第11話~アンデッド軍
アイテムポーチからミスリルの剣をもう一本取り出し、左手に持つ。
二刀流のスキルはほとんど無いが、この状況ではあまり関係ないだろう。
俺は止まる事無く、アンデッド共を切って切って斬りまくった。
芝刈り機に刈られた雑草の様に、アンデッドの四肢が宙に舞う。
戦いの中でも俺は冷静だった、特にシムカとの間合いだけには気を配っていた。
彼女には今周りなど見えていないのだろう、もはやアンデッドを殺すマシーンと化していた。
目覚めてはいけないものを目覚めさせてしまったのかもしれない。
無表情で駆け抜ける彼女が、俺には笑っている様に見えた。
それにしても、なんという数だろう。
二人で秒間百体以上のアンデッドを倒しているのに、三分は戦っている。
村の入り口付近には死体の山が積み上がり、最早歩くスペースすらままならない状況になっていた。
「このままじゃ埒が明かねーな…おい!シムカ!!」
シムカを呼ぶが反応が無い、聞こえていないのだろう。
「ちっ、戦闘狂が…」
タンッ!!
俺は、地面を蹴り空高く跳ぶ。
前方を見渡すと、アンデッドの数は徐々に減ってきている様だった。
俺はそのまま左手を掲げ、腕輪の力を発動した。
巨大な魔力が辺りを包むと、村へと向かっていたアンデッド達は一体残らず眠っていた。
「世話が焼けるよなぁ」
俺は死体を踏まない様に、直前まで戦いの渦中であった場所へ向かう。
到着するとシムカが気持ち良さそうに眠っていた。
戦闘の夢でも見ているのか、その表情は満足気だ。
俺はミスリルの剣と戦斧をポーチへとしまうとシムカを抱きかかえ、死体の無い場所へと走った。
シムカへ状態異常回復をかけてやる。
「ん…んん。あと50体…。」
どんな夢を見てやがるんだこいつは。
呆れつつ、シムカの頬をつねる。
「いててっ!あれ?…って、ええええ!?」
目を覚ましたシムカは俺に気が付くと、辺りを見渡し驚きの声を上げた。
前方には無数の死体が散乱しており、地獄絵図と言っても過言ではない惨状だった。
「目を覚ましたか、その様子だと記憶が無いのか?」
呆れつつ聞いてみる。
「き、記憶はあるよ。そんな事よりも、な…なんであたしは抱きしめられているのかな!?」
暗がりでよく見えなかったが、よくよく確認するとシムカの顔が赤い。
こいつ、この状況で死体の山より、俺に抱きかかえられてる事を驚いてやがったのか。
シムカは驚きながらも腕から逃れようとする気配は無い。
それどころか、心なしか少し嬉しそうだ。
テレビで活躍する様なイケメン共は、普段からこんな気持ちを味わっていたのかと、悪態をつきたくなる。
だが、それよりも今までの自分の人生を思い返し、なんだか悲しくなった。
「悪かったな、ほら」
俺は腕の力を緩めシムカから距離を取り、ポーチから戦斧を取り出して突き返した。
突如出現した戦斧にシムカは驚いていたが、強引に受け取らせ死体へと体を向き直す。
のんびり雑談している場合では無い、さっさとやる事をやらなければならないのだ。
「少し下がってろ、熱いぞ」
「え?う、うん」
何が何だかという感じで従うシムカ。
俺はシムカが下がったのを確認すると集中し、魔法を唱えた。
――火葬!!
