

 ペンダントは鈍色に光っていた。



 ヴァンは苦痛の中で、俯いたままだった。


 全ての記憶が、映像と感情を伴い流れ込んでくる。

 ヴァンは全てを知った。


 男が気が付くと、アンデッドと化したならず者を支配していた事。

 発現した闇魔法とアンデッドを使い、大元の盗賊団を滅ぼそうとした事。

 そして夢半ばで、闇魔法を会得した重犯罪者として騎士団により殺されてしまった事。


 そこで全ては終わるはずだった。

 しかし男の負の感情は、知らぬ間に自らを支配するほどの呪いとなっていた。


 全ての人間を許すな。皆殺しにしろ。


 男の強すぎる呪いは、魔道具となって現世に残り続け、数百年の時を経て彼自身をアンデッドとして顕現したのだった。


「チッ…」


 つい舌打ちをしてしまう。

 村を襲おうとしたモンスター。

 数十年前に多大な被害をもたらしたアンデッドの王。

 許されていいはずがない。


 頭ではわかっていたが、彼自身の感情ごと視てしまった事がたまらなく歯痒かった。



 暴走した魔力が勢いを無くしていく。

 どうやら終わりが来たようだ。

 リッチキングは激しい息切れを起こしながらも、正気は保っている様だった。


 魔力の光が消えていく…。


「ヴァン゛っ!!!」


 声がする方へ目を向けると、くしゃくしゃになった顔のシムカがいた。


「泣いてたのか?」


「泣いてない!!!」


 フッと笑って揶揄ってやったが、シムカはすぐに否定した。

 乾いた涙の痕は見なかった事にしてやろう。


 身体が少しずつ動かせるようになり、目だけでなく顔を動かすとシムカの隣に人影があるのに気付いた。


「あんた…。っ!?まさか…なんてこった」


 人影の正体はギルバートだった。

 その姿はとても疲労している。

 だが、そんな事よりも先に、ギルバートの手から放たれている魔力に気付いてしまった。


 俺とギルバートを繋ぐ温かい魔力。

 そうか…あんたが。

 俺はギルバートへ大きな借りを作ったと理解したのだった。


 絶対領域(レッドゾーン)は脱出不可能の無敵の結界。

 同時に来る者拒まず、外から内への介入は容易であった。


 俺とギルバートはお互いに目を合わすと無言で見つめあう。

 向こうがフッと笑うと、釣られてこちらも笑ってしまう。


 あぁ、迷う事なんか無いんだ。

 俺はここにいる。

 俺を守ってくれる人がいる。


 俺にも守ることが出来る人達がいる。


 俺はふらふらとリッチキングに近づくと、剣を突き出し宣言した。


「俺は冒険者のヴァン!!ハインリヒ=アーベライン、あんたに決闘(タイマン)を申し込む!俺があんたを倒し、そして救ってやる!!」


 突然のヴァンの行動に、心底驚いた様子を見せるリッチキングだったが、やがて高笑いを浮かべた。


「ククク…ハーハッハ!!ハインリヒ…その名を呼ばれたのは何百年ぶりか。ヴァンと言ったな、魔力の暴走を止めた事、まずは感謝しよう。しかし、貴様には我は倒せぬ!貴様を殺し、人間を皆殺しにしてくれるわ!!」


 リッチキングの発する禍々しいオーラにシムカとギルバートは恐怖した。


 しかしそんな中、ヴァンだけは笑っていた。


 人間を皆殺しにする?どの口が言ってるんだ。

 本当に殺したいのなら、なぜ俺に感謝する?

 暴走を止められて、なぜ悔しがらない。


「貴様、何を笑っている…、我を愚弄する気か!」


「愚弄?しないさ。ただ、あんたは嘘をついている」


「なんだと…?」


「殺したくないんだ、あんたは誰も。安心しろ、もう誰一人殺させない」



 俺はゆっくりと剣を構えた。

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