散乱した死体の一つ一つに、地面から小さな火柱が上がると、あっという間に目の前は火の海と化した。
「やっぱ足りないか、何体いるんだよ。ったく!」
既にシムカが引く程の規模の火柱が上がっているのだが、その範囲はせいぜい全体の十分の一程度しかカバー出来ていなかった。
俺は悪態を吐きながらクリメイションを連打した。
「す、すごい…」
熱風に耐えながら、シムカが呟く。
遠目に見たら山火事と勘違いされる程の業火が、寝ているアンデッド諸共焼き尽くした。
その頃、少し離れた上空から、その業火を目の当たりにしていた人物がいた。
ギルバート達である。
「なんなんだあの炎は!?ギルバート将軍!これは只事じゃありませんよ!!」
「その様だな。あの距離、ブール村に近すぎる。まさか既に敗北し、村が焼き払われているのか…」
余りの業火に遠くからでも確認が出来たものの、正確な位置までは掴めずにいた。
「そ、そんな…まだ夜になってからほとんど時間は経っていませんよ!!余りにも早すぎる!!」
「相手はリッチキングだ、それ程までの力であったという事か。だが、或いは…」
ギルバートは目に映る光景に最悪の事態を想定しながらも、望みを捨ててはいなかった。
そう、早い。早すぎるのだ。
あそこにはヴァンがいる。
今日あったばかりの人間だ、実力など完璧に推し量る事は不可能だ。
しかし、あの規格外の青年が、何も出来ずに敗北する姿は想像が出来なかった。
「兎に角行ってみればわかる事だ。あと五分少々の辛抱だ」
頼む、持ちこたえていてくれ…
自分に言い聞かせるように呟いたギルバートは、ブール村へと急ぐのであった。
火が付いて一分程経った頃、辺りはすっかり鎮火していた。
アンデッドは一体残らず消滅し、消し炭すら残っていない。
すごい、これが魔法か。
物理法則なんて御構い無しじゃないか。
どうやって炎を消火するかに頭を巡らせていた俺は、その考えが杞憂であった事に安堵した。
落ち着いて探知魔法を展開する。
相変わらずの位置にでかい反応が一つ。どうやら今のところ動く気配は無い様だ。
小さな反応は無くなっていた。
しかし、代わりに少し大きめの反応が増えていく、第二ステージって訳だ。
「シムカ、お前は村に戻ってろ、もう充分戦っただろ」
ここからの戦いはさっきまでの様には行かないだろう。
しかし、シムカは首を横に振った。
「最後まで戦わせて、お願い!」
正直に言って迷っていた。
先程までのアンデッドはこの世界でも出現するモンスターだ。
しかし、ここから先は本来戦うものでは無い可能性が高い。
ここから何回ものバージョンアップを経て出会うはずのモンスター。
そうしてやっと釣り合いが取れる様、運営が調整をしているモンスター。
正攻法で戦っても、きっとこの世界の人間は誰も勝つことが出来ない。
しかし、シムカの気持ちも汲んでやりたい。
俺はシムカの顔を見つめる。
戦闘狂だからという理由であれば断っていただろう。
しかし、シムカの表情は真剣で、村を守りたいという気持ちが表れていた。
「わかった、残ってもいい。でも、少しでも無理だと判断したらそれ以上は戦わせられない。それでもいいか?」
「うん、わかったよ。ありがとう」
「それじゃあ、少し移動するぞ。さっき魔法を使って思ったけどここはまずい、俺の魔法で村を破壊しかねないからな」
「キミが言うと冗談に聞こえないよ」
勿論冗談で言ったつもりはないのだが、そんな事はどうでもいい。
俺達は、少しでも村から離れる為にリッチキングの根城へと動き出した。
「キミは、不思議な人だね」
移動しながらシムカが話しかけてくる。
「不思議?それより俺はヴァン。キミって言うのはやめてくれ」
「あはは!ごめん、ヴァン…か。ヴァンはすごいね、一緒にいると安心する」
「俺は顔がいいからな」
今度こそ冗談のつもりだ。
「ううん、そうじゃない。さっきの魔法、あたしにかけてくれたやつ。あの魔法に包まれた瞬間、すごくあったかくて、気持ちよくて、不思議な気持ちになったんだ」
冗談を真顔で否定されて滅茶苦茶恥ずかしかったのだが、バレると余計に恥ずかしいのでそっぽを向いて誤魔化した。
「この辺でいいか、敵は近いぞ」
俺は手で制して立ち止まる。
気付かないうちに切れていたバフをかけ直し、シムカにも同様にかけてやる。
んっ…。と何故か色っぽい声を出すシムカ。
戦いに集中したかったので、俺は聞かなかった事にした。
戦いが終わったら連打してやろうか。
「さっきみたいに我を忘れた戦い方はするなよ」
「うん、大丈夫。さっきは初めてだったから…気持ち良すぎて気持ちが抑えきれなくて…。でも今度は気を付けるから!」
こいつ狙って言ってないか?
思わず顔を覗き込むが本人にはそんな気は全くないらしく頭に???を浮かべている。
そんな下らない事を考えていると、敵の反応がこちらへ向かって一斉に動き出した。
「動いた!来るぞ!」
武器を持ち直し気合を入れるシムカ。
俺も剣を一本取り出し、集中する。
ザッザッザッザ…
ザッザッザッザ…
木々に囲まれた暗がりから、集団が姿を見せた。
鎧を身に着け剣や槍を持ったアンデッド。
魔法使いのローブを纏い杖を手にしたアンデッド。
短剣を両手に持った忍者の様な姿をしたアンデッド。
現れたのは、武装したアンデッドの軍隊だった。




